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第百十四話 ボーン・アンバッサンの元へ


 

 リチャードの顔色は日に日に悪くなっていた。



 いくら時間を費やして調べても、接待をしてまで協力を依頼したい人物は見つからない。

 文字が連なる文献を探せばいくらでも優秀な人材は溢れているのに、どうにも人柄が見えてこない。


 そうして一冊、また一冊と読み進めていく内にポールマンのあの表情が浮かんだ。

 まずはエルガから受けた仕事をこなさないと、ポールマンとの約束は果たせそうになかった。

 だが、ピンと来ない人物ばかりだ。



「……一度、行ってみるしかないか」


 

 椅子から久しぶりに立ち上がると、腰が鈍く痛む。

 食事も忘れていたが、リチャードは思い出せぬまま部屋を出る。



×  ×  ×  ×  ×



 アルビダが勧めた魔法技術開発専門学校。

 彼女がそこに務める教員に顔を利かせてくれるのかと思っていた。


 だが、それは勝手な勘違いだった。

 アルビダが魔法技術開発専門学校を勧めたのは、エキスパートといわれる最高ランクまで登り詰めた精鋭達に仕事の依頼をするようにという意味だったのだ。

 落胆しつつも、未来の実力者達に依頼するのも悪くないかと精鋭達のカタログを見ていた時だった。



 その中に、カイ・トウドウと瓜二つ、いや、まるで本人と寸分違わぬ容姿の女性がいた。



 現在は行方不明という事だが、聞けば聞くほど明らかな事件性を感じる内容だった。

 学校にまだそのまま残されている彼女の研究室には大量の出血の跡が今も生々しく残っている。

 そして、彼女が背負った秘密という重さは追跡を阻んだ。



 民間警察どころか、その親族にも知らせていないこの事件を観測機関へ話を上げる事は出来ないという。



 消えてしまったとされるカイ・トウドウと、特殊部隊にいるカイ・トウドウ。



 リチャードには何が起きているのかさっぱりだった。

 しかし、ポールマンが言うには消えたカイ・トウドウはあろうことか、当時SODOMからの依頼を受けていたらしい。

 数年前、リチャードと同じように優秀な技術者を探してここを訪れたSODOMから来訪者があったとも。



 リチャードにはその来訪者に一つ、心当たりがあった。 



 生まれてからこれまで、人生で一度も不義を働いた事は無い。

 だからだろうか、歴代の従業員名簿が保管されている書庫の鍵を取りに管理室のドアをノックした音が己の鼓動に聞こえたのは。

 自室からこの管理室へ向かう道中、通りすがる社員の目が気になった。



 大出世を果たした元事務員を尊敬の眼差しで見る管理者の態度が疑っているように思えたのも、全て度胸が足りないからなのだろうか。



×  ×  ×  ×  ×



「……リチャード・アッパーだ。個人的な用で来た。『ボーン・アンパッサン』を」



 この書庫を管理しているのは誰に加担する事も無く、誰に密通する心配も無い番人だった。

 部屋全体と連携しているセキュリティシステムの電子生命体だ。

 社員の持つ権限によっては閲覧・貸し出しが出来ない資料が多い。


 リチャードは今、代表の側近である。


 それがどれほどの地位なのか、いまいち掴めていなかった。

 退職した者の資料など、出してもらえないかもしれない。




 それを判断する番人の名は『ジャッジ』。




 その姿は見る者によって変化し、可愛らしい少女だと言う者もいれば悪魔の様なおぞましい姿をしていたと言う者もいる。


 今、リチャードの前に立っているのは無表情の中年男性だった。

 これといった特徴は無いが、強いて言うならばスーツがよく似合っている。

 知った顔ではない事に安堵していると、リチャードの認証に問題がなかったようでジャッジは動き出した。

 右手を肩の高さと水平に伸ばすと巨大な本棚から一冊の資料が飛び出し、彼の手に収まった。

 そしてゆっくりとこちらへ戻り、ぎこちない動きでそれを差し出す。

 

 受け取るとリチャードの手首にバングルが巻き付いた。

 バングルには『貸し出し中』と書かれたドッグタグも付いている。




「……これは、お洒落だな」


 そう言って笑ってみせたが、ジャッジは無表情のままだった。


「……すぐに返すよ。そんなに睨むな、愛想が悪いぞ」


 上段への切り返しはどうやらプログラムに無いようだ。

 珍しくリチャードは憎まれ口を叩く。


「見ているだけです。人とは目を合わせるようにプログラムされています」


 すらすらとジャッジは話し出した。


「私達に感情はありません。よって表情もありません。もし、私達が何か貴方に感情を抱いているように見えるのであれば、それは貴方の心がそう見せているのです。情報の取り扱いにはご注意下さい」

 

 急に話し出したジャッジのせいでリチャードは資料を手から落とした。

 分厚いファイルに挟められていた書類が床に散らばる。

 慌ててかき集めながら、まんまと驚かされた事に腹が立った。


「そうか、それならいいんだ。ただ、人を目を合わせる前に挨拶をするともっと良くなると思うけどな!」

「貴方が入って来た時、無言でしたので静寂を守った方が良いかと判断しました」



 見事な切り返しだ、いや、事実ではあるのだが。

 口をあんぐりと開けてジャッジを見上げると、眉を上にずらした。



「思った以上に人間に近いんだな……。すまない、その……無人だと思っていたんだ。君がいることは知っていたけど……ああ、いい訳なんてダメだな。挨拶もせずに入り込んで用を申し付けるのは無礼だった。謝るよ」

「いいえ、お気になさらず。人間と近いのは会話方法や切り返しが、という意味ではそうかもれしません。ただ、絶対的な違いがあります。先程も言った通り、私には感情という概念がありません。ですから気を悪くする事もありません。よって謝罪をする必要は無いと判断できます」

「……謝罪には、色々な意味があるんだ。私は、そう思っている。君が明るいヤツで良かったよ、ジャッジ」


 握手をしようと手を差し出すと、またぎこちなく動いた。

 ジャッジの伸ばした手を掴むと、それは人の手と何も変わらず、温かかった。

 きっと色々な魔法や技術が結集して彼が出来ているのだろう。


「また来るよ。今度は少し微笑んでくれると嬉しい」

「要望としてすぐに制作元へ発行しておきます」


 そう返したジャッジの口元が少しだけ笑っているように見えたのは、見間違いなのだろうか。

 人の目というのは不思議なものだ。


 資料を脇に抱えてリチャードは資料室の鍵を返しに行った。

 今度はノックの音も軽く、管理者も笑顔で対応してくれている。

 人はなんて単純なのだろうと思う反面、世界は自分次第で変わるのかもしれないと思えた。



 転送装置へ足早に向かうと、そこでようやく資料を落とさないように気を付けながらボーンの履歴書を探す。

 知っている彼の姿では無い写真がクリップで挟まっていた。


 それは今のリチャード程の年齢だろう、皺も無く、高そうなスーツに身を包んでこちらを見つめるその瞳はまるで権力者さながらの光を帯びている。



「ナンバー……77799216387。ボーン・アンバッサンの家へ」



 前SODOM最高責任者の側近であり、若い頃から数十年という長い年月を過ごしたボーン・アンバッサン。

 最高責任者が世代交代を果たしてからは退職し、現在は隠居しているらしい。

 上手くいくかは分からないが、彼が亡くなる前に一つでも多くの情報を聞き出すしかない。


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