第二百二十三話 幼馴染の君へ
ビスタニアの部屋で突如開催されることとなったボードゲーム大会。
部屋のオーナーであるはずのビスタニアが誰よりも遅れてその開催を知った。
甲斐が掲げて出したボードゲームを見て、ビスタニアははっとした顔で甲斐を見た。
あれはベッドの下に仕舞っていたはずだ。
それを彼女が持っているということは、寝室に入ったのだ。
「ビスタニア? 聞いてる?」
クリスが顔を赤くしているビスタニアの顔の前で手を振った。
「私達、みんなルールが分からないの。教えてくれる?」
「あ、ああ……」
テーブルを皆で囲んでいる中でビスタニアだけが立ち上がった。
皆の注目を一身に受けるのは、なかなかいい気分である。
「説明……するほどの内容でもないんだが……小学生向けのボードゲームだからルールは簡単だ。こいつらは前、後ろ、斜め全て一コマずつ進める」
ビスタニアの指につままれたお化けはじたばたと動いた。
「相手と向かい合うように進めれば吸収して二コマ進めるようになる。そいつも小さな奴を進めて向かい合わせれば倒せるが小さな二匹に戻る。この墓石をどこに設置するかは自由だが、相手の墓石まで早く辿り着けば勝ちだ」
ビスタニアは黒いパンツにグレーのカットソー、そして暗いブルーの襟のない薄手のセーターを羽織っている。
その綺麗目な服装と、彼のアシンメトリーの髪型と派手な赤色の髪の毛が相まって個性を出しているようだ。
「吸収しまくればいいってこと? どこまでも進めるようになるわね!」
そう言ったクリスは着ているサーモンピンクのパーカーワンピースは裾や袖にクリーム色のフリルが付いており、腹の所に大きなポケットが付いている。
大きめのフードは裏地が白くボア素材で温かそうだ。
彼女は床に足を横にして座り、説明書を見ながらボードゲームにお化けを並べていく。
スウェード生地のニーハイブーツはブラウンですっかり彼女も秋仕様だ。
「いや……これは一匹に付き、一匹しか吸収出来ないんだ。だから吸収した一匹以外は自分の手持ちの駒になる。駒を進むことをせずに手持ちの駒を配置する事も出来るらしい」
「ショウギの簡易版みたいなものかな?」
ルーカスは逃げようとするお化け達を手の平に乗せてクリスを手伝っている。
日に焼けた顔は若干ましになっていたものの、近付くと色の境目が分かってしまう。
ストライプシャツの上にネイビーのニットベスト、キャメル色のズボンに編み込まれたダークブラウンのベルトを付けている。
ショートブーツも茶で、シックな印象だ。
「とにかくやってみよー!」
甲斐は待ちきれないのか、身を乗り出した。
「誰からやる? あ、ナバロはダメだよ。ルール知ってるし、ボスって事で」
「わ、私は誰かがやってるの見てからがいいなあ……」
回転椅子に座る甲斐の足の間にフルラは収まっていた。
白いハイネックのトップスの上にサスペンダーの付いた赤地に黒と白のチェック柄スカートを履いている。
ウエスト部分はタイトだが裾はフレアになっており、背中の部分はサスペンダーがクロスしていた。
ショートブーツの足首部分にはファーがあり、なんとも彼女らしい。
「じゃあ僕が最初に挑もうかな、相手は誰だい?」
挑発的な表情で言ったのはウィンダムだった。
モザイク柄の変形ライダースの中は大きな髑髏がプリントされている部位ネックカットソーだ。
グレーのダメージジーンズは細身で大きな銀のバックルは十字架が彫られていた。
先が尖った赤いブーツも奇抜な頭に良く似合っている。
「あら、私が受けて立つわ」
この二人の結果としてはウィンダムの圧勝だった。
ゲームは単純ながらも一発逆転を狙う者や、こつこつと相手の手を予想する者など、案外奥が深い。
戦略が編み出されていき、段々と皆の顔も真剣になっていった。
今や一手を進めるのにも時間がかかり、長考禁止のルールまでも用いられている。
ルーカスとクリスが戦っている間にそっとウィンダムにビスタニアが近付いた。
「……一緒にいた学生時代が懐かしいな、お前とこんなに顔を合わせないなんて今でも信じられない」
ビスタニアがウィンダムに切なげに笑いかける。
「それは僕もさ」
ビスタニアの腕を叩いて、ウィンダムが笑った。
「でも、悲しい事ばかりじゃない。君にはカイちゃんがいて、こうしてビスタニアの部屋で僕以外の誰かがいて、君は勉強以外の事をしてる。これを幸せと呼ばずになんて言ったらいいんだい?」
自分の生きた日々を、家族と同じように知っている幼馴染のウィンダムはいつだってビスタニアを気にかけてくれていた。
「そう……だな。幸せ、だ。これが当たり前じゃ無い事位、分かってるさ」
ジュースを片手にビスタニアの視線は甲斐と笑い合っているフルラに留まった。
それに気が付いたのかウィンダムは小さく溜息を吐き出す。
「フルラちゃんが、あの事件に巻き込まれた時……僕は仕事をしていたんだ。愛はこんなにもあるのに、なんの予知も出来なかった。連絡を受けたのは彼女が手術を終えてからだった。……生きた心地がしなかったよ」
なるべく明るく話そうとしているのが分かり、ビスタニアはウィンダムの腕を擦った。
「……でも、怖かったのは彼女が目覚めない事もそうだけど……自分の醜さに気が付いてしまったからかもしれない。研究所が襲撃したと聞いた時、他の人間に事なんてどうだっていいと思ってしまった」
震える息を吐き出したウィンダムは、どこか罪の告白をしているようだった。
「被害者の夫にかける言葉としては正しい言葉を選んだ職場の人間すらも、憎く思えた。……そして後から恐ろしくなった」
「非常時だったんだ、仕方ない」
「……ビスタニア、僕は常に冷静でいようと思っていた。研究所の襲撃が起きている事だってニュースで知っていた。でも、当事者になるとそんな理性も何もかもどこかへ行ってしまう。……だから、君にもようやく僕から教えてあげられる事が出来た」
最愛の女性から目を離し、ビスタニアを間近で見つめるウィンダムの瞳は強かった。
「大切な人に何かがあった時、すべき事を見誤ってはいけない。君なら、きっと上手くやれるよ。カイちゃんも危険な仕事をしているんだろう?」
ウィンダムの言葉が、突き刺さった。
眠ったまま、目覚めない甲斐の姿。
二度と、あんな事は起きてほしくないというのに。
「来なければいいと僕も思っている、でも、生半可な覚悟じゃどうしようならない時が来るかもしれないから」
「ああ……ああ、そうだな。ありがとう」
小刻みに頷いたビスタニアにウィンダムは満足そうに笑うといつもの調子で笑った。
「いいんだ。現に僕は今でも毎日フルラちゃんが無事に帰って来るか、明日はどうなるのかと心配で突然涙が出そうになるんだ」
「……ああ、ああ、そうだよな」
「……出来れば僕はフルラちゃんを籠にでも入れて大切にしまい込んでおきたいんだけど、そうなるともう二度とフルラちゃんは僕に心から笑ってはくれないだろうからね。……僕の安心と彼女の幸せなんて、天秤にすら乗せられないよ」
その言葉に、同じ苦しみを抱いていたビスタニアはどこかほっとしていた。




