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第百六十九話 この瞬間に立ち会って

 緊張などしていないようで、エルガはまるで芸能人のように見えた。

 スーパースターと紹介テロップが流れても違和感が無い。


『SODOMは長い歴史を今この時も刻み続けています。まだ若輩者の私ですが、最高責任者としての誇りとそれに見合った器量を付けようと日々努力しております。商品の高い品質を維持し、世界の問題に目を向け、我々の暮らすこの星をより良いものにしていこうという代々続く信念を引き継ぎました』


 こちらを真っ直ぐに見て、威厳ある声で綺麗な言葉を紡ぐエルガをいくら見つめてもつい数ヶ月前まで軽口を叩き合い、全員で卒業する為に友人の勉強を見てくれた優しい彼の面影は無かった。

 そこにいるのは大企業の看板を背景に、一大プロジェクトを発表しようとする威厳と自信に溢れた一人の若い代表者だった。



「代表となる以前から今後のSODOMの展開を考えていました。そしてとうとう考えは力を帯び、羽ばたく羽根を生やした……。理想を口にするだけでは頭の中の空想と何も変わりありません。この命ある限り、多くの物を残していきたい。SODOMが全ての始まりであれば、今回の分社化はその集大成であり、私の残せる最高傑作となるでしょう。……ご紹介します、これからSODOMと同様に世界中の皆さまに認知されるであろうその名は……『ゼータ』」


 照明が全て落とされ、一瞬画面は黒一色に染まった。

 そして会見の行われている会場全体が青に包まれた。

 空と海の境界線すら見えぬこの景色はやがて焼けるような橙へと変わり、空を反射させている水面は静かに流れている。


 やがて夜が訪れ、星の瞬きが画面いっぱいに映し出された。

 いつの間にかゆっくりと視点が動き出し、青ばかりの惑星を中央で捉えた。

 一つとてつもない速さの光が我々の住む水ばかりの星へと向かい、消えた。

 それはΖの形をかたどるように走り、自らの軌跡を惑星の表面に残した。


 暖かさのある照明がゆっくりと光度を上げ、茫然としている報道陣のざわめきを映し出す。

 エルガの姿はもうどこにもなく、代わりに端の方からリチャードが現れた。




『『Ζ』の総指揮を執っております、代表側近のリチャード・アッパーです。……詳細については広報から発表させて頂きます。簡易的な質疑応答をこれより行います』




 シルキーは一等最初に立ち上がり、椅子を戻すと冷めた食事に手を付け始めた。

 我先にと手を上げる報道陣をリチャードが局名で指し、質問に答え始めたが興味を失ったようだ。



「SODOMが分社化だと……? この眼鏡もなかなかやるな、 エリート街道をノーブレーキで走ってる」



 空いている手を使って指を狐の形に作り、ぱくぱくとノアに向けた。

 ノアも悪乗りして右手を指先まで真っ直ぐに伸ばし、エンジン音を口で表現しながらシルキーの頭に向けて飛行機のように飛ばしてみたが手で払われてしまった。


「いてぇな! あのメガネ男子は知り合いかぁ? あんな 脳ミソが本体みてぇな男よか、色々楽しませてやれる俺の様なヤツのがいいと思わねえか? なあ、カイ!」


 まだシェアトと並んでテレビを見ている甲斐に話しかけたが、微動だにしない。

 それは仕方のない事だった。

 とうとう訪れた『Z』の誕生の瞬間をこの目で見てしまったのだから。




 フェダインの自室で見た、大人になったシェアトが特殊部隊を引き連れて『Z』へと乗り込んでいくあの映像。

 あの幕開けがこの日だったのだ。

 見間違いでも、聞き間違いでもなかった。




 あの成長したシェアトも、ルーカスも本人に間違いないのだ。

 深く考えずに最初の映像で見た事全てをこの世の全てを知っていそうなランフランク校長に聞いても『Z』という機関は存在しないと言っていた。



 それもそのはず、未来の映像だったのだから流石の仙人染みた校長も知るはずがない。



 魔法の使えるこの世界でも未来予知の技術もあり得ないらしい。

 未来に続く今この時も常に幾つもの分岐点が生まれているとランフランクは言った。

 大人になったシェアトが映像通り上に立つ者となり、『Z』へ乗り込むようになる事すら未来の一つでしかないという事なのだろう。


「……どんなに見たってあのヤローはもう出て来ねえと思うぜ」

「あのやろー? ああ、エルガ……の隣にいたぼろ布一枚纏ったガリガリの骨と皮みたいなお爺さん? 目ん玉ひん剥いてて怖かったもんね」

「あー、はいはい。そういう感じな! あれだ、お前の中でそれは映り込んでても驚く話じゃねえんだな! 次からそういう事言う時は、俺は後回しにして他の奴に先に言ってみてくれねえ?」

「ほら、あたし達もご飯食べよ」


 へらりと笑う甲斐にシェアトはたちまち嵐が吹き荒れていた心に陽が差し込んだように明るくなった。

 卒業の日まで確かに親しい友人だと思っていた人間が立派に大企業の代表を務め、自分達の事などこれっぽっちも覚えていないと見せつけられたような気がしたが、そんな胃の中がむかつく気持ちを頭の隅に追いやる。


 あいつはあいつ、俺は俺。

 そんな風に思わないととてもやっていられない。

 あり得ないと分かっているが、SODOMの経営が傾いて倒産でもしたらいいとさえ願ってしまうのだから。



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