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第百九十三話 シルキーの探し物

 よほど恐ろしいのか、太った男は目を逸らした。

 言葉ではそう言いつつも、拷問しているような時間は残されていない事をシルキーは分かっていた。

 最上階の部屋が崩れゆく音が嫌でも耳に入って来たし、一階にいても体を揺さぶられる振動が徐々に強くなっていた。



 電気柵を解除し、男の手と足を黄色がかった球体の光で包み込む。

 そして蹴倒してやると、本当に大きなボールの様に跳ねながら残りの段を転げ落ちて行った。



「口も耳も目も、機能しているはずだ。俺と違って、な。手足は要らないだろ?豚にはもったいない!」


 笑うシルキーが語気を強めると男はのたうち回っている。


「そうだ、手足を落としてやろうか? 上に吊るして血抜きをして……お前が食べて来たベーコンの気持ちになってみたらいい」 



 男はこれまで味わった事の無い痛みに悶え続けている。

 腕が、足が、無数の焼けた針が血管の中で踊り狂っているように感じているそれは、シルキーの扱う雷の攻撃魔法である。



「そうだ! 豚として死ぬ前に人間として最後に聞いてやるよ、ソウはどこだ? ほ~ら良く考えろ。肉になるか、愛玩動物になるか…分かれ道だな」



 仰向けに倒れている男その状態でぎょろぎょろと瞳を忙しく動かしていた。

 脂汗で額に貼り付いた前髪が荒く掴まれる。

 べとつく感触に苛立ちを覚えたのか、シルキーは一度男の腹部を蹴り上げた。

 

 そして屈み込むと、男の声を聞き漏らさぬよう顔を近付ける。



「……口がきけなくなったのか?」



 根元から前髪を掴まれている男は震えながら顔を何度も上下に振ろうとした。

 シルキーは眉を下げて男の頬に優しくもう片方の手を添える。

 予想外の動きに、男は右頬に添えられた手を驚愕の表情で見つめていた。


 背負ったままのシェアトを階段に座らせ、柵に寄り掛からせるようにして背中から下ろす。

 次の瞬間、目にも留まらぬ速さでシルキーは男の頬に添えていたその手を振り被り、右頬を打った。



 その衝撃は凄まじく、男は頭から壁にぶつかっていった。

 握られたままだった前髪は多くがシルキーの手の中に収まっている。

 手に残された男の前髪を汚らしいとでもいうように大袈裟に払いのけると、足を鳴らして歩み寄り、次は頭頂部の髪の毛を掴んで大きな体を引き起こした。



「今決まった、お前は豚だ。声を出してみろよ、さっきみたいに雄弁に語ってみたらどうだ? ほらぁ! 退屈させんなよ!」



 耳元で怒鳴るシルキーのあまりの形相に男は固く目を瞑った。



 顔半分に稲妻のような火傷を負っており、左目の視力が失われているのが分かる。

 瞬きは左右どちらもしているが、左目だけ瞳が動かず焦点が合っていない。


 そんな状態なのに、この少年のような男は笑っていた。


 可愛らしい顔立ちからは想像できないほどに、顔を歪めて楽しそうに下卑た笑いを浮かべ、残酷な言葉を操り、怒鳴り慣れた声色を使っている。

 得体のしれない恐怖を感じているのだろう。



 情けない声で恐怖に打ち負けている男とは対照的に、シルキーはこの男が何者なのか気が付いていた。



 この肉達磨こそ、今回の任務の標的であるソウ・J・ラルクアリィだ。

 怯えきっている男の顔面を床に二度叩き付け、血に塗れた顔を拝んでからシェアトの傍に転がるアタッシュケースを拾い上げた。



「……なるほど、そりゃあ隠し部屋なんて見つからない訳だ」



 中に入っていたのは魔力精密機器だった。

 あの部屋に充満している魔力の流れや濃さを調整する為のものだろう。

 ダイアルやレバーが細かく付いており、電源を入れると立体映像で縮小された部屋が表示されたがすぐに赤い文字で『ERROR』の文字が表示された。

 これは最上階の部屋だろうか。

 ちゃんと映し出されないのは魔力の満ちた部屋が、今はもう崩れているからかもしれない。


 魔力精密機器に繋がれているのはヘッドフォンとマイクだ、これを通して部屋の様子を伺い、魔力を通じて自分の声を伝えていたらしい。

 最初から高みの見物を決め込みながら、錯乱する獲物達の繰り出すショーの演出にこだわっていたのだから傑作だ。



「……それは……、それは私の生涯の結晶だ! 気安く触るな……! 誰一人、誰一人理解しようとしなかった……! 現実では叶えられぬ夢を、願望を思いのままに出来るというのに……!」



 よほど思い入れがあるのか、あれだけ怯えて話も出来なかった男が食って掛かる。



「魔力研究をしていた面々はどうやら本当に頭が良いらしいな、お前と違って。こんな不愉快な物、認められなくて当然だ。それで、ストレス太りしたのか?」

「……まさか。指名手配されている私が顔も変えずに生活出来るはずがなかろう。プライドを捨ててこの姿に化けたのさ。ドクターの元でな」



 すぐ横の階段が崩れ、雪崩のように瓦礫が降り注いだ。



 シルキーはシェアトを背負うとソウの顔を踏み割った。

 びくびくと痙攣するソウの足首を持ってビルの出入り口まで引きずり、乱雑に投げ捨てる。

 そして崩壊するだけの建物の中、ソウの隣にどかりと腰を据えて上を向き、目を凝らした。


 次々と瓦礫となった壁や床が降ってくる。

 今にも自分に当たるのではないかと、男は気が気では無いようだ。



「おい! おい! 逃がしてくれ……。頼む……。アンタらに直接的な危害も加えてないだろ……。手も足も感覚は無いし……もう、吐きそうだ……」

「逃げたらいい。芋虫を見た事無いか? 芋虫にも手と足が無いが、あいつら移動するぞ」



 上を見上げ続け、そして床に積もってきた瓦礫を見渡す。

 ようやくシルキーは探し物を見つけた。

 手をかざした先はまだもうもうと煙が出ている瓦礫の山。



 薄暗い中で、長い髪の毛が瓦礫の合間から覗いている。



 上に重なっている瓦礫を吹き飛ばし、新たな障害物が落下する前に甲斐を宙に浮かべた。

 そして彼女へ向けて盾を展開し、シルキーは自分の元へ引き寄せる。

 丁寧にゆっくりと甲斐が着地するのを待っている時間は無い。

 近くまで来るとシルキーは腕を振り下ろして彼女が床にたたきつけられる寸前に片手で受け止めた。




「……それでは、ごきげんよう。ミスター・ソウ。貴方の城は私の部下により、崩壊しました。どうぞこの現実をお楽しみ下さい」





 天使の様な微笑みを浮かべ、可愛らしい声で挨拶を済ませるとシルキーは部下二人を抱えて出て行った。

 ソウは役に立たぬ手足のまま、必死に腹這いになってたった三十センチ先にある出口に向かおうともがくが蓄えられた脂肪のせいで前に進まない。





「誰か……誰でもいい……助けてくれええええええええええええ」





 ソウの絶叫はビルが倒壊する音に飲み込まれ、その直後に瓦礫の山の頂に一つ、とてつもない雷が落ちた。




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