第百二十八話 戦力外通告
甲斐はどうにかしてランフランクに会いに行けないかとカレンダーを睨んでいた。
そうそう休みは取れそうにない。
休みは急に訪れるのだから仕方ないかと晴れぬ気持ちのまま過ごしていたが、驚くほど一向に戦場へは呼ばれなかった。
最初は気のせいかと思っていた。
そんな日もあるのかと、自由を満喫していたのはいい。
しかしどんなに忙しくても甲斐の名前が呼ばれる事は無かった。
施設内に誰一人いなくとも、一度戻ったノアやネオが即座に他の戦場へ呼ばれても、それでも甲斐の名前がアナウンスされることは無い。
それが一日、二日と続けばだんだんと甲斐も慣れてくる。
空いている時間はトレーニングをしたり、朝食と昼食を時間通りに済ませるようにしてはみたが、ばたばたと忙しそうな足音が聞こえる度、少しだけ申し訳なくなった。
シェアトも朝一から出動している。
ようやく戻って来たらしく、彼の声が聞こえた。
甲斐を見つけると、嬉しそうに笑う彼に心が痛む。
「ねえ、シェアト……」
「どうした! なんだ!? あっ、おいあんまり近寄るなよ! 俺、今戻って来たばっかで汗臭ぇから!」
神妙な顔で話しかけられたシェアトは何を勘違いしているのか、嬉しそうな様子を隠せていない。
「ウキウキしてんね……。誰もシェアトの香りなんざ気にしてないよ……」
「ばっ、おまっ、近寄ったら分かんだろ!? 不意に俺を抱きしめたくなるかもしれねえだろ!?」
「ないなーーー! 三年近く一緒にいるけどそんなタイミングは一度も無かったなーーー!」
「って事はこれからあるかもしれねえだろ! 決めつけんなよ! ……で、ここじゃまずい話か?」
本当は先日の休みの時にリチャードが実家に来ていた話もしたかったのだ。
火照った顔に汗を浮かべているシェアトを見ていると甲斐の頭からはさらさらとそんな考えは流れだしてしまう。
今からどちらかの部屋に入り、疲れさせるような話をするのも悪いと思った。
この場で話せそうな本題とは違う、もう一つの話題に切り替える。
「あのさ、気のせいじゃなかったらなんだけど……」
ごくり、とシェアトが喉を鳴らした。
「ノアさんがアタシの事好きみたいなんだけど……実はアタシも……」
「……お帰りノア、そしてアテレコすんのやめてくんない……?」
低い声で甲斐のセリフのように話したノアが甲斐に冷ややかに注意される。
「あーあー、ほらノア。邪魔しちゃダメだよ」
共に戻ったらしいネオはくすくすと笑いながらノアをいさめた。
「なんか二人で話してるからよー。仲間に隠し事はナシじゃねえの~?」
「いや別に隠し事じゃないよ、いるならいていいけど……」
この二人に聞かれても困らない内容なので甲斐は二人に答えた。
大反対という顔をしているのはシェアトだ。
最近は妙に忙しく、甲斐と二人で話す時間があまり取れていなかったので明らかに不貞腐れている。
「あのさ! 気のせいじゃなかったら、あたし……ここ二日ばかり召集されてなくない? そんな時もあるのかな!?」
シェアトよりも、先輩である二人に真剣に尋ねる甲斐は自分の膝を握った。
ネオとノアは互いに顔を見合わせる。
「……あれ、そうなの?」
「ホントかよ……? アナウンス聞こえてねえんじゃねえの?」
「おかしいな、最近どこもかしこも夏だからか血気盛んであちこち飛び回ってるんだけど……」
「だよなあ、むしろ俺達だけじゃ手が回んねえってぐらい忙しかったぜ? つーか、お前だけここで快適生活送ってたのかよ! ゆ、許せねえ! 食らえ! ノア様ホールド!」
ノアが甲斐をがばりと真正面から抱きしめる。
すると、あまりにも体格差がありすぎるせいで甲斐は鉄と土と汗の匂いの中で抵抗すら出来なくなった。
彼の高い体温によって甲斐の体温も上がっていく。
