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第百二十一話 決断の瞬間

 ひとしきり話し終えたボーンがデザートとして出された甘みの強いショコラケーキに手を付けた頃だった。

 リチャードは渦巻く感情に屈する前に、今日ここへ来た目的へと駒を進めた。


「エルガ様へ仕えている私にとって、とても良い話が聞けました。理解しようなど、おこがましいですが一つ前進できた気がします」

「会話を楽しむと更に料理が美味く感じるな! このチョコはどこのだ? ん?」



 『会話』というのはこんなに一方的だっただろうか。



 ボーンにこの先、配偶者が出来る事は絶対にないだろうと言い切れる。

 お手伝い天使がすぐさま料理の産地を表記したボードを持って来たが、ボーンは軽く目を通すと大袈裟に産地を読み上げ、「だからうまいのだ」などと納得の声を上げた。



「……あの、実は恥ずかしい話なのですが……」



 リチャードの少し小さな切り出しに、妙に食いついたボーンはボードをお手伝い天使に押し付けるように返すと前のめりになる。

 掴みは非常に良いようだ。


「現在、有能な開発技術者……研究分野にも秀でている者を探しておりまして……」


 大きくうなずくボーンの目は、どこか怪しく光っている。


「私自身、ただの事務上がりなもので…必死に探してはいるのですが空振りばかりでして…。是非、一度側近として素晴らしい功績を残したボーンさんにお会いしてお話を聞きたかったのです」


 低姿勢でいけば、自分の後継者でもある現代表側近を無下には出来ないだろう。

 それは後輩を心配する純粋な気持ちでは無く、昔の武勇伝を語るきっかけに対する下卑た悦びが原動力となっているのも分かっていた。




 だが、それこそがリチャードの望んだ展開なのだ。




「何を始めようとしているのか、私は知っているぞ。だが今はその内容について触れるよりも、悩める子羊に指標を与えよう!」


 意気揚々と話し出したボーンからリチャードは目を離さなかった。


「……私も同じ任を受けたことがあった。SODOMが人を求めている! そんな噂が立てば呼んでもいない客人が増え、その対応にあたる時間が取られる。そんな事は許されん! そうだろう? そうだろう?」

「その通りですね。ただ、文献の著者を探しても誰がこの件を受けてくれるのかさっぱりで……。自分の失敗を語るのは得意ではないのですが、もう何人かに断られてしまいました……」



 本当の事である。

 演技などしなくとも、すらすらと話す事が出来た。



「はっはあ! 人を知るのに書物を調べるのか! 君の履歴書に人柄や性格までも書いていたか?個人サイト、その人物にまつわる批評のあるゴシップ誌……なんでも使ったらいい。SODOMが話題にも挙がらぬ弱小企業であれば難しい話だが、名のある研究者達ならば一度はSODOMについて意見を求められているだろう。なんといっても研究開発の第一線を走り続けているからな!」

「ええと……?」

「まだ分からんのか! こちらへ協力的な意見を暗に含んでいる内容を記事にされている者をあたればいいだろう! それはいわばこちらからのスカウト待ちのようなものだ! そんな人間履いて捨てるほどいるぞ!」



 考えもつかなかった。



 情報収集に時間をもっと割かなければならなかったのか。

 ボーンと向かい合って二時間、ようやく一つ得る物があった。



「いや、本当に勉強になります。私は私なりに動いた結果……、最近煮詰まっていたのですがこんな学校を見つけまして……」



 手の平に小さな魔方陣を発現させ、召還したのは自室に置いていた魔法技術開発専門学校のパンフレットだった。

 何かを思い出したのか、ボーンは目を一瞬大きくした。

 手を伸ばして来たので渡すと強く付いた皺を伸ばしながら、まじまじと見つめた。



「ご意見を、お願いいたします」

「ここか……。うん、目の付け所は悪くない」


 探るような目つき。

 何か、聞き出したいという気持ちが込められている。


「……ありがとうございます」

「……もう、ここへは行ったのか?」

「いえ、ここに本当に良い人材がいるのか分かりませんので。その相談をしたかったのです。がむしゃらに走り回って無駄に汗を流すよりも、経験豊富な方からのお話をこうしてディナーと共に聞いた方がよっぽど利口だと思いませんか?」


 餌を、咥え込んだ。

 こうも分かりやすいと逆に疑った方が良いのかもしれない。

 

 数年前に魔法技術開発専門学校を訪れ、甲斐に仕事を依頼していたのはボーンだ。

 その予想は確信へと変わった。



 あれだけ饒舌に話し、何からアドバイスしてやろうかと意気込んでいたボーンはみるみる内にその火力を一定に保ち、何かを考えているようだ。



 リチャードがポールマンの意思を継いでいるとは夢にも思っていないだろう。

 確かにボーンはリチャードの瞳を見なくなった。


 パンフレットを開いて見ている場所は生徒達の集合写真だ。

 もしも自分なら、どう考えるだろう。

 そうリチャードは目の前でじっとパンフレットに見入っているボーンを見て思った。



 甲斐が消えた事に本当にSODOMが、そして自分が関係しているのであれば何も知らずに再びこの学校の生徒に仕事を依頼しに行こうとしている後輩を止めるのではないだろうか。

 それも、薄っぺらい言葉で。



 まさか後輩がとっくに魔法技術開発専門学校へ出向いており、生徒が一人消えたという事も知っているとは夢にも思わないだろう。



「ここは……確かに優秀な生徒は多いが……。どうだろうな、いや、ここにいるのは皆若くなんの責任も負った事のない子供に毛が生えたような人間ばかりだろう。……そうだ、ローレンスはどうだ? あ、いや……ハワードは?」


 まだ現役のように魔力研究に知識のある著名人の名前をすらすらと出せるボーンはやはり出来るようだ。

 しかし、親しげにファーストネームを呼んではいるがどういった人物でどういった思考の持ち主なのかまでは把握していないようだ。


「どちらも尋ねましたが、門前払いでした。……これ以上、SODOMの看板に泥を塗る訳にはいかないのです」


 焦りすぎ、口が出すぎた事を知ったボーンは唸る。

 

「この学校の生徒たちは我々からしたら子供だとしても、技術が望むラインに到達しているのであれば問題は無いと思います。責任も、覚悟も私が共に背負うつもりです」



 止まらぬであろう強い意志を持ってリチャードはボーンを見つめた。



 やがて観念したようにパンフレットの裏面を向けてリチャードへ返す。

 食後のコーヒーが出され、室内は香ばしい豆の香りに包まれた。


 

 もう、ボーンにはリチャードへ事情を話して学校へ向かうのを阻止するしかない。

 それしか手立てはないだろう。

 それとも失態を知られる道を選ぶだろうか。



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