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第二百四十二話 東藤家の今後について


 遊馬が語り始めたのは『あの日』の全てだった。



「昼過ぎに俺の会社に連絡が入ったけど、最初は何を言っているのか分からなかった。『階段の下に大きな穴が空いていて、そこにお嬢さんが倒れていた』なんてドッキリにしても下手なネタだとかそんな事を考えていたよ」



 カイからすれば、知っている内容だが知らないふりをするというのは実に難しい。

 今がその実力を試される初めての時だからか、どんな表情をすればいいのか思いつかなかった。



「……警察からの電話だったが、それを真実だと理解してから家に戻るまでの記憶は無いんだ。家に戻ったら警察と野次馬で我が家は賑わってた」

「全員ボコボコにしなくて良かったね。相手が同じ病院に入院されてたら、きっとあたしの退院は夢のまた夢になってただろうし」


 場の雰囲気を少しでも明るいものへしようとするカイの努力は無駄のようだ。

 一人娘の大事件に、両親は完全に気分が落ち込んでしまっている。

 当然と言えば当然である。


「怒りすらも湧かなかったよ。ただ、病院に向かう前に家に向かった時点でパニックだったのかもしれないな。……本当に、階段の下の部分には綺麗な穴が空いていた。奇妙な位、綺麗にだ」

「……アナリストって穴の選定人みたいなものだっけ? 違う? ああ、そう」



 亜矢がトレイにマグカップを三つと角砂糖を入れたキャスターを乗せてやって来た。

 それぞれの前に配るとティースプーンの刺さった小さなシュガーポットとキャスターを中央に置いてから、話に加わった。



「私はその前に遊馬から連絡受けてたから、病院に走って、手術室に入る前のアンタを見たけど……一言で言うなら夢に出そうって感じ」

「……医者の話だと、内臓破裂と切創が酷かったらしい。……傷跡が、残ってしまうかもしれないけど今の技術は進んでいるらしいから……もう少し時間が経って気になるようであれば整形手術もしよう」


 病院にいる頃のカイは着替えるのも一苦労だったし、ましてや鏡に体全体を映す機会など無かった。

 共同のトイレで顔を映すぐらいだ。


 手術を受けたという事も分かっていたが何一つ気にしていなかった。

 まさか傷跡が残る様なレベルで技術が停滞しているとは思いもしなかったのだ。

 服の上から体をまさぐってみるが、よく分からない。



「ただ、警察も分からない事だらけらしくてね。何度も目覚めたばかりの甲斐を質問攻めにしたのもそのせいだよ。家にいた女子高生に一体何が起きたのか、誰も何も分からないままなんだ」

「思い出した、アンタ! あの日寝坊したんでしょ!? ちゃんと起きないから……。あの日……一緒に行けば良かったね……まったく……もう……」



 遊馬も、亜矢も、あの日からまだ逃れられずにいるのだ。



 後悔したところでどうしようもないと分かってはいる。

 だが、どうしても悔やまずにはいられないのだろう。


 どうやらこの世界の自分は当日の昼頃、寝坊をしたらしくまだベッドにいたらしい。



「あはは……。でも、現場に放っとかれなくて良かった。結果オーライだね」

「それも、お隣さんのおかげだよ。随分と大きな音が聞こえたらしいから。それに、凄まじい閃光が見えたと証言したらしい」

「お隣さんって虚言壁とか幻覚とか……そういうのってありそうな人だっけ? 例えばそうだなあ、私生活乱れまくってるとか……挙動不審な若者が入れ代わり立ち代わりで家に来てるとか……」

「庭いじりが好きな優しいご婦人で町内会の会長さん。これも覚えてない?」



 世界が違っても大まかな人間像は同じらしい。

 カイは口をつぐむしかなかった。



「生きていると色々あるけど、それにしても今回のような事は想定外だった。未だに何が何だか分からないし、誰を恨めばいいのか分からない。お前が助かったのは不幸中の幸いだ。だからこそ、亜矢と考えたんだ」

「考えたって……? うわ、待って。なんか……あんまり聞かない方が良さそうな気がするんだけど……」




 嫌な予感がした。

 今回の出来事により、二人が今までの生活スタイルを変えてしまいそうな気がしたのだ。




「アンタも鈍いね~。だから、私は仕事を辞めて今後起こりうる愛娘の危機に備えようってこと。遊馬までそうされたらこの家捨てて路上暮らしになるから、とりあえず有給取って……しばらくは皆で過ごそうってこと。お分かり?」

「ストップ! ストップ! な、なんでお母さんが仕事辞める事になってんの? え?」


 カイは焦りからくる笑いを浮かべながら、立ち上がった。

 あまりにも大きく事が動いてしまう。


「だってずっといる会社じゃん! なに、またあたしが訳の分かんない爆発みたいのに巻き込まれて意識不明になると本気で思ってんの!?」

「見直す時だったんだ、きっと。当たり前だと思っていた事が当たり前じゃなかった。それに気付かされたよ」


 寄り添う亜矢の肩を抱く遊馬にカイは座り直し、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 角砂糖を手掴みで握り、自分のカップへ投入するとティースプーンを使って荒くかき混ぜる。

 テーブルクロスに紅茶が跳ねたがお構いなしに飲み干して席を立った。



「甲斐! どこ行くのよ!?」



 亜矢はあれ以来、すっかり過保護になってしまったようだ。

 元からこうだった訳ではないという裏付けは、亜矢が最初に怒鳴った時の遊馬のなだめるような顔で分かった。



「寝る。とりあえず寝てから考える。明日もお父さんは仕事でしょ? いい加減着替えさせてあげないと、今度はお父さんが爆発に巻き込まれるかもね」



 亜矢が立ち上がり、腕組みをしたのが見えたが構っていられない。

 すっかり修復された階段下の床を一瞥してから二階へ向かう。


 あの二人は恐らくまだ起きているだろう。

 せめて部屋で一人で飲める飲み物ぐらい持って来れば良かった。


 無理をして飲んだ砂糖まみれの紅茶がまだ喉を甘く焼いていた。

 渇きを潤す為の水も、お手伝い天使はおろか勝手の違うこの世界ではどうやって用意したらいいのか分からないのだが。



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