唯一自由の利く両足で床を踏み鳴らしているがノアは離れない。
シェアトが甲高い悲鳴を上げて主人の危機に立ち向かったがなかなかどうしてノアは離れない。
「……あのさあ、それ気のせいじゃないから」
途中から入って来たシルキーの声にノアがようやく離れた。
熱気にやられた甲斐の顔は赤く、長い髪の毛が頬に張り付いている。
「ていうか、暫くはアンタ呼ばれないよ」
「えっ、そ、それはどういう……。ぶ、部隊のイジメ的な……? ハブ的な……?」
顔に張り付いた髪の毛を指で払いながら甲斐は立ち上がってシルキーに走り寄った。
「お疲れ様ですぐらい言えばぁ!? アンタと違ってこっちは朝から灼熱地獄みたいなとこに行ってんだからさあ!」
「それは俺たちもだっつの! いいから答えてやれって!」
ノアに急かされ、多勢に無勢だと察したのかシルキーは顔をしかめて話し出した。
「……イジメだったらこんな生ぬるく終わらせないけどね。この前の出動の後に中尉へ戦力外って報告上げたから」
「……は?誰が?」
怒りのスイッチが入ったノアが眉間に皺を寄せた。
そんな様子に臆することなく、シルキーは顎を上げて大きなノアを見る。
「もちろん、俺が。ああ、そうだ。このまま一か月ぐらい経ったら解雇だから」
誰もが手を団扇のように動かしているシルキーを見ていた。
言っている意味を最初に理解したのはネオ、次にシェアトだった。
ネオは眉をひそめて心配そうに甲斐を見たが、シェアトはノアと同じように怒りを剥き出しにしてシルキーへ出来る限り声を荒げないように努力をしながら抗議を始めた。
「シルキーさん、無礼を承知で意見させて頂きます! ……こいつが、戦力外って……どういうことですか? 戦闘力が足りないのであれば、それを伝えないと改善は出来ないと思います!」
「……誰が戦闘力に問題があるからって言った? 問題はそこじゃないけど……アンタ、自分で分かってんじゃない?」
黙っている甲斐にシルキーがイライラした様子でがパスを投げる。
「うちの部隊、なめないでもらっていい?そんな甘いとこじゃないから。別にうちじゃなくてもどっかの企業でキーボードでも叩いて定時で帰って週に二回ぐらい休みでも貰えばいいんじゃない?」
「おい! そんな言い方ねえだろ! カイ、気にすんなよ! ……おい!」
とうとうノアがシルキーの胸ぐらを両手で掴んだ。
小さなシルキーは簡単にその足を床から浮かせる。
走ってどこかへ向かった甲斐を、この場の誰も止められなかった。
そして、まだシルキーとの話は終わっていない。
「……僕がちょっと追い掛けるよ。もし転送装置でも使ってどこかに行こうとしているならまずいしね。それこそ解雇事案だ」
皆、まだ戦闘服を着たままだが甲斐の為に足を止めていたのだがネオはすぐに走り出した。
それに気を取られていると、シルキーがノアの手に触れる。
「うおっ!?」
電撃を放たれ、意思とは別に手が自然とシルキーから離れた。
筋肉を収縮されたようだ。
ノアとシェアトは好戦的な態度のまま、通り過ぎようとしていたシルキーの前に立ちはだかる。
「……邪魔なんですけど?」
「話はまだ終わってねえよ。一体どういうつもりでカイの報告を戦力外なんて出したんだ?」
「……ああ、あんたはまだあの人と一緒に出た事無いから分かんないか。でもそこのワンちゃんは分かってるんじゃないの?」
「……俺が? 何が、ですか? ……ちゃんと、あいつの事見て下さいよ! シルキーさんはあいつの事が嫌いかもしれませんが……それでもあいつはっ」
「何も見えていないのはどっちだ! そんなに近くにいる癖に何も分からないとほざくのか!」
見かけは少年だが、シルキーが発した声はその場にいる者を凍らせる力があった。




