第二百四十五話 カリアの面談
ヴィヴィに続き、女性研究職員を面談している時だった。
さりげなく、他の研究所から入ってきたヴィヴィとカリアについて皆に聞いてみると面白い結果が現れたのだ。
「……そう、ですねぇ。カリアさんは仕事も早いし、今までマラタイトで働いてたってのもよく分かりますよ。頭の出来が飛び抜けてます。ただ……」
言いにくそうに、彼女は目を逸らして小さな声で呟いた。
「時々、怖いんです。順調に仕事が進めば進むほど……なんていうか、ピリピリしてるっていうのかなあ……。あっでも、これは私が言ったとか言わないで下さいね……。勘違いかもしれないので……」
「勿論、他言はしませんよ。そうしないと、もう誰も私と口を利いてくれなくなるでしょうから」
なんとも言えない笑いを浮かべて女性研究員は部屋を出た。
どの研究員に聞いてもZの研究は順調であり、嬉しい事に楽しくやっているそうだ。
ヴィヴィとカリア以外の研究員達は皆、SODOMから異動となった者だ。
SODOMに不満があった訳ではないが、と前置きして口を揃えて心境を吐露する様子は少し気の毒に思った。
結論はやはり、武器や兵器を開発するよりも誰かの笑顔の為に仕事をしていると思うと気持ちが違うらしい。
異動となったのはエルガの選んだ人員だったが、一人も断ることなくZへ来たのはそういう理由もあったのだろう。
当然の事かもしれないが、それに気が付けて良かったと思った。
しかし、今もSODOMで働く研究員達の事がリチャードは気に掛かった。
SODOMの社員だと分かれば命を狙われかねない。
それを防ぐ為に、家から本社までの転送装置を特殊なセキュリティのあるタイプにしてあったり、社員全員に全く別の会社の社員証を用意して配布している。
特殊な環境という実感は日々薄れ、当たり前になっていく。
だがこうしてその環境から抜け出した者は少なからず解放感を感じるものらしい。
自分ももう、慣れてしまっているのだろうか。
Zに異動となった人々を羨ましいとも感じない自分は、おかしいのだろうか。
「……さて、最後は……カリア君か……」
研究員達が面談で口を揃えて言っていたのは嬉しい報告だけでは無かった。
カリアの事だ。
少数精鋭でZの開発を行っているとはいえ、全員が同じ意見を述べるというのはただごとではない。
それも揉め事があったとか、表立ったものではないから尚更リチャードの頭を悩ませた。
どこか、彼は危ういのだ。
カリアを研究室へ呼びに行くと、細かな部品を作っていた。
名を呼ぶとその手をすぐに止め、一度も顔を上げぬまま部屋まで付いて来た。
その様子を心配そうに見ているヴィヴィをちらりとリチャードが見たが、その顔は化粧も相まって身震いするほど恐ろしかった。
ドアを閉めて座るように促すと、腰かけたまま机の一点を見つめてぴくりとも動かないカリアに何から話そうか悩みつつ、身を前に乗り出した。
「……ここは嫌かな?」
「面談に豪華な部屋なんて必要ないですから。ここで十分じゃないですか?」
「……そうだね、でも私が今聞いたのはZ自体の話だよ」
極力責めているように聞こえないよう、柔らかな話し方を心掛ける。
「……嫌だと言ったら? 僕を自由にしてくれるんですか? それとも独房にでも入れて『SODOM万歳!』とでも言うまで罰を受けさせる?」
冗談も分かるという懐の深さを示すチャンスだとばかりにリチャードは笑ったがカリアはニヤリともしない。
これが本気の言葉だと分かったのはリチャードが一人でひとしきり笑った後だった。
咳ばらいをして、場を持ち直そうと試みる。
「……SODOMが、そしてZが嫌いなのは分かった。その思考を矯正しようだなんて思わないよ。でも、このままだと君も辛いだろう。だから、改善できる所があれば教えて欲しい。絶対に改善するとは言えないけど、なんとかできるかもしれない」
「希望は一つだけだ。ここから、出たい。でも、ヴィヴィを置いてはいけない。ここに来てから堂々巡りだ!」
カリアの顔が興奮で赤くなった。
「僕達が何をした!? ただマラタイトで研究してただけだ!」
「分かった……! 分かったから、落ち着いて」
今にも立ち上がってしまいそうなカリアをなだめる。
「私達は、君たちの力が必要なんだ。確かに手荒な真似をして協力させたのは悪かった。でも、私としても君達には権利とか……交渉出来る条件を提示したつもりだったんだ」
「……そうだよ! 貴方は正しい! 正論だね! あの時の僕らには道なんて無かった! 一生檻の中で、僕らの研究所へ乗り込んで来たあいつらを恨んで死ぬまで暮らすか、面会に来てくれる家族とかフルラに申し訳ない気持ちとやり場の無い怒りをぶつけながらもまた檻の外で会って、みんなと話したいと焦がれる人生しか無かったんだ! それに比べたら、フルラの救済にあの檻から出してくれた貴方には感謝してもしきれないさ!」
「……上手い返しが、出来ないけど……防音魔法が掛かってるから、安心して欲しい」
リチャードが言えたのは、それだけだった。
カリアはその言葉に落胆したのか、落ち着きを取り戻し始めたのか声が小さくなった。
「僕は元から怒るのが苦手だと思ってた。でも、違うみたい。……はっきりとした怒りを感じるんだ。……自分自身に」
そう言って腕で目を覆うようにして天井を見上げた。
やはりこういう時に上手くなだめられるような人間が女性に人気が出るのだろうかとリチャードは思い、今の自分を悲しく思った。
「……信じた僕が、馬鹿だった。期待したんだ、世界的企業の人間が直々に会いに来てくれて……助け出してくれた。そんな夢の様な話を馬鹿正直に鵜呑みにした。勝手に期待したから、勝手に裏切られたような気になってるだけ」
カリアが一体何を言っているのか、リチャードには理解出来ない。
期待外れだった、という事だろうか。
「貴方を良い人だなんて思ったあの日の自分を殴り飛ばしてやりたい。……まあ、結果が分かっていてもあそこにいるよりはましだけど」
「カリア君……?」
「……仕事はちゃんとするから、心配しないで。でも、それ以上は何も僕に期待しないで」
そう言い残し、カリアは出て行ってしまった。
彼を追いかけることは、今のリチャードには出来なかった。
彼の怒りの原因となるものが、一体なんなのか分からなかったからだ。




