第一話 W.S.M.Cの朝
出動のアナウンスが掛からないのをいいことに、先輩よりも遅れてトレーニングルームに入って来る新入り。
東藤甲斐は大物か阿呆かのどちらかだと言われている。
戦場に赴く特殊部隊『W.S.M.C』にいる女性は甲斐だけだった。
ここは『世界魔法特殊部隊』、略称を『W.S.M.C』。
数多くの戦場を駆け抜けてきた猛者でもある。
この世界では様々な機関が存在し、魔法を巧みに扱い、そしてそれを統制する人々が存在する。
それらの機関により、この世界の秩序と平和は保たれているのだ。
「おはー。あれ、シェアトはどこっすかね?」
長い黒髪をまとめる事すらしていない。
半袖に太ももをあらわにした短いデニムといった出で立ちの甲斐はどう見ても普通の若者だ。
釣り目気味の大きな瞳は赤めいた茶。
飄々とした物言いをしながらも、悪びれた様子はない。
そんながさつさが垣間見える彼女の体格は意外なことに小柄である。
足元はビーチサンダルを履いているところも女性らしさはマイナスだ。
個性派の多いこの部隊。
一度甲斐とシェアトは在学中に見学へ来ていたが残念な事に甲斐の担当者は目の前で戦死してしまった。
そんなアンラッキーガールはそれでもこの部隊への志望を変えず、最終試験の面接で鬼の教官と恐れられているダイナに悪態をついて落とされたものの、学校長が直接ダイナよりも上の部隊を動かしている者に直談判しに来た事で有名だった。
「さあな、飯でも食いに行ってんじゃねぇの? カイもさっさと食わねぇと、色々と大きくなれねぇぞ」
連続で的に攻撃魔法を当てていたのは見事なオレンジ頭のアージェントだ。
無精ひげを撫でて言う彼は甲斐に目をやりながらも、的の中心を外さない。
甲斐に膝の裏を蹴られて笑うと再び自主練習に精を出し始めた。
シェアトといつも待ち合わせをしている訳ではない。
だが、出動しているわけでもないのは知っているだろうし、一人で食事に行ってしまうのは珍しい。
「年頃だもんねえ……そんな日もあんのかな?」
食堂に着くと、見慣れた襟足の長い黒髪が座っていた。
自然に隣に座ると、灰色の瞳が嬉しそうに輝く。
斜めに口元を上げて笑う癖は出会ったときからそのままだ。
犬歯が覗くと不思議なもので本当に犬のように見える。
出動の際以外は服の指定が無いので、シェアトは黒いシャツに白いパンツといったモノトーンカラーばかりを好んで着ていた。
「どんだけおなか減ってたの! 待っててくれてもいいのに」
「俺はアージェントに聞いたらお前はもう食事に行ったって言われたんだよ! あの腐れオレンジ……。脳ミソまで腐敗してんのか?」
「べーつにいいですよー。出動予定は無いのかな?」
甲斐はお手伝い天使へ朝の挨拶と一緒に一キロステーキを注文した。
「どこもかしこも男の筋肉ばっかりで胸焼けもいいとこだわ。一生分見た。フルラとクリスが恋しいよ……。なんだかんだいってもあの二人可愛かったもんね」
つい数ヶ月前までは一緒に魔法を学んでいた友人を懐かしむ。
寮がある名門校に異世界から突如現れた甲斐は二年生として編入する事となった。
そうなるまでにも紆余曲折があるのだが。
年齢的に周りの者よりも一つ上ではあるが、あれよあれよという間にこのW.S.M.Cへと就職が決まった。
短い間ではあったが、楽しく充実した日々だったと思う。
「まあそうだな、クリスはお姉さんキャラで高身長な上美人だったしよ! ……口うるさくて中身は最悪だがな。あのおちび……フルラはフルラでお前と同じくちっこくて、俺はイラつくけどおどおどしてて……。中々男のツボ押さえてるよなあ」
一粒一粒がポップな形をしており、いかにも体に悪そうな色をしているシリアルを皿に盛りながらシェアトは感慨深げに頷いた。
相変わらず彼の思考は下らない。
「おいおい、なんだよ。ヤキモチなんて妬くなって! お前にはビスタニアっていう糞野郎……じゃなかった。愛しの彼氏がいるんだろ? あ、もしかして別れるのか? だったらいつでも俺の隣は空いてるぜ!」
