第二百十六話 オトリってかわいい
「……引き止めたんだから、説明しろよ。なんか知ってんのか?」
シェアトがポテトをつまんで口に入れるのを見るとギャスパーは指に付いた殻を払った。
「……仕事が入るまでですよ。私からしたら、そんなに他人に興味を持てる君が信じられませんが、まあいいでしょう」
「ハナからアンタと分かり合おうなんざ思ってねえからな。……仲間が死んでも眉一つ動かさないんだ。誰の顔に傷付いてても興味ねえのは当然だよな……」
ギャスパーは嫌味を言ったわけではない。
ただ本心を伝えただけだ。
しかしシェアトは噛みつかれた分を噛み返そうとして、過去を掘り返す。
ギャスパーにそんな手は通用しない。
不愉快にも思っていないらしく、ナッツを口に放り込んで噛み砕いた。
「いえ、今回は別ですよ。彼の顔の傷は私も気になっていましたから」
「それ、マジでか? 人間らしいトコも――」
「ああ、いえ。シルキーの顔にあんな傷がついては今後オトリとして仕えないので、出来るなら消してほしいんですよ。あんなホラーな顔では話しかけても返事では無く悲鳴が返って来るんじゃないですか」
やはりこいつ(ギャスパー)とは理解し合えない、とシェアトは思った。
「痛いです、足を蹴らないで下さい」
「蹴りで済ませただけよしとしろよ……! それで、あの傷はマジで自分でやったのか? それに消せるのに消さないってホントかよ?」
聞きたいことは山ほどあった。
「本当ですよ。本人に聞いたら怒るでしょうから、中尉に断って報告書を読みました。気付け代わりに力一杯雷を落としたみたいですね。といっても、真似しない方がいいです。助かったのは実に幸運ですから」
中尉に断れば、報告書に目を通せるのかとシェアトが一人良い事を聞いた。
シェアトの思考は顔に出てしまったらしい。
ギャスパーの指で挟んでいたピスタチオが飛んで、小気味いい音を立ててシェアトの眉間に当たった。
「召集された際のリーダーが報告書を作成しますが、自分が出動していない分の報告書を読めるのは私かシルキーだけですよ。何を企んでるんですか」
「んだよ……。で? じゃあなんでシルキーさんは顔の傷消さねえんだ? アンタも反対なんだろ?」
「私には理解は出来ませんでしたが、理由は聞きました。彼の声は高いので似せられませんが『無かった事には出来ないんだ、全て。ああ、本当に腹が立つ……何にって? 自分にだ!』と言っていました。戒めのつもりみたいです。何か、弱い部分に触れられたみたいですね。彼も、ネオも……貴方も」
戒めと聞いて妙に納得してしまった。
あの部屋でシルキーは何を見たのだろう。
聞く勇気は無い。
それはシルキーが怖いからでは無く、逆に同じ質問を投げかけられるのが怖いからだ。
「てっきり怒り出すかと思ったのに、案外冷静なんですね。あの傷を残す事を選んだシルキーに何を言っても無駄です。だからそんなに気にする事でも無いと思いますよ。シルキーのオトリが無くても仕事は出来ますが、個人的にとても面白かったのでやって欲しかっただけですし」
「傷の事は分かった……って、おい。面白い? オトリがか?」
シェアトが驚いたのは、シルキーのオトリについてではなくギャスパーが『面白い』といった感情を表した事に対してだった。
「彼の身長と童顔を利用できる時はしていたんです。ある時は『拉致されていた美少年』役、ある時は『孤児の貧しい少年』役。私と組むとオトリに出来たんですがね。防護服が無いというのに、ストレスからかいつも以上に一騎当千してくれるのでそれもまた仕事が早く済むので重宝していました。あぁ、その楽しみももう無いんですね」
ギャスパーは思っていたよりも、面白い奴かもしれない。
しかし、彼に笑顔を見せるのはプライドが許さなかった。
職業体験の際にケヴィンの死を知っても顔色を変えなかった彼を許した訳じゃない。
本当は、今ならギャスパーが何故そうしたかが分かる癖に。
彼を悪者にする事で共感しそうな気持ちの部分を押さえ込んでいるのだ。
あの時、自分の警護役がギャスパーでなくシルキーだったら今頃こうして避けて忌み嫌っているのはシルキーだったのだろう。
「さて、もういいですか。君もカウンセリングがあるでしょう。入って間もない上に、シルキーと違って自分を自分で正していける程大人でもない。君の歳なら、仕方ないと思います」
「……なんだよ、気持ち悪ぃな。励ましてんのか?」
ギャスパーはわざとらしく真上を見て長考すると、シェアトに焦点を合わせてきっぱりと言い切った。
「励ましてませんよ。事実です」
「そうかよ……。ま、復帰したらアンタと組んでやってもいいぜ。オトリはごめんだけどな」
「ああ、そういえば貴方と二人で組んだ事はまだ無いですね。ただ私は見かけではなく中身が子どもの人間とは組む気は無いので」
シェアトが友好的な笑顔を浮かべるのを止めて青筋を立てた瞬間に、アナウンスは目の前の不健康な男を指名した。
「では、失礼。なるほど、誰かと食事するというのは悪くない。心なしか、ナッツの殻が剥きやすかった気がします」
「食事の相手はガキでもいいのか?」
また少し上を向いて考えた後、ギャスパーは答えずに歩き始めた。
冷めてしまったバーガーの包装を解き、口に運ぼうとした瞬間に食堂から出る寸前のギャスパーの小さな呟きが耳に入った。
「ガキでも糞ガキでもいいですよ、出来れば大人が望ましいですが」
「テメエ、戻って来いギャスパー! 子供の成長は目覚ましいんだよ! せいぜい毒盛られないように祈っとけや!」
ギャスパーが出ていくのと入れ替わりに入ってきたノアが、シェアトの怒鳴り声を中途半端に理解して神妙な表情になる。
「おいおい。なんだ、うるせえな。ワン公、お前子供いたのか? ギャスパーとの子供の話か……? 力になるぜ?」
「だーーーーーーーーーーー! どいつもこいつも……!」




