第百四十七話 孤独な闘い
蝶つがいに止められたネジなど無かったかのように、ドアは吹き飛んだ。
フルラの真横を通り抜けた金属のドアは研究所内を滅茶苦茶にしながら転がっていく。
煙の中から姿を見せたのはこれみよがしに武器を持った、武装集団だった。
ガスマスクを付けているので顔が見えない。
入念に防弾チョッキまで着用し、カーキの戦闘服に黒いブーツで統一された彼らはさながら軍隊のようだ。
先頭を切って入って来た男が左手を後ろに向けて、制止する。
目を保護する為のゴーグルをしているが、グラス越しに見える瞳は馬鹿にしたような嫌な笑いを浮かべた。
彼らからすれば、この状況の中で力の無い研究員が苦肉の策でバリケードを作り、それを突破してみれば小さな少女が白衣を着てこちらを見ているのだ。
恐怖の中でただこちらを睨む事しか出来ないなんて、おかしくて仕方がないのだろう。
「こんにちは、お嬢ちゃん。お前も研究員か?」
「おいおい! こんな子供を雇ってるのか!? ここは幼稚園だっけかあ!?」
籠った声と笑い声が響いた。
うんともすんとも言わないフルラに苛立ったのか、銃口を向ける。
その時だった。
突風が彼女の足元で渦を巻くように巻き起こり、男達の体は宙を舞う。
周囲の物を巻き込んでいく風の中では照準も合わせられず、体に向かって飛んで来る破片から顔を守るように腕を上げた。
入り口から異変に気付いた武装集団の仲間が入り口から体を少しだけ出して発砲する。
しかしフルラにはどういう訳か銃弾は当たらず、照準をいくら合わせても彼女の直前で跳ね返る。
まるで見えぬベールに包まれているように。
フルラの水色の瞳が標的を変えた。
百はあろうかという数の短剣を召喚し、自分の前に集結させて走り出す。
ファイア、と連呼する声も止まぬ銃声に消えた。
武器で出来た盾に銃弾は跳ね返され続けた。
引け、という声のした方へ腕を振ると短剣の一部が一斉に襲い掛かる。
「ファイア! ファイア! ファイ……」
彼が最後に見たのは、無数の短剣が刃を自分に向けて襲い来る瞬間だった。
離れた場所から見ていた武装集団は、最後の一室の制圧となり、気を抜いていたのだろう。
まるで虫の大群が襲って来たように見えた。
短剣は寄り集まり、宙に浮いたまま主を守っている。
「こんな事って、あるかよ……! クソッ! 下がれ下がれ下がれ! 投げろ!」
手りゅう弾のピンを抜き、退却を呼びかけながら息を合わせてフルラへ投げつけた。
フルラは足元に転がってきた物に気付き、召喚武器を解除する。
防御魔法を展開させてみたが、所詮魔力強化もしていないただの火薬の塊だ。
両耳を叩くようにして無音魔法をかけて、歩き始めた。
煙と炎、そしてどうしても衝撃が視界の邪魔をする。
歩き慣れた通路の中でランチに行くと言っていた研究員が倒れているのを見つけ、走り寄る。
「ウェストさん! ウェストさん! 大丈夫です……か……?」
爽やかな青年だったウェストは眠っているように見えた。
体には力が無く、ただ青白く顔色が変化している。
黒いシャツに幾つも穴が空いており、そこから傷口が見えた。
何発も撃ち込まれたのだろう。
冷水を浴びたような錯覚が全身に駆け巡る。
一体何をしたというのだろう。
毛が逆立ち、皮膚が痛い。
膝に抱いたウェストの白衣に赤い染みが落ちた。
気付けば無意識のうちに下唇を強く噛んでしまい、出血していた。
そっと床にウェストを寝かせ、ポケットにあった花柄のハンカチを顔にかけると急ぎ足ですぐ先にあるランチルームへと駆け込む。
映画のセットのように荒れ果てたそこは一斉掃射されたように壁に弾丸の痕が残っていた。
テーブルの上で力無く顔を伏している仲間達に込み上げるものがある。
しかしここでこうして立ち止まってはいられない。
所長室のドアは開いたままになっていた。
五感を研ぎ澄ませながら中へ足を踏み入れる。
「しょちょ……」
分かっていた。
所長ならば真っ先に助けに来てくれるはずだという事も。
気付いていた。
そんな所長が来ないのはもう、この世界にはいないのだという事を。
椅子に座ったまま眉間を撃ち抜かれている所長を目にした時、涙が頬を伝った。
気を抜いたのではなく、一種のショック状態だったのだろう。
背後に迫った気配に気が付かなかった。
離れた場所にいるカリアとヴィヴィの盾を維持しつつ、召喚武器を操った疲労もあったのかもしれないが腕と脇腹に走った衝撃によって撃たれたのだと気が付いた。
弾は貫通せず、フルラの体の内側で猛威を振るった。
撃ち込まれた部分から銃弾は体積を二倍程に広げていく。
フルラの衣服は赤く染まった。
どこに潜んでいたのか、武装集団の一人が倒れ込んだフルラにとどめを刺しに中へ入って来た。
どうやって息をしていたのかが分からない。
こんなにも、呼吸が難しいなんて。
熱した鉄の棒を腹に差し込まれているような痛みに汗が滲む。
維持していた魔法も集中力が切れてしまい、いつからか解除されてしまっていた。
それは所長の姿を見た時からなのか、撃たれてからなのかすらも分からない。
男がフルラの上で構えた銃の音により、覚悟を決めた。
「……ごめんね……まもれなかった……だれも……ごめん……」
「恨み辛みはあの世で言いな、お嬢ちゃん」
所長室に銃声が響いた。




