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第百四十二話 ギャスパーの真意

 シェアトは召還武器を使い、射撃練習をしていた。

 しかしどれも闇雲で弾は的を外し、当たっても急所を外した場所ばかりだった。

 それなのに何も改善しないまま、次から次に魔力を使って引き金を引くものだから銃声は響き続けていた。

 最初は他の隊員達も召集が掛からないまま午後に差し掛かり、珍しく平和な日を過ごしていたがトレーニングルームに隣接している射撃場から秒針が時を刻むように聞こえて来る銃声に耐えられず出て行ってしまった。




「なんだなんだ、機嫌悪ぃなあおい」




 その噂を聞きつけ、ノアは面白半分に顔を出したが納得の酷さだった。

 横に立たれても気付いていないらしく、シェアトはひたすら撃ち続けている。

 魔力弾は発砲の際に強い光が出るので実戦以外は遮光グラスを着用し、余計な負担を減らす必要があるのだが、耳栓一つしていないシェアトはその身一つだった。


 これはトレーニングにすらなっていない。

 それどころか余計な負担を増やしているだけだ。



「パンパンパンパンうるせえっつーの!」



 ノアが後ろからシェアトの頭を思い切り叩くとようやく気が付いたようだ。

 ようやく引き金から指を離すと、長い間消費し続けた魔力の反動が一気に押し寄せて息が上がり始めた。


「仕事に備えて加減はしろ! 何息あがってんだよ……」

「悪ぃ……。ちょっと……色々あって……」

「色々ったって、お前に限ってはカイの事だろ?いいねえ、若い奴らは!」


 置かれたハンドガンを手に持つと、召喚武器ではないのでずっしりとした重みを感じる。

 反動も他人が扱えば起きるので普通の銃と変わりは無くなる。



「ハンドガンなんかどうすんだ? カウボーイごっこでもすんのか?」



 西部劇の音楽を口ずさみながらくるくると指で銃を躍らせるノアは体格が良い。

 そのせいでいるだけで存在感が強いのだ。

 迷彩柄のティーシャツは恐らくXLだろうが、二回りは違うのではないかという丸太の様な腕には少々窮屈そうだ。


 いつも結んでいる襟足は結ぶ意味があるのだろうかと疑問である。

 結ぶほど長くも無いのでぴょんと跳ねており、段を付けてカットされているので黒髪のほとんどは纏まらずに自由になっている。


「……たまにゃいいだろ。自動小銃ばっか使ってても飽きるんだよ」

「飽きるぅ!? ……お前はもうちっと練習した方が良いのは確かだな」


 大口を叩いたシェアトに白目を剥いたまま両手を上げて驚いたとオーバーリアクションをするノアは、的も見ずに一発撃ち込んだ。

 手首で反動を逃がし、ハンドガン自体の重みに任せて手を戻す。

 しっかりと人型の的は眉間を撃ち抜かれていた。


「ここ、映像を的にする事も出来んだぜ。知ってるか? シチュエーションも色々あるぜ。……まあ、俺は『飽きた』けどな」

「……そりゃすげえ。返せよ」


 自慢話に付き合う気は無いと言いたげな顔で手をぶっきらぼうにノアに向ける。


「あっれ、っかしーな。今の凄撃ちを見たワン公は俺様に跪いて鳴きながら教えを請うはずなんだけどなあ」

「おかしいのはテメエの頭だ! ふざけやがって!」

「……んで、ご主人に飛びついて嫌われたのか?」

「はあ? 俺が? あいつに? ば、バッカじゃねえの!? まだき、き、キスすらしてねえんだぞ!」


 真っ赤になったシェアトを前に、ノアは吐く真似をした。


「なんか、距離を置きたい~みたいな事言われてよ……」

「へえ? カイもそういう女っぽい事言うんだな。でもお前がなんかしたんじゃねえの?」

「してねえよ……。理由を聞いても、俺達がセットで見られるとか訳分かんねえ事ばっか言うんだよ。セットだったとして、何が不満なんだ? どこの国でもセットっつったらお得で大満足の代名詞じゃねえか!」


 ぶつぶつ文句を垂れ流すシェアトは誰かに聞いて貰いたかったようだ。

 適当に頷きながら、ノアは甲斐の言葉の意図を表面的にではあるが読み取ったようだ。


「……良い結果なら問題無いんだろうけどな。悪い結果に巻き込んだりしたくねえんじゃね?お前は無意識なのか知らねえけど、任務中でもカイが危険だと放っておけなそうだしな」

「んな事……ねえし……」


 瞬間的にシルキーに恫喝された場面が目に浮かんだ。

 あの時、任務を投げ捨ててでも崩れた階段から落ちて行った甲斐の救出にあたろうとした。



 もし、シルキーが一緒でなければ間違いなく助けに行っていただろう。



 意識を持ち直したと思ったが、施設内の様子を見られる監視室では真っ先に甲斐の安否が気になっていた。


 しかしあれから今に至るまで、一緒に出動をしない日も多いがそんなに気になっていない。

 それは彼女自身に力が付いたのと、自分よりも力のある先輩達が彼女と一緒に出動しているからだろうか。


 また、甲斐が目の前で危機に瀕したら?

 絶対に足を止めて、制止を振り切り、戻るだろう。



 

 シェアトは純粋な疑問の答えが出なかった。







 仲間を助けて何が悪い?







「お前は俺が後ろですっげえピンチだったとしても絶対戻って来ねえだろうな」


 ノアはふん、と鼻を鳴らしながら口を斜めに上げて笑った。

 何も答える事の出来ないシェアトの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「それでいいんだよ、仲間ってのは同じ目標に向かうだけの分母でしかない。一人でも到達すりゃあいいんだ。助けられるのは恥と思え、仲間の邪魔をするなら舌でも噛んで死んじまえってな!」


 フェダインからこの部隊へ職業体験に来たあの日、ケヴィンという青年が甲斐の護衛兼指導係として付いた。

 彼は様子を見て来ると言ったきり、二度と現れなかったのだ。


 助けを呼ぶ事もせず、そして甲斐が敵を目の前にして声の限りに助けを叫んでもシェアトの護衛にあたっていたギャスパーは中々動こうとしなかった。

 きっと、そういう事だったのだろう。


 あの時、駆け出した自分を放ってギャスパーは任務に戻っても良かったのだ。

 見学に来る際、何があっても文句は言わないといった旨の誓約書にサインをしていたのだから見捨てられてもおかしくなかった。





 それでも甲斐を助けに戻ってくれた。

 守って、くれたんだ。





 ここに入ってから毛嫌いし続けていた。

 なのに今更、気が付くなんて。




「……分かんねえよ……そんなん……」




 ノアは自分に向けられた言葉だと思い、シェアトに手を振り、出て行ってしまった。

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