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第百五十七話 フルラに託したもの

 フルラは重い瞼をゆっくりと目を開いた。

 白い部屋を照らし出す照明が目に染みるのか何度も小刻みに瞬きをしている。


 意識が戻った事へ安堵する反面、この状況をなんと説明したらいいか思考を巡らせる。

 ヴァルゲインターが気を遣って会話が聞こえないように、防音魔法をフルラのベッド周辺にかけてくれたらしいが、普通の声で話す勇気は無かった。



「ここ……は……?」

「覚えてる? フルラの知り合いの子の……特殊部隊の拠点に連れて来て貰ったんだよん。…ヴィヴィとカリアで脅して、だけどねん!」


 ヴィヴィは小声でそう言いながら、悪そうに見えるように笑った。

 やはり手術直後なのでフルラにはまだ体を動かすほど力が出ないのか、目線だけで横に立つ二人を見つめる。


「……フルラ、まだ麻酔のせいで頭が働かないかもしれないけど聞いて?」


 カリアが精いっぱい笑ってみせた。


「……僕達のした事は何も知らないと言うんだ。誰に、何を聞かれても。君はただ、意識を失っていた。きっとこれから君が回復次第、事情聴取をされるだろう。でも、絶対に何も言ってはいけない。とにかく分からない、覚えていないと言うんだ」




 不思議な夢を見ているのかもしれない。

 どこか、焦っているようにカリアは必死に訴えかけてくる。

 メイクの調子をいつも気にしているヴィヴィは、涙の跡が落ちたアイラインによって黒く残り、薄化粧になっていた。




「……わかっ……た……」




 フルラは自分の声がか細い事に気が付き、頷こうとしたが、どこに力を入れるのか分からず声を絞り出す。

 これが本当に自分の体なのだろうか。


 しきりに二人が背後の気配を気にしている。

 ここはカイのいる部隊の拠点だと言っていたが、それなら安全なはずだ。



 何を気にしているのだろう。



 寝ているだけの自分と違い、二人はやらねばならない事が沢山あるのかもしれない。

 手伝う事も出来ずに申し訳ないが、こうして見舞いに来てくれた二人に胸がいっぱいになった。



「フルラ、事情聴取も終わったら……出来たらだけど……研究所に戻って欲しいの。もちろん、あそこがフルラにとって辛い場所になってるのも分かってるんだけどねん……。でも、お願い……。犯人は特殊部隊が壊滅させたから民警の出番は無いし、緊急通報から誰も非常セキュリティ解除してないって事は関係者以外は入れないようになってるから……」

「特殊部隊みたいに、セキュリティ突破が出来るような奴らじゃなきゃ入れないはずだからね。……IDは持ってる? あれがあれば……あ、いつも白衣に入れてたっけ?」


 ベッドの下の衣類入れを引っ張り出すと、手術の際に裂かれた衣類が入っていた。

 フルラに余計なショックを与えぬように見えない位置で血に染まった白衣を探す。

 下に置かれていたベビーピンクのブラジャーが、引っ張り出した白衣の袖に引っ掛かりながら登場した。



 それを見てしまったフルラのバイタルが異常な心拍数を叩き出し始めた。



 血圧も一気に上昇し、見開かれている目には光が宿った。

 ヴィヴィがカリアの頭を引っ叩いてブラを荒々しく衣類入れに戻すと、白衣のポケットから社員証を見つけてフルラの手に握らせる。


「ちょっとちょっと!? 私には助けろって言っといてその子殺さないでよ!? あんま興奮させないようにね!?」


 ーテンを開いてヴァルゲインターが大声で叫んだ。

 こちらに向かってくる足音が聞こえなかった。



 確かに防音の効果はあるようだ。



 時間が無いので適当な返事をして、医師のシルエットが遠ざかるのを確認してから続きをヴィヴィが口にする。


「……いい? 研究所に残っている資料や研究結果を全て回収して。遅かれ早かれ、襲われた研究所に何か残ってないかと火事場泥棒がやって来んだよ。そんな奴らに渡したくないんだよねん」

「そしてそれは、きっと君のこれからに役立つから。……再就職する際に、きっと武器になるだろうし……不要なら燃やしてくれて構わない」


 

 二人が必死に伝えようとしている事をフルラは覚えようとした。

 一度でも瞬きをすればその瞬間、意識を失ってしまいそうな強い眠気がフルラを襲っている。



「フルラ……、死んだ皆も自分達の人生を賭けた研究が盗まれるより、同志に役立ててもらう方がいいと思ってるよ。間違いない。……僕も、そう思ってるから分かるんだ」




 悔しそうにそう呟くカリアに、フルラはぱくぱくと口を開いた。

 聞き取れなかった二人はフルラの口元に耳を近付ける。



「……ふたり……どこ、いくの……? ……けんきゅ……つづけないの…? ……いっしょ、に……」



 自分達がもう死んでしまったように話すものだから、フルラは堪らなかった。

 二人を守れたという事実を噛み締めながら、この先の話をするのだと思っていた。

 助かったのはこの三人という厳しい現実があるものの、またあの研究所で研究を続けるものだと勝手に思っていた。


 もう、嫌になってしまったのだろうか。

 何もまだ、残せていないと思っていたのは自分だけだったのだろうか。


 当然かもしれないが、彼らの口から聞くまでは信じられなかった。


 どうして、一緒に研究所へ行こうと言ってくれないのか。

 データを回収して、また一緒に始めようと誘ってくれないのか。

 何故、そんなに泣きそうな顔をしているのか。




 今のフルラには一つも分からない。




 カーテンが開き、ヴァルゲインターがヴィヴィに何かを耳打ちするとカリアも立ち上がり、開いていた瞳にタオルを掛けられてしまった。

 腕が動かず、タオルをどかせない。

 カーテンの外へ行ってしまう足音に、何度声を上げても届かないようだ。

 そしてまた、静寂に包まれてしまった。





 フルラの枕を濡らす水滴は濡れタオルから垂れているのか、涙なのか。

 もう何も、分からない。




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