第百七十話 母校よ!覚えているか!
フェダイン魔法訓練専門機関学校を訪れた甲斐は、たった数か月前まで通っていた学び舎を眺めていた……のは最初の数秒だけですぐに移動中の生徒達に怪しい笑顔を浮かべて近付いた。
基本的に礼儀正しい生徒ばかりなので、珍しい来賓にも愛想よく笑いかけて挨拶を返す。
それに気を良くした甲斐は両手を腰にあてて胸を張って名乗りをあげた。
「ハッハッハー! あたしが卒業生だぞー! 太陽組だったんだぞー! へっへーん! ひれ伏せひれ伏せー!」
胸より下まで伸びた黒髪がよく映える、白いVネックの長袖ニットワンピースは膝上でウエストには黒い革ベルトをしていた。
九月といえどまだ暑いので腕まくりをしており、余計なアクセサリーは一切付けていない。
大人びたマットな黒のショートブーツもそんな彼女が履くとまるで簡素な運動靴のように見えてしまう。
「あ、あのっ! いつ卒業されたんですか!?」
可愛らしい太陽組の女子生徒から期待の眼差しを向けられ、甲斐はとても上機嫌になった。
「えー? 今年今年! へっへっへ! おお、太陽じゃん! どう?頑張ってる?」
「はい! 分からない所も先生方に聞いたり、休日も時間を取って頂けているのでなんとか! ね!」
隣にいたジャケットの胸元に同じ太陽組の刺繍を輝かせているショートヘアの女子生徒に同意を求める新入生の前で、甲斐は目が点へと変わった。
「……ん? ん? ん? 分からない所を……先生に聞く……? 生きてる限り分からない事なんてあって当たり前じゃん……!? だってだってそんなこと言ったらこの世の全ての謎だって何もかも恩師に聞けば解決しちゃうってコト!? 『センセー! 死んだらどこに行くんスかね!?』『どれ、いっちょ見て来るかな! 分かったら連絡するわ!』『ちゃーす! なる早でおねしゃーす!』てコト!?」
「せ、センパイ!? どうしたんですか!? ちょ、ちょっと仰っている意味がよく……!」
彼女達の上級生だろう生徒達が通り過ぎて行く。
星組と月組の合同授業のようで、二組の生徒達は私服姿の甲斐をちらりと見た。
その時の表情は二極化していた。
月組の生徒達は若干甲斐から距離を取るように歩き、関わりたくないといった様子で足を早め、険しい顔をして友人達と明らかに好意的では無い話をし始めたようだ。
一方で星組の生徒達は甲斐を見た途端立ち止まり、話しかけていいものかと悩んでいるようだった。
中でも女子生徒達がわらわらと遠巻きに甲斐と新入生を見つめ、男子生徒達も数名が集まっていた。
どの星組の生徒達も弾んだ声で何かを話している。
「……お? なんか混んで来たね。もしかしてだけど、あたし不審者とでも思われてる? 大丈夫? ねえ、ちょっともっと楽しそうな顔して! そんな不安そうな顔してたら完全に絡まれてるみたいじゃん! ほら笑って! 笑えええええええ!」
「えっええええええ!?」
「……トウドウ先輩?」
苗字を呼ばれ、振り返ると見かけた覚えも無ければ話した覚えすら無い星組の生徒がいた。
彼女だけではなく、集まっているのは移動中の星組の生徒達だった。
「……えっと……? そう、あたしが東藤だけど……?」
「きゃああ! 良かった! 違ってたらどうしようかと思ったぁ……! あ、私、今年三年生に進級したんです! 先輩の事……っていうか、ベイン先輩の事とかずっと知ってて……! すっごく目立ってて……!」
話しかけても大丈夫だと思ったのか、一人が話しかけると続々と甲斐の傍に生徒達が寄って来て口を開く。
「先輩! 僕も毎日先輩達の事見てましたよ! ベイン先輩はお元気ですか!? 光無き神の子に入ったと聞いて、僕も自分に出来る事を真剣に探そうって思えたんです!」
「この学校に穴空けたり、校庭の雪かきさせられてたり……ホント面白くて! シェアト先輩は元気ですかぁ? あっ、ナヴァロ先輩とはまだ続いてます!?」
「なんか綺麗になりましたね! クリス先輩のおかげですか!? クリス先輩、あんなに美人だったから芸能界にでもデビューとかするのかと思ったら動物病院なんですね! 気になって卒業後の進路の欄、探しちゃいましたよ~!」
「えっと……みんな元気だよ! ルーカスもクリスも。ナバロとも仲良くやってるし……ああ、シェアトは相変わらずだわ」
シェアトの下りで笑いが起きた。
下級生と関わる機会などほとんど無かったが、こうして自分の存在を認知されているのは嬉しいものだ。
そこへ背後から忍び寄る影に誰も気が付いていない。
「……皆さん、もうそろそろ移動を追えている時間だと思いますが……ああ、これが 集団ストライキですか?まさか学内でこのような事態が起こるとは。何が不満だったのか一応お聞きしても?」
「ひっ!?」
相変わらず長い銀髪に白黒ボーダーの囚人服の様な出で立ちで現れたギアはぶつぶつと独り言のような問いかけを口にした。
「……あっ、それじゃあ……また! また来て下さいね! さよなら!」
「はいよはいよー。……驚くほど変わらないなギア先生! ひっさしぶりー!」
目の下のクマは甲斐が卒業した頃よりも若干ではあるが色が薄くなっているように思えた。
生徒達は甲斐に握手を求めたり、一礼をしてからそそくさと早足でその場を後にして行く。
「……ああ、貴女が中心にいたんですか。こんなに小さかったんでしたっけ? それに約束の時間にはまだ十五分も早いはずですが……下級生を集めて演説でもしていたんですか? 何故……? ああ、もしかして軍隊を作ろうとでも……?」
「物騒な事言わないでよ、いやあせっかくだから早目に行って母校を見学でもしようかなって思って。それにしてもここに来る手続き面倒でびっくりした、たらい回しにされまくったもん」
ギアと並んで歩く甲斐は確かに小さく、まるで大人と子供のようなシルエットを伸ばしていた。
何もかもが変わらないように見える。
この景色の中で、変わっていくのはきっと人の方なのだろう。




