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第百三十二話 通院指令・権限緩和

 カウンセリング、という仰々しい単語に抵抗があったがこうしてみれば案外いいものだと甲斐は思った。

 事情も分かった上で話せるのはとても大きい。



「ほら、ね? もう十分すぎるぐらい、カイは道をぶっ壊して新しい道を作っちゃってんだもん。ここまで来て立ち止まる? そこまでが、道だった?」



 ヴァルゲインターの言葉には一切感情は入っていない。

 こちらへ問いかけているだけだ。

 現実を整理して、向き合うべき問題を出題しているだけ。



 今さら遅い、その通りなのだ。



 友人も、恋人も、結びつかないはずの人との縁を繋いでしまった。

 ここまで来て、やっぱりやめたなんて無責任すぎる。


 自分がいたせいで消えてしまった縁も少なからずあるのではないか。

 甲斐はその追いかけてくるような罪悪感と常に戦っていた。



 幸も不幸も全部ひっくるめて受け入れなければ。

 笑った分、いや、それ以上の悲しみと苦しみが待っていたとしても受け止めなければ。

 そしてその時が訪れているのではないか。



「ううん……そうだね。あたし、ここに来たのも……目的があって入隊したんだ。それなのに、ここで自分勝手にうだうだ言ってみんなに迷惑かけてらんないもんね」

「迷惑かけられてるって誰かに言われた?」



 一瞬、甲斐の目が泳いだ。

 むしろこの部隊で嫌味を言う人物など一人しかいない。



「ああ、クソガキの事なら気にしなくていいよ。ああいう奴だからさ」


 ヴァルゲインターとシルキーが話しているのを見たことは無いが、シルキーを『クソガキ』と呼んでいるのには驚いた。


「ここにいる奴らって、なんだかんだ色々抱えてたりするワケよ。だから別に私で良ければ話してくれて構わないよ。私は誰かの話聞いて倒れたり、悩んだりなんてしないから」



 心を、見透かされているような気がした。

 誰かに相談しようなんて考えていなかった。



 全ては自分の問題で、たまにしか会えない恋人とは楽しい時間を共有したかったし、傍にいるシェアトはああ見えて繊細で精神状態が出やすい。 

 皆、仕事を軸に生きている中で悩みや憤りは持っているはずなのにそこへ更に負荷を掛けるのが嫌だった。




 そんな風に、相談しない自分を正当化しようとしていた。

 



「(……フェダインの時も……みんな、いつも一緒にいてくれたのにな)」






 誰の前でも強くありたかった。






 独りよがりの、強がりだ。

 いつなんどき、何事にも動じず、なんでも誰かに話してもらいたかった。

 それは自己満足かもしれないが、そんな自分を好いてくれる人が増える度に自信になった。

 


 



 ただ凛と前だけを向いている人間に憧れていた。






 『本当』との差による溝が、とうとう深くなって心の傷になってしまったのだろうか。




「ありが、とう。……あれ? ……ヴァルちゃんは? ヴァルちゃんは、誰に吐き出すの?」


 思わぬ質問だったのか、ヴァルゲインターは眉を上げて吹き出した。 


「ぶはは! さて、誰だろね? 私の場合は全部飲み込めるキャパ持ってるから」


 甲斐の頬をぶに、とつねり上げる。


「そうやって、人の事ばっか気にしてるから疲れんだよ。今はカイの時間でしょ。さっさと元気になってさっさと戦場行け! 給料稼いでこい!」

「あたし、ほんとに元気だよ? ねえ、もうあたし大丈夫だって! もう、迷わない。戦場に行く度、さっき言ったような事がちらついてたの。でも、今は違う。やれるよ! ヴァルちゃん、ほんとにありがとね!」


