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第二百十三話 かいものにいこう



 ビスタニアの連休が今日で終わろうとしていた。



 空が高く、太陽も流れの早い雲に邪魔されては隙間を狙って光を地へと落としている。

 あっという間に一週間が過ぎ去った。


 この七日間にビスタニアが外出したのは三度だけだった。

 そのいずれも食材の買い出しにスーパーマーケットへと足を運び、家へ戻るという繰り返しだ。



 今日は残されたもう一週間に向けての買い出しに行かなければならない。



 少し時間を掛ければ大きなショッピングセンターがあり、新鮮な野菜や果物など旬の食材を取り揃えている。

 だがとにかく近場で買い物を済ませ、家に戻る事が最優先事項なのだ。

 ビスタニアは迷わず家のすぐそばにある寂れたスーパーマーケットへと向かった。


 日持ちのする物を、と思っていたがここにあるのはいつ仕入れをしたのか分からない品ばかりで棚と共に埃を積もらせている。

 缶詰やパスタ麺を次々に買い物かごへと放り込み、蓋を開ければ出来たてになるレトルト食品を買い占めた。

 そして無愛想な初老の男性のいるレジへとかごを置く。



「会計を」



 じろりと新聞から顔を上げた男性は椅子から立ち上がる事もせずに手を伸ばしてかごを引き寄せ、中の商品を見ては足の間に広げてある紙袋へと投げ落としていく。

 この不愉快な接客をされるのは四度目だ。


 一度目はこちらから愛想良くしようと努めたので、全ての商品の値段を覚えているのかと話しかけてみたが無視され、口を閉じて財布を開くことにした。 

 二度目は彼が鼻歌を歌っていたので機嫌が良いようだと思い、邪魔しないよう黙ってかごを置くと『口が利けないのか』とリズムに乗ったまま呟かれ、危うく財布を引き千切るところだった。

 三度目はこれまで学んだ知識を活用し、今日のように『会計を』と呟くと聞こえて来たのは返事の代わりの舌打ちだった。



 四度目の利用となる今日。

 今回は舌打ちは無かったが、心に余裕の無いビスタニアの中で何かが弾けた。

 レジカウンターに手を荒々しく手を付いて男性の視線を奪う。



「何がそんなに気に食わないのか知らないが、こっちは客だ! 少しはリピートされる様な努力をしたらどうだ!? 新聞ばかり読んで政治に対する怒りを溜め込むのはいいが、それを客で発散するな!」


 男性はぼそりと吐き捨てるように反論する。


「俺が嫌なら来なきゃいい、それだけの話だ」

「そんな看板どこにある!? 『注意!最低な店員がいます!』なんて書いてなかったぞ!」

「馬鹿には見えない看板だ! なんだってんだ、気に食わねえならさっさと他所に行け!」



 とうとうこの虫唾の走る店員を椅子から立ち上がらせる事に成功したが、嬉しくもなんともない。

 それどころか青白い顔で頬のやつれた男性は今や顔を紅潮させて、ビスタニアと同じようにカウンターに両手を付き、顔を近付けて怒鳴っている。



「そうはいかない! ここが家から近いんだ!」

「だったら黙って物選んで、会計して帰りゃいいだろ! こんなに簡単な事が引きこもりには難しいのか!?」


 ビスタニアの顔色が悪くなった。


「……なに? 今、なんと言った?」

「引きこもりだろ!? そんなボサついた頭にこんな犬の餌みてえなもんばっかを平日のこの時間に買い溜めていく! これで一週間は誰にも会わずに過ごせるな! その金はどうしてんだか知りたくもねえ! この近所で不審者や放火、強盗があったら真っ先にお前さんだと言うからな!」



 予想外の言葉にビスタニアは口をぱかりと開けたまま固まってしまった。



 自慢する気も無いが、防衛機関という誰もが知る世界的機関に勤めているし、卒業校もフェイダイン魔法訓練専門機関学校という超名門校だ。

 親は防衛長を務めているが、こんな寂れたスーパーマーケットのある通りのアパートを選んだのは今後必要になって来るだろう将来的な資金を貯める為だ。

 自分一人であれば、寝に帰るだけの家なのだから高級住宅街である必要も無いし、治安や不審者情報の数にも神経質にならずに済む。



 もっともここはそんなに酷い場所ではないのだが、そんな風に見られていたなんて思わなかった。



 この男性の態度がおかしいのも、新参者の自分を警戒していたというのか。

 仕事帰りに買い物をする時は遠くのショッピングセンターへ転送装置のナンバーを合わせ、そこから運動も兼ねて歩いて帰っていたのだがどうやらここにもスーツ姿で立ち寄るべきだったらしい。


「もういい、口を開くな……! ……店長を、呼べ……!」


 男性は肩をすくめて椅子に座り、出口を手で示した。

 その態度にビスタニアは怒りで体が震える。

 今度は怒鳴ってやろうと意気込んだ時に男性はしたり顔で言い放った。



「俺が店長だ。引きこもりは、二度と、来るな」




 弁解もする気が起きなかった。

 溜息を吐き、首を振って店を後にする。

 遠くのショッピングセンターまで歩く気力も無い。


 すると、ちょうど通信の着信音が鳴り響いた。

 皮で編まれたブラウンの太いブレスレットに光る文字で表示されているのは『犬』の文字。

 金具を二度押しして音声通信として受ける。



「目覚めたのか!?」

「目覚めたらお前になんて構わず、あいつに付きっきりになってるだろ。今大丈夫か? 今日もあいつの顔でも見たいかと思ってよ。なんで音声通信なんだ?」

「犬に癒し効果があるというのは本当かもな……」



 鼻をすすったビスタニアにシェアトの血圧が急上昇する。



「……新しい嫌がらせを思いついたのか?そうなんだろ? おい!」




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