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第二百二十五話 それぞれの役割

 ボードゲーム大会の優勝者を決めている場合ではなくなった。

 甲斐がおほん、とわざとらしく咳ばらいをして場を締める。



「じゃあ、まーずーは…エルガよりも安否不明なクロスちゃん奪還作戦部隊発足ってことで」

「そうね、仕事が終わってからでも観測機関について調べてみるわ。あのクロスが一人危ない場所に行くとも考えられないし、普通よりも強いんだからきっと自分の意思で消えたのよ」


 皆、それぞれがこの話について考えたことを口に出し始める。


「僕もそう思うな。実家で暮らしているのに、ご両親にも何も言わずに姿を消すなんてきっと苦渋の決断だったと思う。シェアトが帰省しないせいで両親が心配するって怒ってたぐらいだしね」



 クロスは自由を望み、家族をないがしろにするシェアトに対して怒りを抱いていた。

 そんな彼が両親に黙って姿を消すというのは、それだけの事が起きたと考えていいだろう。



「た、確かに……。そっか、でもあれだけ口で人殺せそうなクロスちゃんだし襲われた説は薄いよね」


 甲斐は腕組みをして、ルーカスの予想に深く頷く。


「観測機関に人を探してもらいたい人間など腐るほどいるが、セキュリティも万全だろうし人質を取られて屈するような甘い機関ではないからな。……それがまかり通ってしまえば誰も働けなくなる」

 

  

 ビスタニアが悔しそうに観測機関に頼むことの難しさを口にすると、甲斐が目を丸くしている。



「なるへそ……。みんなそういう頭ってどこで貰うの? もしかして売ってる?」


 甲斐の発言は皆にスルーされてしまった。


「と、いうことはだ。観測機関で何かが起きたんじゃないかな。今までこういった事例があるかもしれない。観測者自体も謎に包まれているしね。まさかとは思うがクロスが観測者になった……とか?」


 

 ウィンダムが眉を寄せて、最後に冗談めかして恐れている予想を話す。

 するとビスタニアではなく、甲斐がウィンダムに答えた。



「あー、それはないんじゃない? 観測者ってミューちゃんだと思うけど、あたし会ったよ。なんか寿命が短いらしくて、クロスちゃんが気にしてたな」



 部屋の中が静まり返った。

 甲斐は自分の背後に誰かが立っているのかと思い、勢いよく振り返った。

 背後には誰もおらず、見られているのは自分のようだ。



「……お前、観測者に会ったのか?」



 ビスタニアの声は驚きのせいでかすれている。


「え? あ、うん。あたしがまだ民警にいた時にね。クロスちゃんに案内されて。そうそう、その観測者のミューちゃんを助けてあげたいんだけどどうしたらいいか全然分かんなくて……」


 ミューの事も、考えなくてはならない。

 フルラが両手を握り、目を輝かせて甲斐を見つめた。


「すごぉい……。観測者なんて、滅多に会えるもんじゃないんだよぉ……! どんな人なの?」

「あー……ちょっと、フルラに似てるかも。なんか、こうふわふわした感じ。ああ、フルラがいけない薬でも打たれたらあんな感じになるんじゃない?」


 

 ふわふわ、と言われた瞬間は嬉しそうだったフルラもその後の言葉を聞いてしゅんとうなだれてしまった。



「……観測者と、面識があるならもう一度会いに行く事は可能か?」

「えっ……そんなアポ無し突撃観測者訪問! みたいなのってアリかなあ? 会ったのも一回だけだし、めっちゃドアある中でクロスちゃんが案内してくれたから辿り着けただけだし……。遭難したら助けに来てくれる?」