 ヴァルゲインターは立ち上がった甲斐の両肩を抑えつけ、再び座らせた。 


「はーいちょっと待ったー」

「な、なんで!? 思ったより力あるねヴァルちゃん!」

「ありがとう。あと、終わってないから。次は明日ね」


 あからさまに嫌な顔をした甲斐に真剣な顔でヴァルゲインターは言う。


「心の特効薬なんて無いの。そんなのあるなら発明してくださーい」

「うええ……はーい……。あたしって今、どんな感じなの?」

「ん? ただ、生きてるってカンジ?聞こえは良いかもしんないけど、ただ毎日出動を待って、行って帰ってっていう『だけ』でしょ?」


 それの何がいけないのか分からない。

 シェアトも同じだと思うが、やはりここでもまたとどめを刺せない事が関係してくるのだろうか。


「それもちょっと問題かなーって思うよ。……ま、それは明日明日! 切り替えも大切だから、今日はもう私と話した事について考えないように。明日、いつでもおいで」

「……はあい……。あとまともな飲み物用意して欲しいんだけど……。これ、なんなの?」


 結局空に出来なかったカップに目を落とす。


「それ? 使用期限の切れた人体に無害な薬品……を煮詰めたら出来たミックスティー。試しに出しただけ」

「飲み物ですらない! サイテーだ! あんた……あんたサイテーだよ!」



×  ×  ×  ×  ×



 リチャードはエルガのいる代表室で気を付けの姿勢を取っていた。


「接待は上手くいったか?」

「……そうですね、警戒心は解けたかと思います」

「残るは技術開発者だけ、か。焦らなくていい、だが結果は出せ」


 その結果が難しいのだが、リチャードは余計な言葉は心にしまい込んだ。


「はい、必ずや……優秀な技術開発者をお連れ致します」

「金は惜しまない、と言っても人の心ばかりはどうしようも出来ん。まさか攫って来る訳にもいくまい」



 ふっと笑ったエルガに会わせて口の両端を上げたが、本当に笑って良かったのかも分からなかった。

 やりかねない、と正直思った。

 一礼して出ようとすると、エルガが思い出したように呼び止める。



「側近として、私は君を信用している。このSODOM内にはセキュリティ指定のある部屋が多い」


 振り返ったリチャードは初めて知った事実にただ、困惑している。


「私のみが入れる書庫やその他の部屋へ、君も入れるように権限を緩和しておいた。自由に使え」

「は、はいっ! ありがとうございます!」



 声が裏返ってしまったが、もうエルガはリチャードに興味を失ったようだ。



 代表室を出て、リチャードは今朝のニュースを思い出した。

 世界中のニュースペーパーを電子化して自室に表示するようにしているが、内容が酷かった。



 最近SODOMが何かを始めようとしているといった考察が大々的に紙面を飾っていたのだ。



 訪問したリチャードへ悪態をつき、罵詈雑言を浴びせて門前払いをして来た著名人の一人がインタビューに答えているのを見た瞬間、その画面に向かって拳をぶつけようとしたほどだった。

 だが映し出されているのはディスプレイではなく空間の為、リチャードは朝から派手に転んでしまった。


 先日馬乗りでこれ以上詮索するなと警告してきた甲斐の事もやはり気に掛かるが、いい加減に新しい候補者をピックアップしなければならない。

 ボーンから聞いた魔法技術開発専門学校に依頼した話もまだ、頭の中で整理しきれずにいた。


 まずはせっかく与えられたセキュリティの固い部屋への入室権限を試してみたい。

 もしかしたらそのドアの奥に、いい人材の資料が仕舞われているかもしれない。


 そう思わざるを得なかった。

 これ以上の手駒をリチャードはもう、持っていないのだ。



「……もういっちょ、頑張ってみるか」



 今朝はエルガの機嫌が良かったのか、初めての冗談まで聞けた。

 とても良い日なのかもしれないし、災厄の前触れかもしれない。



 なんの特技もコネクションも無いリチャードに出来る事と言えば、事務仕事で鍛えたこの頭と瞳で良さそうな人物を探し、健康な体を使って歩き回る事だった。




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