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第二十一話 事件の終息


 甲斐の纏う炎は辺りを照らした。

 それは悪を導く光にしてはあまりに強く、そしてあまりに強大すぎた。


 トイフェルがちゃちな鎖を出現させ、拘束魔法らしきものに狙われたシェアトは一瞬で跳ね返す。

 どうやら対魔法使用者と戦うのは初めてのようで、その威力は弱すぎるほどだった。


 シェアトには全く歯が立たない事を察したのか、トイフェルは甲斐に狙いを変えた。

 手を払うと、風に乗り、無数のナイフが現れた。

 しかし甲斐が両手を合わせ、向ける火炎に巻き込まれると、ぐにゃりと形状を歪めて液体のように地に落ち、還っていく。

 連続殺人犯に逃げられぬようシェアトがドーム状に結界を張っている。

 見えぬ壁に進路を阻まれ、手を伸ばしながら出口を探すトイフェルは肩で息をしていた。


 どうやらここまで多くの魔法を乱発するほどの力も無かったらしい。


「やだ……やだやだやだあ……! 負けないっ、絶対殺す! 殺してやる!」


 逃げるのを諦めたのか、トイフェルはこちらを睨み、そして叫ぶ。


「……トイフェル、勝てる相手に力を振るって楽しかった? 凄いね、こんなになんでも出来るんだ。もったいないよ、ホントに……」


 罪を償い、そして心の更生と治療を経て、本当に被害者や残された者と向き合った時、自分のしてしまった重さとも戦わねばならないのだ。

 その重さを一身に受けた時、彼女は耐えきれるだろうか。


 殺人を犯し続けてきたトイフェル。

 痩せた体が、濁った瞳が全てを物語っている。

 罪を重ねる重圧を、眠れぬ夜の数を。


 ストレスが無く、気晴らしであるならば何故こんなにも彼女は傷んでいるのだろう。








 トイフェルはただ、餓え続けていた。

 自分が得られぬ物を持つ人々を壊す事で怒りを晴らし、押し寄せる罪の意識から逃れる為に心を壊し、正統化する為にも繰り返さなければならなかった。

 それだけが、自身を守る手段だったのだ。


「ああ!? なんだその目ぇ……! 何もしなかった癖に! 助けなかった癖に! お気楽な人生歩みやがって!」



 怒りに呼応するようにトイフェルの足元からひび割れが起きる。

 ささくれ立ったアスファルトが持ち上がり、二人に襲い掛かった。

 しかし、残念ながらこの程度の物理攻撃など嫌という程在学中に受けていた。



「助けてって、言った?」


 甲斐の問いかけに、トイフェルは地面へ唾を吐き捨てた。


「……説教なんて聞きたかねぇんだよ!」


 そこら中の破片が浮き上がり、甲斐を狙う。

 何度でも、甲斐は火炎でそれらを飲み込んだ。


「言ったらなんか変わったのかよ!? あたしの人生変わった!? 優しいママとパパに囲まれて良い学校に行ってた!? 家に帰る時のあの気持ちが分かる!? 機嫌がいいといいな、なんてちっちゃな頃から祈りながら一歩一歩歩くあの気持ちが!」

「言わなきゃあたし達も分かんないよ。聞こえてないなら何回も大声で言わないと。……何をしたって人生からは逃げられないんだから。何をしても結局責任を取るのは誰でもないよ、自分自身だもん」


 シェアトにより、跳ね返されたアスファルトがトイフェルに降り注いだ。

 成す術無く、痛みに耐える彼女にシェアトが拘束魔法を掛ける。


「……こんな形でお前に会ったのは残念だったぜ、糞ガキ」


 その言葉は、本心から出ているようだった。


 そしてそれは今のトイフェルの心を酷く乱す。

 まるで違った未来があったような。

 まるで間違った道を歩んできてしまったような。


「殺して! もう、いい! この先なんて知れてる。捕まった後にハッピーな人生が待ってるなんて思ってない! ある者はサツにしょっぴかれて街に平和が戻りましたとさ! あはは! 陳腐な話だ!」

