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第二百四十四話 面談実施

 SODOMに務める研究職員たちは皆、エリートである。

 学歴や職歴に捉われない雇用の仕方ではあるが、皆技術力は高く、そして人間としての力も高かった。

 揉め事は少なく、団結力が高い。

 

 見た目も個性的な者もいるが、大抵は皆一見すると地味に見える。

 恐らく服や髪形に時間を割くくらいであれば、研究開発に時間を当てたいという真面目な職員が多いからだろう。



 それはやはり、Zの職員達にも適用される条件のようだ。



「おっ、リチャードじゃん? 何してるのん? ヴィヴィ達の見張り?」



 研究所内で一際目立っているのが彼女だ。


 研究者は白衣を必ず着用しなければならないという決まりは、社員の数が桁違いであるこのSODOM社内で一目で誰がどの部署の人間なのか分かるようにするためでもある。

 いわば制服のような扱いだ。


 中に着ている物の指定こそ無いが、客人と顔を合わせる事の無い事務員も本来私服が許可されているので見分ける為にはやはり白衣が便利なのだろう。

 医療機関ではないので色の指定は無いが、大抵の者は白を選ぶ。



 だがヴィヴィの白衣だけは他と違っている。



 どぎつい紫色、裏地にはヒョウ柄といった最早別物の上着と化しており、白衣などといった枠には到底入っていない。

 誰が一目で彼女が研究者だと分かるだろう。



 衣類に汚れが付かないようにという大義名分も、ボタンも留めずに堂々と派手なパンク調の私服を見せつけているのだから通用しない。

 ピンクと白のボーダーの半袖Tシャツには大きく赤い文字で『Go Fuck Yourself!!(糞食らえ!!)』と激しい字体が歌っており、丈が短いのでへそが出ている。


 古いからという理由だけではなさそうな傷みに傷んでいるジーンズには鮮やかな文字で酷い単語ばかりが書かれている。

 罰ゲーム以外でこの服を着る機会の無さそうなリチャードには、この服の持ち主であるヴィヴィの思考が理解出来なかった。

 今は黒色に金色のメッシュが入ったウルフカットへと髪形が変わっていたが、以前のボブカットの方が似合っていると思った。



「今日は事前に告知していた面談の日ですよ」


 エルガに指摘を受けてからすぐにZの職員の面談を実施することにした。

 ヴィヴィの言う通り、彼らをここに入れてから顔を見るのは久しぶりだった。


「あ、ヤッバ! そうだっけ~ん?」


 忘れていたようでヴィヴィは舌を出して笑ってみせる。

 こんなにも元気そうな彼女の姿を見れただけでも出向いた価値はある。

 

「近くにあるとはいえ、わざわざ御足労願うのも悪いかと私から出向いたんです。……そのTシャツ、いいですね」

「いいっしょ、これブランドなんだよ!」

「ええ……本当に、心の声をそうやって表現する事が出来て羨ましいです。ちなみになんというショップですか? 私にも必要な時が来るかもしれないので一応……」



 厚底のビスが無数に入った靴を履いているヴィヴィはリチャードにローキックを繰り出した。

 互いの顔に笑顔が無ければ二人の様子を見ていた周囲の人間は血相を変えて止めに入っただろう。

 リチャードが代表の側近であることは皆知っているし、ここへリチャードが来てからどこか空気が張り詰めているのを感じていた。



「……こんにちは、面談でしたっけ。誰からですか?」


 

 固い声でカリアがリチャードに話しかけた。


 ヴィヴィとふざけ合っていたリチャードは顔を引き締めてカリアに挨拶をする。

 そしてリチャードは彼の顔を見た途端に今が午前中だったか昼過ぎだったか、思い出せなくなるほどあからさまに動揺してしまった。


 カリアの顔色は酷く、元々小柄な彼は更に小さくしぼんでしまったように見えたのだ。

 フレームだけの黒い縁の眼鏡は病的な顔色に更に影を落としている。



「……何か?」

「いや、久しぶりに会ったから驚いていたんだ。……少し痩せたんじゃないか?ちゃんと食べて―——」


 別にどこを触ろうとした訳ではない。

 ただあまりにも、目の前に立っているカリアが今にも倒れてしまいそうで支えるように手を伸ばしてしまった。


 それがいけなかったのだろう。

 カリアはその手を思い切り打ち、憎しみに近い表情を浮かべた。



 乾いた音が場に響いた。

 あまりの事に驚いてリチャードも言葉が出て来ない。



 先に動いたのはヴィヴィだった。

 あっという間につかつかとカリアの前に歩み寄り、きっちりと着られていた白衣の胸倉を掴んで彼を引き寄せた。



「何してんの!? ねえ! 何が気に食わないの!?」



 場の空気が一変した。

 先程まで微笑ましくヴィヴィとリチャードのやり取りを聞いていたはずの研究員達は表情を強張らせて自分達の仕事に打ち込むふりをしている。



「……別に……」

「ヴィヴィ達をここで働かせてくれたのもリチャードのおかげでしょ!? 忘れたの!?」

「忘れてない。だから研究だってちゃんとしてるじゃないか。それに加えて笑顔まで要求される?」


 リチャードはヴィヴィが振り上げた腕を掴んだ。

 沈黙が三人を包む。



「ここで働く事を選んだのは君達だし、私に対してへりくだって欲しいなんて思ってないよ。……さあ、面談はヴィヴィからだよ」


 ヴィヴィを連れて行く間、カリアから冷たい視線を感じていたが、リチャードは振り返るべきではないと思った。




×  ×  ×  ×  ×



 ヴィヴィと個室で二人きり、こうして向かい合うと途端に静けさが耳に響いた。


 ドアを開けばすぐに研究施設だというのに、倉庫代わりのこの部屋に防音魔法をかけてもらったせいか静かすぎてやけに落ち着かない。

 顔に出さないようにと気をつけながらも、いつも表情に変化の無いエルガが改めて凄いと思った。


「ごめんねん……。カリアがさあ…ほんとは良い子なんだよ。ヴィヴィなんかよりも真面目で……」

「心配しなくても彼をいきなり降格させたりしませんよ。心も見た目通りひ弱な男ですから」



 ほっとしたように笑顔が戻ったヴィヴィを見て、リチャードもほっとしてしまう。



「……ただ、カリア君の事は気がかりです。私もまめに様子を見に来ていなかったので無責任だったかもしれませんが……。そのTシャツをカリアさんが着ていた方がしっくりきます」

「……ナメてんの? ……カリアはここ来てから様子おかしいんだよねん……。やっぱりABCD? みたいなのが原因なのかなあ?」

「……アルファベットがどうしたんですか……?」



 少しの沈黙。

 リチャードはピンと来た。



「ひょっとしてPTSDの事だったりします?」


 また舌を出して笑ったヴィヴィに微笑みながら、そうだとしたらカリアに必要なのは面談ではなくカウンセリングだ。

 のしかかるような重い思考の中、まずはヴィヴィの面談を終わらせなくてはならない。

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