第百十一話 逃げ出す死体
砂の上を駆ける三人。
たった三人で武器を持った兵士達に立ち向かう彼らは十分すぎるほどに恐ろしい存在だった。
あっという間に味方は地に伏していく。
彼らに出来る事といえば、倒されるだけだった。
シルキーは高笑いをしながら、味方の減った状況に焦りを見せ始めた兵士達の立つ周囲にわざと大きな攻撃を加えていく。
そうして散々脅し抜き、冷静さを失ったところで手を掛けている、悪趣味な戦闘を繰り広げていた。
そんな様子を横目で見つつ、ギャスパーは甲斐と並行して動いていた。
ギャスパーは兵士達を攻撃する際も何の感情も見せず、ただ淡々と仕事をこなしていた。
早過ぎるペースに遅れ気味になって来ている甲斐は、相手を指一本動かせない状態にまで一撃で追い込んでいく。
しかし、どの兵士にもとどめを刺さず、すぐに次の標的に向かっていた。
「アンタで最後だ、十分お祈りの時間はあっただろ?気分はどうだ?ん?」
シルキーが砂の上に横たわった男にゆっくりと歩きながら近づいていく。
「ほらほらどうした?俺が話してる間は命が延びるぞ! 楽しませてみろよ!」
男が寝転がりながら銃を構える。
臆することなくシルキーはその前に立ち、銃身を片手で掴んで引き寄せた。
男の引きつった口元が恐怖を物語っている。
砂漠に合わせた土色の迷彩服も、近くで見ると安っぽく違和感がある。
むしろこの砂漠の上では目立って見えた。
引き金を何度引いても砂の中へ弾丸は吸い込まれて行く。
揺れる視界と、腕のせいで銃口は揺らぎ、シルキーが銃身をつかんでいるせいで当たるはずはなかった。
そんな茶番に付き合ってはみたが飽きてきたのか、シルキーが暇そうな片手を上に向けた。
軽く指をくいと動かすと、砂の中から押し固まった土が太い杭となり、男に向かって飛び出した。
足や胴、背中も貫かれた男は息なのか呻き声なのか分からぬ音を発すると急にむせ込んで血を噴き上げた。
欠伸を噛み殺してシルキーはとうとう動く力も失った男の前に立つ。
そして顎を引くと、後ろで手を組み両足を開いて見上げた。
「急所は全て避けてある。お前は反政府勢力として今日まで生きて来た訳だが……どうやら人生の終わりが近いようだ」
男はまだどうにか意識はあるらしい。
シルキーに向けている眼差しは怒りなどといった言葉では表しきれない。
「さて! せっかくだ、こうなる為に生きて来た気分を聞かせてくれよ! 志しも途中、仲間も死んでさ! これまでの人生、何かを成し遂げることはできたのか!? お前たちが忌み嫌った政府は今も国を回している! 結局何が残ったんだ?財産!? 家族!? 仲間との絆!?」
嫌な笑顔を浮かべてシルキーは高い声で問う。
「腐ってる……この世界も、あんたらも……!」
そう吐き捨てる男の口からは言葉の後に、大量の血があふれた。
「ざ~んねん! 俺達は、正義だ。この世界の平穏を守るという大義名分がある。……そしてアンタらは、悪だ。なんて言おうとそこは変わらない。……アンタみたいのをもう何百人と見て来た。そしてたま~にこうやって話してみたくなるんだ」
流れ落ちる血も、震え出した男の額から滴る汗も、全てこの地を形成している砂が吸収していく。
砂は色を変え、変化を受け入れる。
「そして、毎度毎度落胆させられる」
真顔に戻ったシルキーは、冷たい声で続ける。
「口先だけで理想を語り、それに伴う力は持たず、武器の後ろに隠れて叫ぶ。最低だな」
男は残された命を、咆哮に燃やした。
轟く大声はまるで追い込まれた獣の発する力のある声だった。
