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第十六話 先輩・後輩の在り方

 ビスタニアの一日で行う仕事は一分ごとに増えていく事件や、その途中経過、そして判決の書類をひたすらに目を通し、担当者に割り当てていくという大きく分けるとたったこれだけなのだが、まるで時間が足りない。

 まだ一つの事件を最初から最後まで通して受け持ついわゆる『担当』することは許されていない。

 なので、他の職員が行っている事件の中継ぎとしての役目や手が回らない部分のフォローを主に日々こなしている。

 与えられた作業を真剣に行い、判決が出た事件は自分で報告書を作ってまとめ、一日の終わりに夜のシフトに入っている者へと引き継ぐ。


 防衛機関と世界各国の特殊部隊は密接に関係しており、上下関係が形成されている。

 脳が防衛機関、手足が部隊といった形で要請を出して解決に導いてもらう事も少なくなかった。

 それは甲斐の所属しているW.S.M.Cも同じで、公にはできない仕事を頼むこともあるようだ。


 フェダインの頃に甲斐を巡り、最終的には恋のライバルであったが、彼女が異世界から現れるよりも先に犬猿の仲だった。

 防衛長の父を持ち、代々続いている名家の生まれであるビスタニアはシェアトを含め、ふざけた奴が大嫌いだったし、出会った当初は甲斐の事を頭のおかしな女だと思った。



 いや、その印象は今も変わってはいないのだが。



 彼女のおかげで随分丸くなったものだと自分でも思う。

 そして今の自分を、気に入っている。

 

 毎日が忙しく、最初の頃はほとんど家にも帰れなかった。

 ようやく最近、残業はあるものの一人暮らしをし始めた自宅の真新しいベッドで眠る事が出来るようになった。


 甲斐から唐突に連絡が入る事はあったが、どうしても席を外せない時だったりとタイミングが合わない。

 そうこうしている間に時は流れ、卒業から三か月が経った今に至るまで一度も顔を見ていない。

 ふとした時に浮かぶ彼女の顔は不敵な笑みを浮かべていたり、とにかく音量の大きな彼女の笑い声を思い出すと無性に会いたくなるのだが踏ん張り時だと言い聞かせていた。


 今朝の音声通信には驚いたが、声を聴けた時間は短いのにこんなにもやる気が満ち溢れて来るのだから不思議なものだ。











 いつもより早いペースで仕事をこなしていると、休憩の時間だ。

 必ず休憩は取らないといけない。

  

 入社初日は休憩などしている暇はないと、作業を続けていた。

 すると強制的に映し出されていた画面は消え、書類も手元からどこかへと転送されてしまう。

 誰もが一度は通る道らしく、周囲の先輩たちは大笑いしていたのを思い出す。



 食堂へ向かうと相変わらず見知らぬ顔ばかりでどこへ座ろうかと迷ってしまう。

 軽く背中を叩かれ、振り返ればロジャーがウィンクをしている。


「一緒に座ろうぜ、何食う?」


 ふっと笑いそうになるのを堪え、顔を背けるがロジャーは気にしていないようだ。


「ああ、おぼっちゃんだからフードコートは慣れないか? だったら先輩として教えてやるついでに奢ってやるよ。何が良い?」

「冷たくするんじゃなかったんですか? ……それに、別に俺はおぼっちゃんでもなんでもないですが……でも、ご馳走様です」

「冗談だよ冗談! 滅多に休憩の時間合わないからな。あ、別に俺に対しては敬語じゃなくていいよ。距離感詰めようぜ。好きなもん頼みな」

「じゃあ、一番高いので。……冗談だ、そんな悲しそうな顔されたら頼みにくいだろ……。チリミックスとパプリカパンプキンのジュースで」



 お手伝い天使へ注文を済ませると、ロジャーは大袈裟に胸を撫で下ろした。

 仕事としては周りの者と話す機会が少ないので、何故こんなにロジャーが構って来るのか分からない。

 親が長官だからかと思ったが、その割には態度がふざけきっている。


 コネクションを作りたいだとか、取り入りたいのだとしたらもっと媚びへつらうのではないか。



「なんだ? そんなに見つめるって……おいおい! 確かに恋人を羨ましがったが、俺は女が好きだからな! やめてくれ! ……あれ、お前もしかして女だったか? ……よく見たら可愛い……かもしれない……」

「どこにでもふざけた奴は一定数いる仕組みなのかもしれないな……」



 人が人と仲良くする理由は一体何だろう。

 挨拶だけを交わす仲で終われないのはどうしてだろう。


 いや、やめよう。

 もっとシンプルに考えるんだ。


 ロジャーがこうして話しかけてくる理由はなんだ。


 

 心のどこかで、もう追い払ったはずの卑屈な自分が囁く。

 『分かっているくせに』



「……ロジャー、言っておくが俺は……」


 突然の切り出しに、ロジャーはきょとんとしている。

 そんな彼の表情を見ないようにした。

 あの表情が、落胆へ変わるのを見たくない。


「……なんというか、父とはフランクな仲じゃない。それに、俺はそもそも何も期待されていないんだ。不出来だからな。……その、だから俺は、何も出来ないんだが……」

「だろうね! あんな殺戮兵器みたいなサクリダイス長官が家では優しく子煩悩な良いパパだなんて誰も思ってない! あと、お前もそうだ。こーんな不器用そうなヤツが損得勘定で人と付き合ってきたとも思ってねえよ」


 料理が揃い、口に運びながらロジャーはきっと何を言いたいのか分かっているのだろうと思った。

 失礼な事を口にしたかもしれない。

 チリミックスは想像していた以上に辛く、頼んだ飲み物はスムージーのようでなかなかストローから口まで入って来ない。




「何やってんだよ、ほら」




 ロジャーが飲んでいた飲み物を差し出されたので、ありがたく受け取る。

 飲むとたった一口だけなのに、得体の知れない味が広がった。

 飲み込むのに苦戦していると声を上げてロジャーが笑う。


「コーヒー・サイダーだよ! ダメか? 失礼な奴だな。……まあ、確かにちょっと他のジュースとブレンドしてもらってるからたまに失敗作が出来るんだ。ま、午後も頑張れよ」

「……ああ、ありがとう」

「近い内に『愛しの怪物ちゃん』の事も聞かせてな。そうだ、お前最近まで高校生だったんだろ?カワイコちゃんのお友達で、五つ上もオッケーな子いないか?」


 何故か髪を両手で整えながら、キリッとした表情でビスタニアを見据える。


「生憎、仲の良かった二人の女性も相手がいるんだ。悪いな」

「なんっだよ! お前に出世のコネなんて全く考えてないけど、せめて女子高生の友達のコネ位望んだっていいだろ……」


 立ち上がり、肩を思い切り落としながら残っていたサンドイッチを掴み、それを齧りながらロジャーは出て行ってしまった。

 もう仕事を始めないと定時で上がれないらしい。

 ビスタニアも行儀は悪いが口に物を詰め込んで彼の後を追いかける。



 退社後に話す方がいい。

 時間も気にせず、ゆっくりと。



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