「もー喚くな。あんたを慰めたら被害者が報われない。何年掛かってもいいから、受け止めな」



 甲斐とシェアト、そのどちらも攻撃をする気配が無いと分かるとトイフェルは周囲にあらん限りの力を込めて叫びだした。



「殺せよ! 腹立つだろ!? こんなガキに何人も殺されて! 大事な家族を失って! あんたらはなんにもできなかった! そうだろ!?」


 騒ぎに気付くものは、いるだろうか。

 いや、ホテルが火災に遭い、あれだけ騒いだのだ。

 きっととっくに気が付いているかもしれない。

 しかし、この町ではあまりにも色々なことがありすぎた。


 今や夜中の出来事は知らぬふりをするものだと、暗黙のルールができているのだろう。


「つくづく無能な奴らだな! あんたらも仲良さそうにしやがって! ホテルであたしを助け切れずに死ねば良かったんだ!」















 容疑者を確保したという事で、担当の民間警察がぞろぞろと召還された。

 通信をブレインに繋いでいたおかげだろう。

 どの警官も少女が今までの事件を行っていたという事実に言葉を失っていた。


「離せ! 触んな! 全員ぶっ殺してやる! なんだよ! テメェら! 面覚えたかんな! 覚えとけ!」

「とんだ糞ガキだな……。二、三発殴ってやりてぇ。……お迎えが来たみたいだぜ、これでこいつともおさらばだな」


 展開していた結界をシェアトが解除する。

 引き起こされ、両腕を二人の警官に捕まれて移動していく中、トイフェルは裸足で踏ん張りシェアトと甲斐へ狂ったように暴言を吐いていた。









 タンッ…    






  

 タタンッ……






 ダンッ……









 限界までこちらに首を向けていたトイフェルの口から、むせ込むのと同時に血が吐き出された。


 動けずにいる甲斐とシェアトを置いて応援隊は一斉に厳戒態勢へ転じる。

 支えを失った少女は何かが抜け落ちたように安らかな顔で地面へ落ちていく。


「……カイ! 銃撃だ! 住民と一般警官を守れ! カイ!?」

「……あ、ごめ……。なんだっけ……?」


 ショックが大きいのか甲斐は乾いた笑いを浮かべている。

 このままでは的にされかねない。

 強く彼女の腕を掴んで路地に転がすと、シェアトは再度結界を展開させ、警官達へ自分の後ろへ下がる様に命じた。


 壊れた街灯の先からゆっくりと両手を上げて姿を現したのは、ホテルにいた老婆だった。

 その目は動かぬトイフェルを捉えている。



「ババア……! そこで止まれ! 武器をこちらへ蹴って渡すんだ!」

「可哀想にねぇ……。この悪魔に殺された孫はもっと怖かっただろうに……痛かっただろうに……。……この街に悪魔が住み付いてから……ここは変わってしまった……。この老いぼれのした事を神はお許しにならないだろうねぇ……」

「聞こえねぇのか!? ババア! 動くな!」

「良かったよ……昔の物でも使えてさあ……。魔法なんて使えなくても、これがあればねぇ……。この街で一緒に腐って行くならまだしも……外の世界に出て、未来に向かって生きようなんて……許さないよ……。あたしにもっと……力が残っていたらねえ……。この世のすべての苦しみを味あわせてやれたのに……」

「シェアト! 止めないと!」




 

「待ってなさいよ……地獄の果てまで追いかけて、苦しめてやるからね」





 取り出した銃を口に咥えると目を見開いたまま、老婆は引き金を引いた。

 誰もが注目したまま、老いた被害者であり加害者の最期を見た。

 老婆は最期の瞬間まで、憎しみに満ちた瞳でトイフェルを見続けていた。



 誰の視線も重ならぬまま、事件は最悪の結末となった。



 容疑者死亡・容疑者を殺害した被害者一名が自決。

 文字にするとたったこれだけの話だ。

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