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第百六十一話 立ち向かう勇気は

 立ち上がったフルラは下ろしたままの髪を輪ゴムで縛った。

 いつも通りのおさげは髪をとかずに結んだせいでごわついて、上手く纏まらなかったが構ってられない。



 下着も付けておらず、入院着のままだった事を思い出した。



 私服は持って来てみたが、手術の際に破いてしまったと大きなリボンを付けた医師に謝られ、現金を渡されたが受け取れなかった。

 手術費を請求されても、弁償されるような覚えは無い。

 傷跡も一か月もすれば分からなくなるらしい。

 必ず支払うとウィンダムが言ったがメスを持ち出し、脅すように何度も同じ問答をさせるなと一喝した彼女を忘れる事は無いだろう。



 クローゼットを勢い良く開き、下着とキャミソールを着ると次から次に服を取り出しては床に投げていく。



 服の山を積み上げながら、柔らかな女の子らしい服しか買わなかった己を恥じた。

 パンツスタイルにしたいが、そのパンツすら一着も持っていない。

 一番シンプルな白いシャツのボタンを全て留め、黒のロングスカートを履く。

 背伸びをして買った大人っぽいデザインの白いパンプスを取り出して履き替える。

 靴擦れが酷く、二度と履かないと思っていたが役立つものだ。


 階段を駆け下りて、鏡に姿を映すと酷い顔をしていた。

 水色の瞳とパステルピンクの頭が浮いて見える。

 ふざけていると、思われないだろうか。


 甲斐のようにはっきりと自分の意見を言えたらいいのに。

 クリスのように凛としていられたらいいのに。


 せめて、二人の力にあやかれたらと輪ゴムに指を引っかけて一気に解いた。

 髪の毛が絡まり、かなり抜けてしまったが痛みも今は奮い立たせる力になった。

 両方の指を櫛代わりにするが汚れのせいで引っ掛かる。



 深呼吸を三回して、玄関のドアを開けた。



「アビヌスが出て来たぞ! マイク回せ!」

「フルラさん! 今回の事件について一言! 一言お願いします!」



 一斉に詰めかける報道陣を睨みつけようとしたが、フラッシュのせいで目を細めただけになってしまった。

 発声練習をしてから来ればよかった。

 門を開けようかと思ったが、雪崩れ込んで来られても困るので鉄柵の前で立ち止まった。



「こっ……今回の……あのっ……」



「生放送回せ! 回線繋げ!」

「マイク寄越せマイク! 早く!」



 生放送へとカメラが切り替わっていく。

 期待に満ちた瞳でフルラの言葉を待つアナウンサー達の視線が怖い。

 大勢の前で、顔が赤くなっていくのが分かった。

 ぐらぐらと定まらない目線に酔い始めている。


 でも、何か言わないと。

 どうか、届いて。



「わっ……わたし、私は……フルラ・アビヌスです……。マラタイト研究所に……所属しています……」



 何を呑気に自己紹介をしているのだ。 

 こんな事を言いに来たんじゃないのに。

 

「……こ、今回の……事件については……何もお話しする事は出来ません。何が、あってもです……」

「貴女の仲間が重犯罪者となりましたが、それについてどう思いますかー?」

「……っ! 私は、現場にいました……。だからこそ、知っている事も……あります……! あなた達が……もし、仕事に誇りを持っているなら……これ以上、変な報道はやめて下さい」


 再びフラッシュの嵐となった。

 明日の朝刊は自分の顔がトップページを飾る予感がした。

 フェダインの頃に甲斐とシェアトが冗談で言っていたニュースに出てやる、というのをまさか自分が叶えてしまうとは。



「では、フルラさん! 貴方は犯罪者の肩を持つという事ですね!?」

「あの二人のせいで周囲の街が消し飛ぶかもしれなかったんですよ!?」



 ヴィヴィもカリアも、何語るなと言っていた。

 それは互いの為でもあったのだろう。


 ウィンダムも、来訪者の対応はするなと言っていた。

 いつだって一番に考えてくれている。


 甲斐は今後の事を考えてくれた。

 過去を悔やむよりも未来を変えていく、そんな人だから。


 皆の心配と温かさも、その全てにありがとう。

 少しだけ、本当に少しだけだけど何か返せるかな。




「私は、二人が大好きです。二人を、信じてます。ずっと、待ってます。……仲間ですから」




 ざわつく声とフラッシュを次々に浴びせられ、目の奥が痛んだ。

 リポーターが門を揺らしながら、柵の間からマイクを差し込んで来る。

 大声で何を叫んでいるのか聞き取れないが、今の発言の真意を聞きたいのだろうと思う。

 このまま家に入るしかないのだろうか。


 誰に何を言われたって良い。

 ただ、信じているから。


 生放送なのだからヴィヴィとカリアは見てはいないだろう。

 しかし、それに乗じて自分一人が安全な場所にいるなんて耐えられなかった。


 門に手を入れて簡易的な鍵を開錠しているリポーターに気が付くのが遅れた。

 フルラがここにいる限り、セキュリティシステムは作動しない。

 この人数に押し入られては到底どうにもできないだろう。

 開けられぬようにその手を押さえ、頭の上から降り注ぐ怒号に耐えている時だった。



 その手が急に後ろへ引いた。



 正確には物凄い力で手を入れて来ていたリポーターの体が後ろへ引っ張られたのだ。

 間髪入れずにこの人数を黙らせる、地を揺らす怒鳴り声が聞こえた。



「良い大人がマナーも守れないってワケ!? あなた達の星じゃあ、これが友好的な挨拶なのかしら!? いい!? よく聞きなさい! 私の友達に何かしたらタダじゃおかないから!」

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