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第百十九話 SODOMでのエルガの生活

「まあ、そこへ次に行ったのは預けてから五年後だった。魔法の扱いも一流、頭の中の出来栄えも上々と聞いたさ」


 五年間も、そんな異常な場所に置き去りにされていたのかとリチャードは驚いていた。


「五年もの間、リタイアせずに無事に修了できたという事はこの世界で分からぬ事こそないといった具合だろう。周囲が一人、また一人と減っていく中で常に最高の成績を叩き出し続けたのだ! 才能、とすら言えるだろう!」


 まるで息子の話ように、自慢げに話すボーンにリチャードは苛立ちを覚えた。


「ただ人がいても関わらな過ぎたせいだなあれは……。迎えに行った私が見たのは、以前のエルガ様ではなかった。……言った事に対して返事はするが、それ以上の感情も言葉も無かった。てっきり恨まれていると思っていた。その根は深く、殺されるかもしれないとさえ!」



×  ×  ×  ×  ×



 ボーンが持って来た服に着替えたエルガはもはや人として機能していなかった。

 無表情の内側も空なのが分かる。

 悲しみも、怒りも、もうなにも彼の中には無かった。

 感情そのものを摘出されたような抜け殻の少年は皮肉にも神秘的な美に磨きがかかっていた。



×  ×  ×  ×  ×



「笑顔で挨拶をしてくれるなんて期待していた訳じゃないぞ?  だがあれは、生きて来た中で初めて見る人間の表情だったな。ふむ、そろそろチーズが出てくる頃か?」


 好物の肉料理を魚料理の前に出すようにしたが、口直しのソルベをパスして次の料理を期待するボーンの考えが読み取れない。

 この時間を使って、誰にも言えずにいた心に刺さったままの棘を手渡す様に抜き去っているようだ。


「なに、SODOMへ連れて帰って来てからは、早速秘密裏に隔離された空間で研究を始めたんだ。世代交代は後継者が高校を卒業した日に行われる。そう考えると遅いぐらいだが、エルガ様の発想と実力は研究者が寄り集まっても敵わないものだった! やはり素晴らしいのだ!」

「……そうですか……」



 エルガは一度殺されてしまっていた。

 どうしようもないほど、何もかも壊されていた。



 後継者として必要な器に、値になるまで何故成長を待てなかったのか。

 そんな考えは果たして甘いだろうか。



 植物が実を付けるのを待てずに捨ててしまうのは子供のする事ではないのか。



 礼儀をわきまえつつも、無邪気に笑ったいつかの天使のような少年はもうどこにもいないのだ。


「設計図一つとっても、直した事などただの一度も無い! それがどれほど偉業か分からんだろうな! その計画に関わるどの分野の目から見ても完璧だったんだぞ!」


 熱く語りすぎたのか、ボーンはくらりと目を回した。

 急ぎ、リチャードが水を頼もうとすると手を振って拒否する。


「水は結構! ……ワインをもう一本頂いてもいいだろうか……? も、勿論これは自分で負担する! 話していると喉が渇いてな! ワインは嫌いか?」

「嫌いな酒はありませんが……」


 見ればとっくにボトルの中身は無いようだ。


「気が利かずに申し訳ありません。チェックの事は気にせずにお好きに食べて、お飲み下さい」


 お手伝い天使にワインを十本ほど用意させ、ボーンに好みのボトルを選ばせる。

 グラスを交換し、一杯目を丁寧に注がれると甘い香りが室内に広がる。



 ボーンは一気に飲み干したが、勝手にまたグラスにはワインが注がれる。



「施設と比べればSODOMへ来てからというもの、幸せだったはずだ! エルガ様の存在はSODOM内でも知る者は私とデミウ様くらいだったから出歩く事は叶わないが、代わりに広い部屋を与えられ、リタイアへの恐怖もない! 頭のおかしいルームメイトもいなければ、私達もいる! ただ……広い部屋が逆に不安だったのかいつも壁を向いて隅にいたな……」


 十歳になろうという子供にそんな生活をさせておきながら、『幸せだったはず』というボーンは頭がおかしいとリチャードは思った。


「黙々と仕事をこなし、時には眠らずに兵器開発に明け暮れていた! 本当に素晴らしい人材だったが、体調管理には苦労したようだな、うん。今も高値で取引されている兵器の中にエルガ様がお作りになった物も多いぞ!」



 『素晴らしい人材』

 それは望まれた形にエルガが形を変えただけだ。


 リタイアした者を迎えに来る人物がここへ連れて来た人間と違う事をエルガは知っていただろうか。

 思考を止めれば、理解をしなければ明日には座っている席が奪われる。



 そんな重圧の中で五年も過ごしたエルガは兵器開発に携わりながら、何を想っていたのだろう。



「今こうしてようやくエルガ様が後継者へ就任し、堂々と表立って仕事に関われている事を私は嬉しく思っている! きっとエルガ様も同じ想いでいらっしゃるだろう! 自分の開発した兵器が、今も人気のある製品だという事を知っているだろうか? 懐かしく思えるんじゃないか?」

「……どうでしょうね」


 知っているかどうかは分からない、という意味合いにアルコールで頬を赤らめているボーンは口角を上げた。

 リチャードの返事は、二つ目のクエスチョンに対してだったのだが。


「兵器も規制が多くてな、その枠を斜め上の視点から乗り越えていく発想にはいつも驚かされていた! ……そして、エルガ様は架空の経歴を作られていたが高校で人間関係を学ばなければならないとデミウ様からお達しがあった。私は反対だった。今更同じ年月を生きただけのすっからかんな子供たちと馴れ合えるとは思えなかった!」


 カットされたチーズをひょいと指でつまむと、一齧りした。

 下で溶かしながら味わう様子を見ながら、進まなくなっていた手を再び動かす。


「……正直な所は、エルガ様が戻られ……五年間に残した功績が偉大過ぎて手放したくなかったんだ。これは私の勝手な気持ちだ。誰も、子供の時のエルガ様が当時の開発に関わっていたなど知らないからな。よりによってフェダインのランフランクと話をつけて来た時にはこの世の終わりが……いや! 大災害が起き、隕石が降って来たようだった!」

「……全寮制、だからですか?」


 気に入ったのかまたチーズを味わっているリチャードが何度も力強く頷いた。

 リチャードも柔らかいチーズを手に取り、苛立ちを抑えようと歯と歯が当たり、軋むまで顎に力を入れて咀嚼した。


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