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第百五十九話 現実との闘い

ひたすら頭を下げ続ける甲斐に、フルラも必死に謝罪をした。


「カイちゃん……ごめんね……ごめん、ね……!」

「なんでフルラが謝んの……! あたし達がもっと早く行ってたら、こんな事にはならなかったし……それにあの二人も……。ほんとごめん。終わった事をぐだぐだ言い合うの好きじゃないんだけど……今回は謝るしか出来なくてさ」

「ううん……ううん……。助けに来てくれて、ありがとぉっ……! うれし、かったよお……!」


 もう、流れる涙は枯れたと思っていたが大粒の涙が零れて行く。

 このまま体から水分が抜け出て、からからに乾いてしまえばいい。


「あたし、あの二人の為に出来る事あれば手伝うから。脱獄でもなんでも」



 甲斐の目は、真剣だった。

 無茶苦茶な事を言うが、いつだってそれを実現させてしまうのが彼女だ。

 二人が守った甲斐をこれ以上、危険な立場には出来ない。



「……カイちゃん、ありがとぉ……。でも、いいの……。二人は悪くないもん……。すぐ、自由になれるよね……?」

「二人が悪くないのはあたしも分かってるよ! だから、きっとすぐ自由になる……と思う。……そんで、フルラはこれからどうすんの?まだ考えられないか」


 問題は山積みだ。

 これからの事、なんてこんな弱った体と知らないベッドの上では良いアイディアも浮かんでこない。

 ただ、ヴィヴィとカリアの祈る様な瞳は忘れた訳では無かった。



 一刻も早く、研究所に戻らなければ。 



 だが、これに甲斐を巻き込みたくなかった。

 いつだって助けてくれた彼女をこれ以上、振り回してはいけない。



 結局、研究所だって守れなかったじゃないか。

 何か一つでも自分一人でやり遂げるんだ。



「うん……そうだね。とりあえず、家に帰って……ウィンダム君も仕事があるのにここに来てくれてるし……ゆっくり、するよ」

「あー、カッパね。寝ないでここにいたんだって。シェアトも心配してたよ。フルラが死んでも、ちっちゃいから食べるとこもねえやって言ってた」

「なにそれぇ……えへへ……。カイちゃん……なんか、更に強くなったねぇ……」



 眩しそうに目を細めたフルラは羨ましそうな声で言った。



 フェダインの頃よりも芯が強くなったような、そんな気がした。

 毎日戦場を駆け回っている彼女が、卒業からの数か月で何を見て、何を聞いて来たのだろう。

 この先、いつか彼女の強さに肩を並べる事が出来るだろうか。


「そう? あ、でも……腕相撲でこの前五人抜きしたよ。テーブル割れて打ち止めになったけど。そのテーブル代、給料から天引きとか言われてさあ。アッタマ来るわ」

「おい、邪魔すんぞ。お前なーにサボってんだよ。ウィンダム、椅子に座ったまま寝てたぞ。……よお、元気そうだな」


 帰還したばかりのシェアトが甲斐を探しに来たようだ。

 口を斜めにして笑う癖も、変わっていない。

 身だしなみも整えていなかった事に今更気付き、フルラの頬が赤くなった。



「げっ、フルラ……犬よりカッパの方が良いと思うよ? ほら、妖怪の方が強いだろうしさあ……」

「使役する話なんていつした!? それに犬をなめんじゃねえ! カッパなんて喉笛噛み千切って終わりだ!」


 二人の会話も、ちょっとした癖も変わらない。

 笑っていると体の痛みも紛れるようで、あんなに不愉快な調子だった胃も今は正常に戻ってしまった。


 いつまでもこうして仕事中の二人を引き留めておけない。

 そう思っていた矢先、丁度いいタイミングで召集された甲斐にシェアトが付いて治癒室を出て行った。



×  ×  ×  ×  ×



 フルラはその日、様子を見に来たヴァルゲインターに無理を言って、ウィンダムと共に家に帰る事が出来た。

 二日程しか空けていないはずなのに、家の匂いが酷く懐かしく思える。


 仕事に戻らねばならないとすまなそうに言うウィンダムの顔からは寝不足が読み取れた。

 妻の働く研究所が襲撃され、更には重傷を負ったと聞かされた時、彼は気が気では無かったはずだ。

 目を覚まさず、眠り続ける自分の横で一睡もせずに様子を見ていてくれた苦労についても一切語ろうとしない。

 感謝をしても、しきれなかった。


 いつもは公共スポットを使っているウィンダムだが、急いでいるらしく家の転送装置から出社するらしい。

 見送ろうとしたが、大人しく座っているか寝室にいるように言われてしまった。

 暫くは来訪者の対応もせず、居留守を使うように何度も忠告をし、通信も一切出なくていいと念を押してからようやく頬にキスを落として早足で出勤していくウィンダムの背中を見送った。


 それが何を意味しているかはすぐに分かった。

 玄関までのアプローチは広めに取っておいて良かったと思う。

 報道陣が門の前に列を成していた。

 インターホンの電源は切られているが、カーテンの隙間から見られているような気がして落ち着かない。


 テレビを点けるとワイドショーのトップニュースとして、今回の襲撃事件が扱われていた。

 むしろ襲撃事件自体は特殊部隊の活躍により犯人一味は壊滅したと早々に切り上げられ、まるで前座の扱いだった。

 そこからが本題といった形で、カリアとヴィヴィの顔写真が右上に浮かび、名前の後ろには『容疑者』と余計な敬称が付けられている。




 フルラは、冷たい大理石の床に膝から崩れ落ちた。




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