 甲斐の独特の言葉の中からビスタニアは、観測者に会いに行くことは簡単ではない事を再認識する。



「……カイ、民警で誰か信用できそうな人はいた?」



 今度はルーカスが甲斐に尋ねた。



「ああ、うん! いたよ、良くしてくれた人が!」

「良かった、無理かもしれないけどその人を頼ってみたらどうかな? 上手くいけば、観測者に会う事が出来るかもしれない。カイなら観測者に会ってしまえばクロスの行方を追ってもらう事ぐらい出来るだろう?」

「僕もルーカスに賛成だ。僕らは僕らで観測機関で他にそういった例が無いかあたってみるから」


 ウィンダムもまた、この作戦に乗った。


「オッケー! そうと決まったら時間も遅くならない内に民警に連絡取ってみるよ!」


 そして、作戦会議は終わった。

 皆がボードゲームを箱へ戻したり、後片付けを済ますと帰り支度を始める。


 甲斐も皆と同じように帰り支度を始めている。

 その様子にビスタニアがどこか遠い目をしたのに気が付いたのはフルラ一人だった。

 気を使って甲斐に声をかけようとしたフルラに、ビスタニアが首を振って制する。



「そうだな、何事も早い方が良い……。俺も明日、職場の人間にそれとなく聞いてみよう」

「そろそろ僕も職場に戻らないと。皆一緒に出るかい?」



 クリスはルーカスの腕を取って玄関へ向かう。

 ウィンダムはビスタニアに微笑み、フルラと共に二人に続いた。



「じゃあね、ナバロ! 今日はほんとにありがと! 送らなくて大丈夫だよ! ゆっくり休んでね!」

「ああ……いや、いいんだ。今度、またゆっくりしよう」


 玄関のドアが閉まり、急な静けさの中でビスタニアは手のひらサイズのキーボード端末を取り出すとロジャーへ通信を繋いだ。


「なっんっだっよ! お前がいないせいで俺は今てんてこまいなんだ! 下らねえ用件だったらお前の机、まっピンクに染めておくからな!」


 残業の大嫌いなロジャーが、定時を目前に珍しくまだ仕事が終わらないらしい。

 

「酒でも飲みに行かないかと、誘いたかったんだがまたにしようか?」

「マジかよ! なんだ、そういう楽しい連絡ならいいんだ! 忘れてた仕事でもこの時間に言うのかと思ってよ! やっぱり普段通り定時で上がる! 待ち合わせはどこが良い!?」


 一転して機嫌を直したロジャーにビスタニアは少し笑いそうになった。

 ここで、ビスタニアの部屋のチャイムが響いた。



「ちょっと待ってくれ、来客だ」



 ビスタニアは音声通信を繋いだまま、立ち上がり玄関へ向かう。

 ドアを開くとそこには甲斐が肩で息をしながら立っていた。



「なんだ? 忘れ物か? どうした?」

「そー……! はぁ、忘れ物!」


 小さな甲斐は背伸びをしてビスタニアを捕まえると、そのままキスをする。

 最初は面食らっていたビスタニアも、小さく笑うと彼女を抱きしめ、長く応えた。



 唇が離れると今度は甲斐から、力いっぱい抱きしめられた。



「ちゅーとぎゅー! 忘れてたから! よっし! んじゃね!」



 階段を数段飛ばしで跳ねながら、大きく手を振って帰って行く甲斐にビスタニアは眩暈がした。

 危うく部屋へ引きずり込んでしまうところだった。



 ロジャーとの通話に戻ると、通信中のはずなのに返事が無い。

 何度か呼びかけて返って来たのは深いため息だった。




「……明日、お前は驚くだろうな。自分の机と椅子がレインボーに染め上げられているんだからよぉ……!」

「ろ、ロジャー……! 聞こえていたのか、聞こえていたよな! すまない、今のは不可抗力だったんだ! それより待ち合わせだろう!?」

「ちくしょう! 真面目に働いてるだけなのになんだこの仕打ちは! 今夜は朝まで付き合えよ! 明日は俺が休みだ! お前は二日酔いのまま出社して周りから嫌な顔されたらいいんだ!」

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