第二百十話 そこに確かに愛はあって
ベッドに転がされたルーカスは手を伸ばし、クリスの頬に触れる。
「こんな形でお邪魔するとはね。ダメだよ、そんな無防備な格好で窓辺に来たら」
咎めるような言い方に、クリスは鼻を鳴らした。
一体誰の為に、何の為にこの格好をしていたと思うのだろう。
「今この場で叫び出されたくなかったら私の自慢の寝間着にケチつけないことね」
ルーカスの上から下りたクリスは、ベッドの上で長い足を組む。
彼女のガウンの裾は短い。
はらりと捲れ、際どい辺りまで捲れて落ちた。
ルーカスは起き上がると羽織っていた黒色の厚手のパーカーを椅子に掛け、クリスの横に据わった。
中に着ているデニムシャツは鎖骨が見える辺りまでボタンが開けられている。
カーキのカーゴパンツに赤いスニーカーとラフな格好のルーカスをクリスが見るのは初めてだった。
以前よりも格段にたくましくなったルーカスは確かに日焼けしているが、それは顔の口元から上だけだった。
それに気が付いて吹き出すクリスにルーカスは困ったように笑う。
「……僕の顔に何かありましたか、お姫様?」
「やだ、だって……あなた……! あはっ、もう、何よその焼け方……!」
「神の子で着てるローブで口元を隠す時があるんだよ。それに夏だったし、日差しも強かったから……」
「日焼け止めが必要ね、良いアイテムがあるのよ。良かったら……」
クリスが機嫌を直し、化粧台に並んだボトルの中から日焼け止めを選んでいる。
すると腰の辺りに熱を持った腕が後ろから回された。
こうして抱きしめられるのも、久しぶりだ。
クリスはその熱に溶かされていく感覚を味わうように、動きを止めた。
「……どうしたの? 僕の顔の焼き加減が気になるんじゃなかった? ほら、早く僕の日焼け止めを探して」
「そうね、日焼け止めを顔の上半分に塗って……下半分は隠さなきゃちゃんとこんがり焼けると思うわ」
ルーカスの片手が徐々に上がって来ているのに気が付いていたが、クリスは止めなかった。
とうとう大きく開いているクリスの胸元に、骨ばった指が触れた。
化粧台の鏡に映る二人の姿からクリスは目が離せない。
見たいような、見てはいけないような。
見慣れた自分の顔が艶っぽく変わっていくのが分かった。
あんなに華奢だったルーカスの体は細いながらも締まった体へと変化し、抱き留める力も、受け入れる腕も、全てがクリスの知るものではなくなっていた。
首筋に唇を這わせるルーカスと鏡越しに目が合う。
「会いたかった……本当に。あんなに卒業前に離れていても大丈夫だと言ったくせに、僕の方が寂しがりだったのかも」
「私だって……寂しかったに決まってるでしょ……! ん、ちょっと……!」
久しぶりのキスと、ルーカスの力強さにクリスの足元はふらつき、化粧台に背を向けて手を付いた。
並べられた瓶をクリスが手探りで床へ落とし、自分のスペースを確保する。
両手首を掴み、鏡に押し付けられながら唇を落とされ、呼吸の苦しさを感ながらも幸せが胸の辺りから熱と共に体全体に広がっていくのが分かる。
「……は、ぁ。ルーカス……ねぇ……心って、本当にここにあるのね……」
掴まれている片方の腕を押し返すように力を入れると、ルーカスの手も一緒に離れた。
その手を掴んでクリスはガウンの中へと誘い込み、そっと触れさせる。
どくどくと耳と頭に血液が巡る音が響いていく。
「クリス、このままだと僕は忍び込んだだけじゃ済まなそうなんだけど」
「私の彼はとっても理性的だって喜ぶべきかしら? それとも、私の魅力が足りなかったと嘆くべき?」
挑発的なクリスに、ルーカスは困ったように笑う。
「……君に、嫌われたくないんだ。久しぶりに会ったっていうのに、君の話も聞かずにこんな……。普通の恋人なら、きっともっと……」
「そうね、それは『後で』嫌になるほど聞いてもらうわ。好きも、愛してるも……聞き飽きるほど今から言い合うでしょ?普通の恋人って……お互いがお互いを好きな二人って定義よね?……じゃあ、私達も普通の恋人よ」
クリスがルーカスの首の後ろに腕を回すと、彼女を軽々と抱えてセミダブルのベッドへ寝かせた。
ルーカスが靴を脱いでベッドに上がる間に、クリスは部屋の照明を落とす瞬間に部屋全体に魔法を掛けた。
「……クリス……? 今、防音魔法掛けた?」
「ルーカス、大好きよ。貴方がいないと、私ダメみたい」
「……僕もだよ、クリス。大好きだからこそ、大切にしたいと思ってる」
クリスの上で、ルーカスはそっと彼女の髪を撫でた。
ゆっくりと目を閉じたクリスにキスをねだられていると思ったルーカスは顔を近付けた。
もう少し、といった所でクリスが急に目を思い切り開き、ルーカスの両肩を掴んで倒し、素早く彼の腹の上にまたがった。
「ルーカス、私はとっても大切にしてもらってると思う。大切にされすぎて……そうね、そろそろ死にそうなの」
「……それは申し訳ない。じゃあ僕からの愛を、もっと受け取ってもらわないと。やめて、なんて言ったって今更遅いよ?」
ルーカスがクリスを引き寄せると、二人の陰は重なり、離れなかった。