「何をエルガみたいなこと言ってんの……。あ、ごめ―――」
その名前を口に出した途端、シェアトの眉間には深い皺が刻まれた。
明らかに空気が悪くなる。
こうなってしまっては機嫌が直るまで時間が掛かる事を甲斐はもう嫌というほど知っていた。
エルガ・ミカイル
学生時代にいつも一緒にいた友人だ。
だった、という方が正しいかもしれない。
透き通るような金の長髪、影が落ちる程のまつ毛。
さらりと額を隠す前髪から透けて見える眉も、整った顔を表現するのに必要なパーツだった。
男性とは思えない華奢な体つきと、雪のような肌。
中世的な声と、ミステリアスさは不思議な色気すらも纏わせていたように思う。
美しい人、だった。
文武両道といった言葉では足りない程に万能で、切れ者。
そんな彼は甲斐と出会ってから毎日飽きるほどに猛アピールをしていた。
冗談かどうか分からない発言が多く、一緒にいた中で甲斐ですら一体何度本音を聞けたのか。
それでも皆に好かれていたし、確かにあの日まで絆はあったのだ。
あの日―――
エルガは卒業式が終わると、態度を一変させた。
友人たちを薙ぎ払い、傷つけることをどうとも思わぬ残酷な表情を見せた。
挙句、『友人などと言ってくれるな』とまで吐き捨て、彼は消えてしまった。
そうして一切の連絡を絶ち切ると、『SODOM』の最高責任者へ就任したのだ。
この世界のどの国にも属さず、しかし全世界で九割以上がこの企業の軍事武器・兵器が使われている。
製造開発も自社で行い、今や世界的企業と成長した『SODOM』の後継者である、なんて話は三年間彼と過ごしたシェアトとルーカスすらも聞いたことはなかった。
彼の裏切りを許せるほど大人ではないシェアトは記憶から消し去るように、彼の話題には口を閉ざしていた。
「いいよ……、悪いのは俺だ」
珍しくシェアトから気持ちを切り替えるような言葉を口にしたので、甲斐はステーキにナイフを入れたまま固まってしまった。
「でも、俺の前でもうあいつの話は出さないでくれ」
困ったような顔で笑う甲斐に対してシェアトは真剣だった。
そして机を何度か叩いてから話題を変える。
「……そういや今日は午前中に遠征してたやつらが帰還するらしいぜ。三日も戦って来たんだ、もしかしたら誰かしら死んでるかもな」
「ほーう? 何を嬉しそうに言っているのかね?」
女性とは思えないほどの速度と力でシェアトの肩を後ろから掴んだのは、この部隊の専属医である。
丸いレンズには縁が無く、顔に対してかなりの割合を占めている眼鏡をかけた彼女はこれでもかというほど頭頂部近くに暗い茶色の髪の毛を束ねている。
大きなリボンがつむじを隠す様にあり、その色と柄は毎日違うらしい。
一体幾つの巨大リボンを隠し持っているのかは誰も知らない。
「い、いやあ……無事だと、いいなあ、って話をして……いてててて離せババアああああ! 若きエースがこんな所で負傷していいと思ってんのかよ!?」
「ほほーん? 私の腕を甘く見て貰っちゃあ困るんだよ。私の手に掛かれば一人や二人、腹を裂いて幾つかの臓器を取り出してから元に戻す事なんて容易なんだ。試してみる?それにね、死んでくれてたらいいけど負傷者が多かったら私の仕事が増えるんだから」
「いやいやいや、死んでちゃダメでしょ。とにかく皆無事だといいなあ。あ、あの天パのダイナはあたしを不合格にしやがった馬鹿野郎だからあいつは無事じゃなくていいけど……あいつまさかの出動しない上官とかありえね~」
「おいやめろ! このっ……タバコが煙いし熱いんだよ! 禁煙だろくそアマ! 離れろコラ! 離れ……ごめんなさい! 許して下さい!」
相変わらず押しに弱いヘタレなシェアトを助けずに甲斐は黙々と食事を進める。
どうしてもまだ、魔法学校の時の大人数での食事が思い出されてしまう。
もっと忙しくなれば、そんな事すら懐かしむ暇も無くなるだろうか。