急なやかましさにシルキーは顔をしかめ、五本の指を手招くように動かすと取り分け太い杭が男の下顎からいとも簡単に侵入し、頭頂部から角のように先端を覗かせた。
その様子を見下しながら、首の骨を鳴らし、シルキーは皆を集める。
砂漠の戦闘は、人知れず幕引きとなった。
× × × × ×
甲斐とギャスパーが集まり、シルキーが甲斐に小言を言っている時だった。
急に瞳が鋭くなったシルキーにギャスパーだけが気が付いていた。
「……おい、三時方向から来たのは誰だ……」
こちらへ来る際に右側を担当したのは甲斐だった。
少し考えてから、やっと思い当たったのか甲斐の体がぴくりと動く。
ギャスパーは首を曲げて甲斐を見ている。
観念したのか甲斐はシルキーに顔を向けた。
悪戯がばれたような表情で口をへの字に曲げてみせると、シルキーは頬をひくつかせている。
そして振り向いて睨み続けるシルキーの視線を追った。
「はいはいなんスか? もうー……ちゃんと片付け……」
自分の来た方を確認すると、息はあるが動ける状態ではないはずの敵の一人が身を起こした。
少し不自然な動きで、右手を宙に上げたままゆっくりと足を引きずって素早く後退していく。
「……わわわあいつこえええええ!」
「あれは……ああ、参ったな。カイちゃん、息の根止めなかったんですねえ」
ギャスパーは妙に落ち着いた様子で肩をすくめる。
「息の根止めないとあんな不可思議な動きしてまで逃げ出すもの!? 怖い! さすが海外! ゾンビ的なやつが日常的な感じで受け入れられるんだ!?」
「お前! 普通に仕事適当にしてます発言してるけど、中尉に報告上げるからな! ……それにしても、面倒な事になったな…」
舌打ちをして、今にも飛び出そうとするシルキーを手で制したのはギャスパーだった。
カチカチと噛み合わせを確認するように歯を鳴らし、目標だけを見つめる。
「私が行きますよ、先に戻ってて下さい。……この任務の終わりに必要なのは、貴方の報告です。『問題無く反政府勢力を殲滅。全員無事に帰還』……どうぞよろしくお願いします」
珍しく、いつも無気力なギャスパーが名乗りをあげる。
「あ、そ。……んじゃ、よろしく。おい、行くぞ出来損ない」
「できそこないぃ~? マジで失礼ですよね、シルキーさんって……」
この問題の主犯格である甲斐は何故か生えている立派なサボテンに話しかけた。
「あっ、やだー! 間違えちゃったー! これシルキーさんじゃなくてサボテンだったー! 背丈おんなじぐらいだからー! 間違えちゃったー!」
予告なく稲妻を乱れ撃ちされ、真顔で逃げ続ける甲斐。
一瞬の間にギャスパーは敵を追いかけて行った。
甲斐は雷を避けながら、踏み込む度に起きる僅かな砂煙を頼りに走るギャスパーを探し、逃げ出した瀕死のはずの男との距離を測る。
「あの! シルキーさん! 『面倒な事』って! ただ! とどめ! 刺すだけ! じゃない! んですか!? ……話してる時くらいやめてよ攻撃ーーーーー!」
「当てたらやめる。……『面倒な事』はお前がしっかり仕事をしないせいで余計なものを呼び込んだってことだよ。さっきの反政府勢力よりも腕が立つだろうしな……」
一向に攻撃の手が緩まず、甲斐はギャスパーの向かった方向へと追いやられて行く。
逃げ道が無いのでそのままシルキーから離れるしかない。
「もういいですー! ギャスパーと戻りますーー!」
悔しまぎれにいーっと食いしばった歯を剥いて走り出した甲斐を見送ると、シルキーは近くにあったサボテンに雷を落とした。
弾けるように折れた小さなサボテンは無残にひしゃげた。
それはまるで、降参というように両手を上げる人間のシルエットのように見え、シルキーは素早く蹴り壊した。




