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第二十二話 卒業してから初デート


「あれ? あれあれ? ビスタニア君まさかもう終わり? 上がるの? 俺より先に?」


 ロジャーが向かいからわざとらしく顔を出してきた。

 ビスタニアは顔色一つ変えずに言い返す。


「あと一分ほどしたら。定時で上がるつもりだが何か?」

「ちょーうど良かった! これ、判決文に俺のサイン書いてってよ! んで四十三階に回してくれないかな!? くれるよね!? いやあ良い後輩を持った!」

「ほう……パワハラ、か……。強制的残業……しかも自分の仕事を後輩に押し付け……」

「すーぐそうやって大事にしようとするのやめろ!」

「不当に労働を強いるのをやめろ」


 諦めたのか、ロジャーはこちらを見ずにペンに魔法をかけたのか、自動でサインを書いていく。

 そして自動で書類がサインの必要なページに捲れていくのをビスタニアは見ていた。


「なんだよ、今日なんか予定でもあるのか? ……ま、まさかデート?」

「まあな……、三ヶ月ぶりなんだ。貴様の腹に穴を空けてでも今日は退社するつもりだ」

「こんな後輩俺嫌だ。いいよ帰れよ、腹に穴空けられる位なら一人で頑張った方がましだ」


 すっと席に戻ったロジャーの言葉を見送りの一言だと判断し、ビスタニアはコートを着てビジネスバッグを手に持ち、中に持ち出し可能書類を何枚か入れて立ち上がる。

 一度身だしなみを確認し直しておかなければならない。



 ちら、と時間を見ると定時の時間になった。



「彼女によろしく伝えろよ、イケメンの先輩が会ってみたいって言ってたってな」

「……ありがとう。ただいくらイケメンでもシャツまで脱ぎ捨てた先輩と会わせるのは難しいな」


 職権乱用とも言えるが、各企業に設けられている事が多い出張や現場視察用の空間転送装置は退社後に待ち合わせ場所までの移動として使われることが多い。

 目的地のナンバーとパスワードさえ相手と合わせれば同じ場所へと移動できるのだ。

 この抜け道を教えてくれたのは事務員にデートを断られ、数時間嘆き悲しんだロジャーだった。


 今日はアメリカの有名なピザがあるバーで甲斐と待ち合わせをしている。


 自然と速まる足で転送装置に向かい、足を踏み入れて音声ガイダンスに従ってナンバーとパスワードを入力し、瞳孔と指紋による本人確認を終えた。


「それでは、出発します。お気を付けて。戻る際は来た場所にて転送、と仰って下さい。本人以外は許可が無ければご一緒に戻れませんので、来客の場合は上層部に先に許可申請をお願い致します」


 魔方陣で送られるよりも快適なこの装置は、二十四時間体制で監視する人間が必要である。

 多くの人間が出入りする度に魔方陣のスポットを誰かが繋ぐのでは不便な事が多い上、ナンバーとパスワードを知られてはその度に変えていくのも手間がかかるし、他の者を連れて入られる可能性もある。

 なので機密性の高い職場にはこの装置があって当然といった扱いになっていた。


 雑踏により到着を確認すると、待ち合わせ場所として調べておいた光り輝く公園の入り口を探す。

 小走りで向かうと夕焼けの中で見慣れた制服ではない甲斐が立っていた。


 黒のチューブトップに白いミニスカート、そして銀のチェーンベルトを巻いている。

 黒のサンダルは若干のヒールでオープントゥになっており、覗く爪先は赤く塗られていた。



「うあ……うあああああナバロおおおおお! スーツだナバロおおおおお!」


 

 こちらに気が付くと、ヒールだというのにバタバタと走り寄ってくる。

 まるで夢でも見ているようだ。


「待たせたか、すまない。ご馳走するから許せ。……そう言うお前はちょっと肌を出し過ぎなんじゃないか?おかしな奴に声を掛けられなかったか?」


 肩や腕、出ている素肌の部分を全て隠してやりたい。


「ええ? 靴下しゃぶらせてくれとか言われてないよ、履いてないし。お腹空いたよー! あっ、久々!」


 店までは若干歩く距離だったが、話したかった事が山の様にあり、二人の会話は弾んだ。



 手を繋いで歩く途中で甲斐は慣れないヒールのせいか躓いたりとビスタニアをハラハラさせたが、彼女なりに張り切ってお洒落をした事がいじらしく、突然抱きしめそうになる衝動を抑えるのに苦労していた。












「でね、一番最近の事件だとその老婆が自殺したのさ。もう、ポカンだったよ……。ま、そのおかげでこうして暫く休養期間って事で休み貰えてるんだけど」

「ああ……それも申請していない一般武器の案件だから俺の所へ回って来ていた。……その老婆の武器もSODOMの物だな。……魔法を使えない一般人はこういった武器を護身用として携帯出来るが、今回のような事がたまに起きているんだ。……あまりにも大事件に発展してしまうと規制がかけられてしまうから困ったものだな」



 SODOM(ソドムの名を出す際に、ビスタニアの表情が曇った。



 世界中の武器の全てといってもいいほどにSODOMはこの世界に根強く名を刻んでいる。

 魔法兵器だけでなく、一般人向けの武器も生産しており、そのせいで事故や身勝手な事件で命が奪われ続けているのも事実だった。


「……お前が無事でよかった。それにしても部隊から出向で民警に行くとはな。……忌々しいあの犬も一緒というのが引っ掛かるが」

「そだねえ……でもホントにこの休暇が必要なのはシェアトの方だったみたいだけど。ナバロ、このピザの耳ちょうだい。耳うめえ」

「……好きなだけ食べろ。……あいつは柄にもなく塞ぎこんでいるのか?」

「うーん、なんか見るからに元気無いしあんまりご飯も食べてないよ。多分判断ミスのせいで女の子とメチャ怖い婆ちゃんが死んだって思ってんじゃないのかなあ。……あれに至ってはあたしはどうしようもなかったと思うけどね、誰も暗闇に婆ちゃんが銃構えてるなんて予想出来なかったんだし」


 まるで他人事のように、どこか現実味を帯びない話し方をする甲斐にビスタニアは違和感を感じた。


「……お前も現場にいたんだろう? メンタル面は大丈夫か? 無理してるんじゃないのか?」

「……うーん、逆にあそこまでシェアトがショックを受けてくれたからあたしが冷静なのかもね。ただ反省点は沢山あったし……、悔しいなって気持ちの方が大きいかな」

「タフな彼女で何よりだ。……ほら、耳をカットしといたぞ」


 明るく話す彼女の手が震えていた。

 何故、気付くのが遅いのだろう。



 あえて触れずに優しく笑いかけると甲斐は笑い返す。

 彼女の大きな優しさは、時に盾のように見える。

 それは強がりのようなもので、今にもきっと崩れそうなのに。





 少しでもこの時間が、優しい物であればいい。




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