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第十七話 お仕事ですよ、出向組!

「あれー? またナバロに連絡繋がんないなあ。やっぱ機関ってブラックなのかな?」


 人一倍大きな声で伝言をビスタニアの通信に残した甲斐はソファに倒れ込んでいる。

 

「浮気だな浮気。それ以外考えられねぇ。 俺ならそんな事しねぇし、乗り換えるなら今がお得だぜ! 若いうちの方が男も元気だしな!」


 シェアトが自分のプレゼンをしているとブレインがとうとう顔を上げた。


「あっ、二人共。一応待機も仕事中だからね! カイちゃんも普通に映像通信使わないでもらえるかな? ここ一応限られた人しか入れない所だから! 部屋の内部が映ると困るんだよね!」


 座りながらシェアトの顔面を裏拳で殴りつけている甲斐にブレインが困ったように笑いかける。

 最初の事件をたった二人で完遂し、被害も最小限に留めた事で民間警察内での知名度、そして信頼を一気に獲得した。

 そのおかげで保留にされていた突入案件も人員と能力の見合わせ、入念な計画を作る手間が省け、ブレインは動きやすくなったと、優雅な拍手と共に褒められたのが数日前である。


 そして今日も朝から次の事件に向けてブレインがその場所の部署へ連絡を入れ、二人が仕事をしやすいように根回しをしている最中だった。

 


「待ちくたびれたよーもう出ていい? この前みたいに窃盗団壊滅とかは分かりやすくて良かったなあ。ああいうドンパチやるの無いの?」



 甲斐とシェアトの武力を活かせる任務をブレインは回し、そして見事に収束させる。

 本当にあっという間に終わらせて来るのでブレインはこの二人を気に入ったようだ。


「まだ場所だって聞いてねぇのにどこに行って誰とドンパチする気だよ……。それにあん時お前鬼神みてぇだったの知らねぇだろ……。自分の炎だから火が点かないのをいい事に火の中で髪の毛揺らしながら笑ってるお前のシルエットを未だに夢で見るんだぜ……」

「あの時も圧倒的だったもんね。やっぱり部隊の人達は火力が違うね。シェアト君との息の合い方も凄いし、フェダインの卒業生なだけあるよ! さて……今回は数日間に渡るから準備して行って下さいね」


