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第十五話 ロジャー・トラベル

 世界魔法防衛機関は魔法を使える者の登録や管理、そして世界で起きる魔法使用に関する事件や問題に対していち早く乗り出し、対策や政策を打ち出す事を請け負っている。

 機関への希望者は毎年莫大な人数となるが、採用されるのはごく僅かである。

 採用者の出ない年も珍しくないのだが、今年は一名が採用された。




 ビスタニア・ナヴァロ




 世界魔法防衛機関の最高権威者であり、長官を務めているサクリダイス・ナヴァロの一人息子である。

 アシンメトリーの髪形に燃えるような赤毛、いつも険しい顔をしており、そこには父の面影が確かにあった。

 スーツはダークグレーを愛用しており、シャツはいつも白、変わるのは無地のネクタイの色だけだった。


 ナヴァロ家の長男は世界屈指の難関魔法学校であるフェダインを首席で卒業後、代々この機関へ入り、長官として働いてきた。

 例に漏れず、ビスタニアも無事に首席で卒業する事が出来たがそれは二年連続首席であったエルガに譲られた席であった。



 ビスタニアがどんなに努力をしようと、追いつけぬ存在。

 エルガ・ミカイルだけは別格だった。



 飄々とした態度、口を開けば甲斐に対する愛の言葉と自らを褒め称える痛々しい発言ばかりだった。

 そんなエルガは卒業式の後に態度を豹変させた。

 未だにあれは悪い夢だったのではないかと考えてしまう。


 それは皆の心に深く、重くのしかかり続けていた。

 サインは、確かにあったはずなのに。







「おはようございます、ビスタニアさん。体調は如何ですか?」

「問題無い。何か届いてないか確認してくれ」


 デスクを見れば使用者の性格や気性が分かるものだ。

 ビスタニアのデスクは誰が見ても几帳面な性格と判断するだろう。

 大量の書類はきっちりとカテゴリ分けされ、終業時には何も机には置かれていない。

 使われるのは何本かのペンだけ。

 

 そして宙に映し出され、視界全てに広がっているのはデータ管理や検索画面だった。

 お手伝い天使と呼ばれる奉仕する事に生きる喜びを感じ、代わりに住める環境を提供する事を条件とする生き物が忙しなく続々と出社してくる社員達へ飲み物を聞きに飛び交っている。




「音声通信が三件届いております。読み上げますか? 文章に起こして確認しますか?」

 



 聞きやすい声で構成されている音声アナウンスがビスタニアを感知して朝の挨拶もそこそこに、仕事を始めた。




「……読み上げてくれ。ああ、ありがとう」




 お手伝い天使から熱いブラックコーヒーを受け取る際に、手を止めて目を見て礼を言うと心底嬉しそうに回転しながら戻って行った。

 緩んだ口元を大きなカップで隠す様に口を付ける。


「サリバン裁判官からです。『ジャック・ロッキンホースの罪状が確定したので報告です。えー、あー、この度の魔法を不適切に使用し、民間人に迷惑をかけ、更に報道規制が間に合わず、不安の波を立てた事は紛れも無い事実であり……あー……』」


 サリバン裁判官の声に切り替わるとみるみる仕事用の表情へと切り替わっていく。


「その結果はもう昨日書面で見たぞ……。どうして先に報告書が回って来ているんだ……! もういい、次を頼む」

「かしこまりました。次はカイさんからです」



 ちょうど分厚いファイルの角を組んだ足に載せ、両手を使って支えていた所だった。

 止める間もなく再生される。



「『ナーバーロー! やっほほい! 元気!? 次の休みいつって言ったっけ!? いやあ、あたし実は民警にいてさあ! 左遷じゃないよ! ようやく仕事らしい仕事してんの! キャリアウーマンだよ、信じられる!?』


 あまりの音量にビスタニアは叫ぶようにして指示を出す。


「音量をっ……! 音量を下げろ!」

「これが最小の設定です。ミュートにしますか? 『逮捕しちゃうゾ! これマジで出来るんだよ! あーもう、誰でもいいから逮捕したい! そういえばナバロに映像通信でお喋りした事まだ無いよね! タイミングもいつ合うのか分かんないからこっちに送り付けておくね! どんぐらい声張れば聞こえるのかな!? 聞こえてる!? ナーバーロー』……以上です。次は……」



 甲斐の恋人であるビスタニアは今、顔の色が髪の毛と同じだ。



 近くに座っている先輩達は口を開けて茫然としていた。

 大きく咳払いをして次の音声通信を聞いてはみたが、全く頭に内容が入って来ない。


「……あー、今のってモンスターの鳴き声?」


 ビスタニアと一緒に出社した男性が向かいの席から顔を出してニヤリと笑った。

 気難しい人物の多いここで珍しいタイプである、ロジャー・トラベルはムードメーカーのような存在だった。


 とにかく仕事が早く正確で、必ず定時に上がる事に命を賭けている彼はビスタニアを気に入っているようでわざわざ向かいのデスクに越してきた程だ。

 むらのある金髪の彼は足が長く、垂れ目気味で笑うと瞳は消え去ってしまう。

 ただいつも誰かと違うスーツを着たがり、同じスーツの人を発見した日には脱いでしまうので彼が下着に靴下、そしてシャツにネクタイといった出で立ちでいる日も珍しくない。


「……可愛いモンスターからでした。元気そうで良かった」

「まさか恋人? ……嘘だろ、俺なんかいないのに! ……今から冷たくあたってもいいか?」

「いいから仕事に戻りますよ、俺はまだ慣れていないのでどんどん教えて頂きますから。今日こそ帰しませんからそのつもりで」

「俺は追うより追われる方が俄然燃えるんだ、捕まえてみなさい」


 数百人が一つのフロアで各自好きな色と形のデスクを並べ、入り口は壁に対して六つずつ付けられている。

 超高層ビルは天高くそびえ、絶えず人が出入りしているが所在地は明かされていない。




 ようやく仕事に腰を据えたビスタニアはどこか楽しそうだった。




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