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第二百二十九話 『守護者』とは

 ミューを連れてアテネと名乗ったクロスは出て行ってしまった。

 この素敵な空間に取り残された甲斐とブレインは互いに顔を見合わせた。

 観測機関に来てからそれほど時間は経っていないが、答えは得られたようだ。



「ミッションコンプリート。さて、お探しのクロス君の安否も分かった事ですし……この後はどうします?」



 ブレインは声をナレーターのように作り上げて甲斐に話しかけた。



「民警って拉致監禁って副業で請け負ってなかったっけ?」


 甲斐に眉を上げて答えながら、ブレインは適当に選んできた観測者に会う為の案件を先に済ませるべきだったと悔やんだが、それを口にする事は無かった。



 帰り道で甲斐はブレインに観測者の守護者について尋ねたが、詳しい事までは分からないと残念そうに笑った。

 それは隠している訳ではないと前置きした上で、甲斐も知っての通り基本的にあの長官室から出る事が極めて少なく、世界中から犯罪や行方不明者、事故などが消え去ればもっと社交的に他の機関の仕組みに目を向けられるだろうと肩をすくめて笑った。




 甲斐はブレインともう少し話したい気持ちもあったが、忙しい中こちらに合わせて観測機関へ来る口実を作り、更にダイナに掛け合って護衛として自分を連れて行く形で機会を作ってくれたのだ。

 これ以上、付き合わせてはいけないと察し笑顔で別れた。

 


 拠点へ戻ってから、ダイナに帰還報告を上げる前に忍び足で自室へ戻り通信を友人達に入れていく。



「ハロオハロオ、あたしだよ甲斐ちゃんだよー。クロスちゃん見つかったんだけど、なんかアテネだったよ。観測者の守護者だかって名乗ってたけど、ああいうのって思春期特有のものなのかなあ? とりあえず、報告はいじょーです。皆に連絡しとくから、伝言ゲームしなくていいよー。ほいじゃあねー」



 甲斐の中では上出来な纏め方だったようだ。

 満足そうな鼻息を漏らしながらシェアトに教えてやった方がいいだろうと部屋を出ようとした。


 しかし、ドアノブに掛けた手が止まる。


 この事実を知ったシェアトが暴走しないとも言い切れない。

 任務を放棄してここを飛び出し、観測機関に怒鳴り込んでしまうかもしれない。

 甲斐自身、観測者の守護者というものが一体どういうものなのか分かっていない中でそんな情報をシェアトに伝えても良いのだろうか。


 葛藤の中、甲斐が選んだのはビスタニアへ通信を繋ぐ事だった。

 恐らく仕事中なはずだが、留守録ではなく本人が出た。



『いつもお世話になっております、ビスタニア・ナヴァロです。以前お話ししていた案件ですね? どうなりました?』



 聞きなれた声ではなく、威厳のあるはっきりとした外向きの声だった。



「ど、ど、どちらのナバロさんでしょうか!」

『……ははは! こちらから連絡する事が出来ずに申し訳ありませんでした。ポーターさんからもまだお返事はありませんが、トウドウさんの方では如何でした?』



 どうやら恋人であるナヴァロさんで間違いはないらしい。

 ここでようやく仕事に関する通信のように周囲に思わせようとしているのだと甲斐は気が付いた。




「ええと……、見つかりました。クロスちゃんが! なんかアテネになってました!」

『……すみません、後半がよく聞き取れませんでした。もう一度よろしいですか?』


 聞こえてはいたのだが、全く甲斐の言う意味が分からない。

 ビスタニアは機転を利かせて言い直しを求めた。


「あっ、アテネになってましたよ!」

『それは聞こえました。重要な部分が聞こえてこなかったのですが……』

「うーんと……うーんと…あ、そっか。あたしとしても何が何だか……。観測者の守護者とかなんとかかんとか……」

『なんだと!? ……いえ、失礼しました。……それは……、いや、また夜にでもかけ直します。もう、そのお話はご兄弟にも?』

「良かった、あたしの聴力はまだ生きてるみたいで。あ、シェアトにですか?まだしてないです……」


 挨拶も早々にビスタニアは通信を切り上げてしまった。

 この反応から甲斐が掴んだものといえばやはりシェアトには言わない方が良さそうだ、という確信だった。


 ビスタニアの大声のせいでまだ両耳が痺れているが、ダイナに報告をしに行かないと問題行動とされてしまう。

 そして、あの驚きからすればビスタニアは守護者が何か、知っていたのだろう。



×  ×  ×  ×  ×



『さっきは悪かったな……。……ちゃんと食事は摂ったのか?』


 自室に戻ったビスタニアはシャツとジーンズに着替えていた。

 ボードゲームの仕舞われていたベッドの上に座る彼から通信が入ったのは日付も変わろうと言う頃で、甲斐はキャミソールに紐でウエストを調整するタオル地の就寝スタイルのまま飛び起きていた。



「あふぅ……、ナバロこそ遅かったね。残業? ちゃんとごはんたべた?」

『ああ、大したものじゃないが肉を焼いたよ』

「えー、肉ばっかじゃなくて野菜も食べなよ…ほらサーモンとかさあ……」


 

 再び目を閉じようとしている甲斐はうわ言のように言葉を繋ぐ。



『おい! 起きろ! それにサーモンはお前の中で野菜部類なのか!?』

「起きてる起きてる~ぅ……。なんだっけ、とりあえず……おはよ」

『おはよう。……それでクロスの件だが、仕事が終わってから同僚に聞いてみたんだ。俺自身も観測者の世話役がいるらしいという話は聞いた事があったからな。詳しい事は全て濁してだが、観測機関について。すると面白い事が分かった』



 どうやらビスタニアも普段寝ている時間なのか、瞬きが多い。



『……観測機関の守護者に関しては一切情報は開示されていない。半ば幻のような存在らしい。誰も表に出るような訴えも問題も起こさず、そしてその姿を見た者はまずいない。噂の域を越えないような者達だ。稀にお前のように守護者の姿を見た者もいたとしても、それが守護者なのか観測機関の職員なのかは判別出来ないだろう』

「でも、クロスちゃんは名乗ってくれたよ?」






 沈黙の後、ビスタニアは意を決して甲斐を見つめる。






『それが、あいつなりの別れの告げ方だったんだろう』





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