第二十三話 デートの終わりはやっぱり
楽しい時間にだけ普段よりも進みが早い時計が使用されているのではないかと思う。
まだ会って少ししか経っていない。
それなのにあっという間に日付は変わり、散々笑った二人のテーブルでは何個もグラスが入れ替わり、料理が置かれては空になった。
普段はとっくに寝ている時間でも、まだ目は冴えていた。
このまま二人朝を迎えてもいい。
しかし甲斐の調子は違うようだ。
あまり眠れなかったのか瞬きが重くなってきている。
ビスタニアの瞳に、少し前まで過ごしていた学校での日々が現れる。
誰かが眠ってしまうまで続く夜。
笑い声の絶えなかったあの毎日。
楽しかった時間は、やがて終わってしまう。
「ほら、そろそろ行くぞ。帰る装置は何処だ? 送っていこう」
支払いを済ませたビスタニアがふらつく甲斐の手を取って店を出る。
どこにも人の気配は無かった。
彼女と二人、こうして知らぬ土地の道を歩いていると不思議な気持ちになる。
慣れた学校の敷地を何度彼女と歩いただろう。
賑やかな食堂で、顔を突き合わせては喧嘩ばかりの兄弟の声。
恋人になった初々しい友人達の話を聞き、笑いを何度堪えただろう。
会おうと思わなければ会えない距離で、同じ空の下彼らも日々新たな環境で生きている。
ミカイルもきっとSODOMで最高権威として指揮を執り、案外あの器用さだ、上手くこなしているのだろう。
そんな彼もあの頃を思い出し、甲斐を想う時があるだろうか。
いつか、『あの時は』などと言って苦笑いを浮かべながらまた集まる事は叶うだろうか。
「ナバロ……、あたし大丈夫だよ」
「……そうか」
てっきり一人で歩けるとでも言い出すのかと思ったが、彼女は引かれる手を離さない。
「あのね……理不尽だとか、いっぱい思うし……被害者とか加害者とかそんな単語で済まされちゃうけど……それでもあたしは全部受け止めるから。……悲しいのも、悔しいのも、辛いのも第三者のあたしじゃなくて本人達だもん。負けてたまるかーーーーー!」
繋いだ手ごと上に突き上げ、雄たけびを上げる甲斐にビスタニアは微笑んだ。
いつだって人の気持ちを優先する彼女は、感情的のようだが誰より冷静なのかもしれない。
酒のせいで少し赤みの差した顔に似合わず、瞳は真剣だった。
「……そうだな、負けるなよ」
一つ、伝えておきたかった事がある。
「……蒸し返して悪いが、その事件の少女はお前達を信用したんじゃないか。あくまで俺の見解だが……ホテルで他の宿泊客を探していた時だって、絶好の機会だったはずだ。危険を省みず、親身になったお前達を信じて白状したんだと俺は思うぞ。そもそも二対一など分が悪いからな、もっと上手くやれたはずだろ」
「……えっ」
助けてくれると、思ったのだろう。
そう、最後まで言わなくても甲斐は分かっている気がした。
「これで良かったんだ、少女の希望になれたんだろ」
「そう? そうかなあ……? 頭良いナバロが言うならそうなのかなあ……でも、捕まる事が希望だなんて悲しすぎるよね。もっとあたしもバリバリ仕事して、どんどん助けられるようにしたいなあ……。待ってろ助けを求める子ネコちゃん達ぃーーー!」
またも立ち止まり、両手を空に突き上げた。
あまりに強く振るもので、離れた手をビスタニアは甲斐にまた差し伸べる。
手を掴んだ甲斐がそのままビスタニアを引き寄せた時、二人の体の距離はゼロになった。
「俺にとっては子ネコちゃんはお前だけだ。お前以上に大切なものなんてこの世界のどこにも存在しない。だから、いつでも気兼ねなく連絡して来るといい」
「ナバロもね! あまりにも音信不通にするなら音声通信めっちゃ送り付けるから……」
そう言っている最中に、ビスタニアの顔がどんどんと近づいてきている。
「……目を開けたままでいいのか? ん?」
「いいけど? ナバロこそいいの? んちゅーーっ!」
唇を伸ばす甲斐に流石に笑いを堪え切れずに顔を逸らしてしまった。
深呼吸をして彼女の瞳を手の平で覆うと、上を向かせてそのまま長く唇を落とす。
背中に回された小さな手がジャケットを強く握りしめたのが分かる。
「……ナバロ充電完了です! 次いつにする?」
「そうだな、俺は休みは明確なんだが……お前に合わせるとしよう」
腕の中で甲斐は満足そうに鼻歌を歌っている。
「あー、皆元気かなあ。 あんの糞生意気なシェアトの弟で毒舌魔人のクロスちゃんも八方美人を活用して今頃は幹部役員とかになっている事でしょう……」
「なってないと思うぞ。観測機関は観測機関でかなりハードだと聞くが、あいつも中々ストイックだからな。……お前はインライン達とは遊んだりしないのか?」
フルラ・インラインはパステルピンクの髪をした、気弱な同級生である。
ビスタニアの幼少からの友人であるウィンダム・アビヌスと交際、そして婚約。
卒業後に結婚し、これから挙式予定という順調な二人だった。
フルラは甲斐に心酔しており、常にまとわりついていた。
「遊びたいんだけどさー……こうしてちゃんと休暇貰わないと出動させられたり、いつ帰って来れるか分かんなから予定が立てにくいんだよね。これぞ社会の歯車ですわ。一生こうして部品となって働くのです」
「暇より忙しい方が良いと思うが。 ……あの駄犬だが、あいつは馬鹿で思い込みが激しい上に本当に馬鹿でどうしようもないがお前の言う事だけはよく聞くからな。……少しは励ましてやれ」
甲斐もまたダメージを受けている少女の事件。
普段は強がり、大口を叩いているシェアトは意外にもナイーブなのだ。
「馬鹿プッシュ! 今馬鹿プッシュあった! 仕方ないなあ、様子でも見に行ってやるか……。シェアトが落ち込むとめんどくさいんだよね……」
「あと、あいつは万年発情期だから気を付けるんだぞ。防衛機関にいる俺に出来る事はあいつに偽の罪状をなすり付けて容疑をかけて裁判を起こし、牢屋にぶち込む位だが……」
「いきなりの人生ジ・エンド!? や、やめたげてよ!」
転送される直前まで手を振り続けた甲斐を見送り、ビスタニアは大きなため息をついて座り込んだ。
そして地面を拳で打ち、頭を掻きむしる。
表情は絶望的で歯を食いしばっていた。
「(家に来るか?い・え・に・く・る・か・? 何故この一言が言えなかったんだ! この弱虫毛虫が! 馬鹿者が! 父に暴言を吐いてみるのとあいつを家に誘うのとどっちが楽かと何度もシュミレーションしたはずなのに! 何故だ! そもそもあいつも明日も休みだと言っていたはずなのに何普通に帰ってんだ!? 普段の図々しさを出してくれればいいものを……!)」