 素早くソファから下りた甲斐は自室へ駈け込んでいく。

 そしてあっという間に紙袋に服や下着を詰め込み、シェアトの用意もしてやろうと部屋へ突入しようとしたが鍵を掛けられてドアが開かない。

 激しくノブを右へ左へ回しながら、ドアを殴りつけていると怯えた表情のシェアトがようやく出て来た。



 荷物は随分と少ないようだが、甲斐も負けてはいない。




「そんじゃっ! 行ってきまーす! ……相手の首を必ずや取ってきますけんのう……」

「やめろ! 確保だけだって言ってんだろ!」




 大きく手を振る甲斐と、それに対して怒鳴るシェアト。

 魔方陣の上で消えて行った二人を見送るとようやくブレインは束の間の休息を取る事が出来た。

 眼鏡を机に置いて甲斐とシェアトの顔写真の入った書類を手に取る。




「……カイ・トウドウ……。異世界から来た、初めての消滅しなかった事例か……」




 異世界から来た望まれぬ来訪者は今までに数名いたが、全て防衛機関がいち早く察知し、この世界にいる来訪者と瓜二つであり、遺伝子レベルで同じ人物と引き合わせていた。

 異世界から来た人物と、同じ人間がこの世界にも存在する。

 そうすると異世界人の方が消滅し、再び世界の平穏が保たれていたのだ。


 一つの世界に何もかもが同じ生物は存在できない。

 それは世界のエラーとなり、放っておくとこの世界に大きな変化をもたらす引き金となってしまう。

 その為、無理やりにでもその二人を接触させる必要があるのだ。


 しかし、甲斐の場合はそうはいかなかった。

 何故なら彼女と同じ人間は確かに日本に存在したのだが、異世界から甲斐が来たと同時にこの世界から消えていたのだ。

 魔法の無い世界から来たと言い張る甲斐は結局フェダインで魔法を学び、特殊部隊へ同級生のシェアトと卒業後入隊している。

 この世界の甲斐が何処へ行ってしまったのか、観測機関と呼ばれる世界中全ての人間を監視している機関に問い合わせても分からずじまいだったらしい。




「私は好きなんだけどな。カイちゃん……よく働く、良い子じゃないか。故郷は違えど、こうして頑張ってくれるしね」















「あれ、世界滅亡したかな?」


 吹きすさぶ風に乗って、昔に見た西部劇で転がる丸い藁が通り過ぎて行った。

 壁には落書き、壁には銃弾のような不吉な穴、人の気配はまるで無し。

 そんな荒み切った道に二人は立たされていた。


「……とりあえず俺達はどこに行けばいいんだよ、っと」

『ホテルまでご案内します』


 音声案内をシェアトが起動する。

 それを見習い、甲斐も思い出したように起動をかけた。


「どうする? もうホテルまで行っちゃう? でもなんで数日かかるんだろ? いつもみたいに奇襲かける形じゃダメなのかな」



 慣れたもので、二人はナビゲーションに従って歩きながら標的の情報を読んでいく。

 だが、いくらスクロールしても事件の概要以外は何も表示されない。



「……あれ? 今回ターゲット捕捉出来てないの?マジで!?」

「ホテル行っちゃう? ってもっと高い声で可愛く言ってくれ! あと一回だけでいいから!」


 犬の吠える声を無視してナビの矢印に従って歩き進める。

 幾つか事件に向かったが、こうして現場へ飛ばされる前に先に案件を確認しておくのが望ましいのだろう。



「……あいやー。今回連続殺人犯だって。確認取れてるのだともう五人殺されてるみたい。しかも三日で」



 文字を読むのが苦手なシェアトは、本当に読んでいるのか怪しいので甲斐が音読して理解するように手伝っている。

 

「……行動パターンは夜か。でも決定的証拠残してないってさ。魔法を使用しているんだろうけど、姿は見えず……か」

「観測機関に依頼すりゃあ一発なんだろうけどな。ここらでしか起きてない事件じゃ民警の仕事だろうし、観測機関も動いちゃくれねぇか。かといって捜査に時間掛けてちゃまた誰か死ぬだろうし……面倒なモン回してきたなあの眼鏡」


 そう言った矢先、シェアトの頭に後ろから何かが投げつけられた。

 衝撃と痛みに後頭部を抑えながら涙目で振り返ると、中学生程に見える少女が手に何本も瓶を持っている。




「ここらの挨拶は変わってんなあ! 父ちゃん母ちゃんに民警見たら瓶ぶつけろって教わったか!?」


 口を斜めに上げ、こめかみに青筋を立てながら吠えるシェアトに少女は怯みもしていない。




「あんた達がっ……あんた達が何もしないからっ……! うちの父さんが死んだのよ!」




 その声に誰もいないと思っていた家の窓が次々に小さく開き始めた。

 感じる空気は酷く居心地が悪く、不信感と嫌悪感がびりびりと肌を掻くように伝わって来る。

 周囲の様子に警戒していると、少女は駆け出して曲がり角に入って行ってしまった。


「……行こうぜ、不愉快だ。……こんな『ゴージャスな街』なら最高級のホテルが用意されてそうで安心したぜ」

「……嫌われてんね。友好関係を築く為にご近所さん達になんか配ろうか?」

「それいいな、手りゅう弾でもピン抜いて投げ込むか。ビックリするんじゃね?」


 シェアトの背中を強く叩く甲斐の表情は硬い。

 さっきよりも二人の歩幅が大きく、速度が速いのは気のせいでは無かった。

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