第百四十話 研究所パトロール
「よお! ……なんだ、全然元気そうだな! 心配してたんだぜ!」
出動要請のアナウンスに甲斐とシェアトの名前が挙がった。
リーダーとしてネオが入っている。
久しぶりの甲斐の出動にシェアトは喜んでいたし、ネオがリーダーであればやりやすい。
着替えを終えたシェアトが前を歩いていた甲斐を追いかけ、肩に腕を回して笑いかけた。
「あっ……うん。そだね、ぴんぴんしてるよ。ビンビンだしね、うん」
「朝から下ネタはやめろ! これ終わったら、ちょっと話そうぜ。もう最近忙しくてよ。飛び回ってようやく帰って来たと思ったら数日泊まり込みだぜ?」
甲斐がいない間にも、順調に仕事に励んでいたようだ。
顔と首だけが日焼けしている。
怪我も無いようで安心したが、シェアトの顔を甲斐は見なかった。
その変化に気付いた様子も無く、ミーティングルームに着くまでシェアト一人が近況を報告し続けていた。
「おぉ~! 生還おめでとう、カイちゃん。じゃあ、今回の案件を説明するよー。最近、研究所を狙う不届き物が増えてるんだって。だから今回はただのパトロール。鉢合わせたらラッキー程度に考えておいて」
今回の出撃のリーダーであるネオが甲斐に優しい笑顔を向ける。
「パトロールぅ? んなモン民警とか委託警備会社の仕事だろ?マジかよ」
「こらこら。僕達は警戒警備もやるんだよ。いつもの制圧とか突入、殲滅も仕事だけどね。それに、僕達が研究所近辺をパトロールする事でテロ組織とか、狙ってる連中への牽制にもなるでしょ。はい、地図覚えてね」
指揮棒を振りながらにこにこと笑ってシェアトをいさめると、斜め上を見上げて他に言うことが無いかを思い出しているようだ。
甲斐は黙って地図を眺める。
「今日はグレゴアス研究所、フューリー研究所を回るよ。どっちも大きい魔力研究所だから聞いた事もあるかもね。もし敵が入り込めそうな場所を見つけたらピックアップして所長とか研究長に伝えて改善要求、オッケー?」
若い二人に確認すると、甲斐は真っすぐ手を上に挙げている。
くすりと笑って名を呼んでやると甲斐はいい返事をした。
「ねー、ネオネオ。研究所を狙うって……なんで?なんかあんの?」
「いーい質問だねぇ。大きい研究所には何があるでしょうか、はいシェアト君!」
「はあ? ……研究者……?」
「そう! 研究者。しかも優秀な。あとは実験材料だね。魔力研究所なら魔力。大きな研究所であればあるほどその材料は膨大だし、一石二鳥って訳だ。これを見て、一番最近に起きた研究所の事件」
漂っている映像が二人の前に来ると、拡大された。
凄惨な光景がスライドショーで映し出される。
白衣が血で汚れ、あちらこちらで倒れている人々は研究者だろう。
壁には銃弾の跡が残っていた。
「下調べをされていたのか、中の様子を知っていたんだろうね。無駄なドアは開かず、そのまま研究材料を奪って行ったらしい。研究データは……この人だね」
赤に染まった死体をピックアップする。
「重傷を負いながらも警報を鳴らしたおかげで全て白紙に戻ったから奪えなかったみたい。研究員の意識も高くて、誰一人誘拐される事を良しとせずにその場で立ち向かったり死を選んだらしい。……ある程度の覚悟は最初からあったんだろうね」
「ここは……なんの研究をしてたの?研究員超こええ……」
「ここも魔力研究だよ。……色んな分野があるからなあ、ちょっと待ってね。ああ、ここは……魔力を持って生まれなかった人へ後から魔力を宿す研究だね。『後付け』って言われる類だけど……前にシルキーと僕とカイちゃんとシェアト君で行った時のボスみたいなのだね」
資料を見ながら説明したが、甲斐が理解しきれていない事が分かったらしい。
ネオなりに噛み砕いて説明を付け加える。
「後付けってなんなんだよ。魔力持ってねえヤツがあとから魔法使えるようになるなんて聞いた事ねえぞ」
「……公には出来ないけど、昔からあるんだよ。魔法生物……例えばユニコーンの血を飲み続ければいずれ魔力が宿るって言われたおかげで今じゃあ絶滅危惧種だ。魔法が使えない人達はいつの時代も憧れてるし、そのおかげで闇家業が発展するんだ。今だと手術が主流みたいだね」
甲斐は以前にシルキーの甘い言葉に惑わされ、身の上を話していた男を思い出した。
シェアトも恐らく同じ場面を思い描いたのだろうが、そのむごい末路を思い出してしまったらしく上を向いて紛らわせている。
「さあ、お喋りは戻ってからにしようか。バリバリ働きに行くよ」
× × × × ×
ネオが研究所の所長に挨拶をしている間、甲斐とシェアトは手を後ろに組んで立っていた。
何度も隣から視線を感じたが、目を合わせずにネオだけを見ていた。
研究者を連れ去り、資材を強奪すればその組織は更に力を得られるだろう。
そして徐々に膨れ上がっていく力の剣は罪無き人々の血を吸って、この世界に蔓延って行く。
こんな横暴が認められるはずはない。
そう思いたいのに、どれだけの犠牲を払っても成し遂げたい望みがあるという点では一方的な怒りを燃やせずにいた。
「僕は所長と最上階の四階から回る事にするよ、カイちゃんとシェアト君は地下から始めて上がって来て」
「はいさ! ポイントをまとめておけばいいんでしょ? なんか見学ツアーみたいでちょっと楽しくなってきた」
所長は白衣からでも分かる腹の出方をしている、でっぷりとした大柄の男性だった。
挨拶をしようと近付いたのだろうが、その瞳は大きく見開かれ、甲斐だけを見ていた。




