第百二十四話 リチャード来訪
「そうだ、甲斐ちゃん! 久しぶりなんだし、良かったらお花もっていかない?」
素敵な提案には素敵な笑顔が付いてきた。
「マジすか。貰える物はゴミでも貰いたい姿勢で生きてるので頂きます」
「ちょっと見ない間に何かあったの……?」
笑ってくれるかと思えば、女性は少し困ったような表情へと変わった。
こちらの世界の自分は軽口をあまり叩かないのだろうか。
「亜矢さん、お花喜んでくれるかしら? 相変わらず忙しそうだから……」
母の名前を出され、ふと元の世界での両親を思い出した。
どうやらどちらの世界でも母は忙しいようだ。
元の世界の母・亜矢は仕事で朝早くから夜遅くまで働いており、その割に家事もきちんとこなしている超人である。
「凄く喜ぶと思いますよ、花祭りだーーとか叫んで転げ回るんじゃないかな」
「まあ! 是非、その様子を映像で残して欲しいわ。じゃあ、ちょっと待ってて! すぐだから!」
手と体に付いた土を払って家の中へ戻る女性の日に焼けた肌を目に映しながら、甲斐はこの気温の根源を見上げる。
反射的に目を瞑ってしまうが、瞼を落としてもまだそこに存在を主張する太陽の光が憎らしい。
白い透け感のあるシャツを羽織りにして、中は黒のミニワンピースを着ている夏仕様の装いだが失敗だったかもしれない。
ブーツサンダルも黒なので、足元も熱を持ち始めていた。
おまけに頭は黒髪なので頭頂部が燃え上がりそうだ。
「ほら、出来た! どう? 出来るだけカラフルにしてみたんだけど……」
塀越しに差し出されたのはまるで花屋で売っているブーケのようだった。
薄い桃色の花を守るように黄色、水色の小さな花が囲んでいる。
なんとなく花の可愛らしさと色彩のせいでフルラが頭に浮かび、顔が緩んだ。
「めっちゃ可愛いです。これお金取れますよ……。いや、なんかすいませんね」
「いいのよ! だって特別な日でしょう?……うん、甲斐ちゃんが持つともっと素敵ね!」
「……特別? なんかありましたっけ?」
両親の誕生日だっただろうか。
ここで過ごしてきたもう一人の自分は、そういったイベントを大切にするタイプだったとしたらまずい。
あからさまにしまった、というような顔をした甲斐を茶化す様に女性は笑った。
「先に来た男の人、甲斐ちゃんのお知り合いじゃないの? なんだ、てっきり恋人なのかと思ってたのに」
男性が訪ねてきた、という言葉に思わず甲斐は食いついた。
「え?先に?家にですか? ……恋人はいますけど……ロックな赤い髪の毛でした?」
「あかっ……赤い髪の人とお付き合いしてるの!? だ、大丈夫なのよね!? 甲斐ちゃん!?」
どうやら甲斐の想像した人物ではないようだ。
「私が見たのは……真面目そうなスーツ姿の眼鏡かけた男性よ。背も高くて……」
「スーツの……メガネ……? そんな人知り合いにいないですけど……? ……えっ、もしかして……あたしのストーカーとかファンが実家を聖地として訪ねて来ちゃった!?」
「さ、さあ……? もしかしたらご両親のお知り合いかもしれないわね。ずいぶん落ち着いた雰囲気だったけど、まだ若いように見えたから勘違いしちゃったわ。亜矢さんと遊馬さんによろしくね」
軽く頭を下げて、小さな両手で花束を抱えると急ぎ足で家へ向かう。
以前、シェアトが吹っ飛ばしたドアは卒業後に帰省した時には綺麗に直っていた。
保険を使ったのか、以前よりもデザイン性の高いドアへと変更されているが違和感はない。
貰ったスペアキーを鍵穴に滑り込ませると、柔らかい音で開錠された。
ドアを開くと、高価そうな革靴が一つ真ん中に置いてある。
これが隣家の女性が言っていた来客の物なのだろうか。
「ただいまー……。お母さーん、なんかお隣さんから花恵んでもらったよー」
リビングからこちらに向かって来る軽い足音。
亜矢が顔を出すと、驚いた顔で甲斐を見た。
「……おかえり! ちょうど良かった! なんか、あんたの事でSODOMさんから人来てるよ! 早く!」
ジーンズに白いTシャツというラフな出で立ちの亜矢は相変わらず暗い茶色の髪をセミロングにしている。
この時間に家にいるという事は休日だったらしい。
突然来訪者に慌てたのか、亜矢の細い眉の高さが左右で違う。
「はいはいはい分かっ……えっ!? ソドム!?」
甲斐が花束を片手に持って、リビングのドアを慌てて開く。
もしかしたら、そこにいるのは金髪の堂々とした振る舞いをする青年かもしれない。
両手を広げて、あの時はごめんよなんて震える声で言ってくれたら。
「……どうも。まさか、こんなタイミングで再会するとは思いませんでした」
さっと立ち上がったリチャードに、明らかに落胆の色を見せた甲斐は抱えていた花束をダイニングテーブルへ置いた。
「……はいどーも。眼鏡にスーツ……あーそっか、リチャードかあ。そうだよねえ……」
「あま、驚かれないんですね。実家にお邪魔しているというのに」
リチャードはどこか固い微笑みを浮かべる。
「ん? ああ……いや、何してんだろうなとは思ってるよ。あたしに一目惚れして、実家まで来たのかなとも思ってるけど……?」
「そんな……酷い誤解を与えてしまって……本当に……申し訳ないです……」
キッチンからは亜矢がグラスに氷を入れる音が聞こえた。
最近、めっきり誰かが食事や飲み物の支度をする姿を見ていなかった甲斐は懐かしい気持ちが一気に込み上げて来る。
リチャードが座り直すと、甲斐は斜め向かいに座った。
無音の部屋の中で切り出したのは同時だった。
譲られ、甲斐から話し始める。
「リチャードはそれで、東藤家になんの用?」
「……貴女が、魔法技術開発専門学校にいたと知りましてご協力をお願いしに参りました」
甲斐は動揺を悟られぬように無表情でいることに努める。
「本人を訪ねなかったのも、少々確認したい事がありまして突然ですがこちらにお邪魔させて頂きました。是非お母さまからお話を聞きたかったので」




