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第百六十二話 君の声が聞こえたんだ

 次々にマイクなどの機器から黒煙が上がり、その熱に耐えきれなくなったリポーターやカメラマンがその場に投げ捨てて行く。

 攻撃的な姿勢を崩さぬまま、門を開けようとしていた無礼者の襟から手を離すと取り囲んでいる報道陣に詰め寄った。




「さっさと散りなさい! 口から煙を吐きたいの!?」




 怒鳴り慣れているクリスの声は腹の底によく響く。




 白衣を羽織り、マスクを顎の下に下げた状態の彼女は医療関係か研究職だという事が分かるのだが、そのぎらついた眼光と威勢は並ではない。

 細身のダメージジーンズに丈の長いストライプのティーシャツを着て、スニーカーを履いているクリスはフルラよりも身長が高く、薄いメイクでもよく映える顔立ちなので同級生とは思わないだろう。


 今にも唸り出しそうなクリスに応戦できる者はこの場にはいないようだ。

 機器が破壊された事によって違った意味での悲鳴があちこちから上がっていた。

 退散していく者の多い中で体格に自信があるらしい男二人がクリスに顔を近付け、怒りに満ちた表情で迫った。


「なんて事をしてくれた! 適合者だからって俺達に何かしてみろ! お前も刑務所行きだぞ!」


 少しはたじろぐかと思ったらしいが、甘い。

 常に自分よりも体格のいいシェアトといがみ合ってきたクリスからすればなんてことない事態である。


「ハンッ! アンタ達は自分の大事な人が野犬に襲われてたら優しくやめてねって説き伏せるワケ!? 絶対に銃を構えないとでも!? それはご立派な事ね! それで守れるのかしら!」

「俺達からすればこのお嬢さんが可愛らしいお犬様なのか、それとも野犬なのかが気になってるだけだ。噛み付きでもしてくれたらすぐに分かったんだがねぇ。邪魔が入ったよ」

「どんなに大人しい犬でも棒でつつき続ければ噛むわよ! 身を護る為だもの! あなた達には尖った犬歯も強靭な顎も無い代わりに、人を殺せる言葉があるわ!動物には無い『悪意』もね! それであなた達はどうするの!? 内側からローストされてメインディッシュにでもなりたい!?」



 一歩も譲らぬクリスは今度は逆に詰め寄った。

 指を何度も男の胸に突き立てながらまくし立てると、相手は目をひん剥いて歯ぎしりをした後、フルラが心配そうに見守っている門を思い切り蹴って帰って行った。



「あいつ……! どこのテレビ局なの!? 社員証も出さずに最低ね! ……フルラ、大丈夫!? 良かったわ、間に合って……。私が病院の医者ならあいつがいつか患者として来た時を心待ちにするのに……」

「クリス……ちゃん? ほんとにクリスちゃん? なんで……? あっ、今開けるね!」



 これは都合の良い夢ではないかと思った。

 住んでいる場所も違うし、第一忙しいはずの彼女がたまたまここに居合わせるなど考えられない。

 彼女に化けた誰かかもしれないとも思ったが、啖呵の切り方や仕草は疑いようが無かった。


 家に友人が来るのは初めてだった。

 投げ捨てられたクッションを拾い上げると忘れていた傷が痛みだす。

 気が抜けたのだろうか。

 クリスに座るように言われ、先に腰を落ち着けるとお手伝い天使が二人分のハーブティーを持って現れた。



「びっくりしたわよ! お昼休憩でサンドイッチ齧りながらテレビ点けたら……見覚えのある顔が出てるんですもの! でもあれは酷いわよね、モザイクも無しに……。すっぴんが世界に配信されたなんて、訴訟よ訴訟! 裁判起こすなら手伝うわ!」



 もちろんノーメイクでも可愛かった、と最後にフォローを入れるクリスはどこまでが本気なのか分からない。



「それにしても、驚いちゃった! こんな豪邸だったのね。奥様、って感じ。結婚式以来ね。あー……元気、じゃなさそうね」

「そうだね……クリスちゃん、白衣姿素敵だね。似合ってるよぅ」



 フルラに言われるとアダルト方面に聞こえるのよね…。

 二人の会話は自然と止まった。

 そして悲し気に笑うクリスを見ていたフルラはようやく気になっていた疑問を口にする。



「クリスちゃん! お仕事中だよね!? ごめん……! う、うちに転送装置があるよ! 良かったら使って!」

「こんな時まで人の心配しなくてもいいの! ……どうしてこうも優しい人ばかりなのかしら。それに友達を助けに行くって言って来たし、こんな事が無きゃ貯まりに貯まった休みを使えないのよ。うちの院長、食う寝るトイレ以外は働かせてくるのよ! 信じられる!?」

「そ……、そうなんだ……。あの……助けてくれて、ありがとう……。やっぱり、一人じゃ何も出来ないんだよね……」



 下手くそな笑顔を浮かべるフルラにクリスは眉をひそめた。

 もし、クリスが来てくれなかったらどうなっていたのだろう。

 報道陣は敷地に入り込み、きっと追い払えなかった。

 攻撃をしてしまえばウィンダムに更に心配をかけてしまっていたはずだ。


「フルラ、一人で何も出来ないのはみんな同じよ?私だって一人で生きていけないわ。院長がいるから仕事が出来ているし、院長も一人じゃ病院なんて運営できないわ。……フェダインの時だって、みんな一人じゃなかったじゃない。沢山、助けられたわ。もちろん、貴女にもよ。知らなかったの?」




 くしゃりとフルラの顔が歪んだ。

 馬鹿ね、と呟いて向かいから手を握ってくれるクリスは綺麗だった。




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