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第十話 幸せそうに微笑まれると



「こんなに魔力の強い人を殺すなんて……きっと先生落胆されるわあ。勿体無いけど、さような……ら……?」




 頭上に投げられた物を目で追った彼女はこの瞬間、敗北が決まった。



 僅か一秒、理解する間も与えられず、辺りは白に染まる。

 爆発音によって聴覚は互いにゼロになった。


 閃光をしっかりと目に焼き付けてしまったチェルシーの動きは止まり、身をすくめている。

 しかし投げた本人であるシェアトは目をきつく閉じていた。



 そして今、茫然と何も出来ずに身を硬くした彼女が見えている。

 引きずる力も術者の混乱のおかげで解けている。




 風向きが変わった。





 素早く足払いをして床に彼女を倒すと馬乗りになって暴れる腕を掴んだ。



「確保! このまま拘束する! ……まあ、どのみちフラッシュバンにやられて聞こえてないだろうけどな」



 聴覚が麻痺しているので自分の声もどの程度の大きさなのか分からないが、しっかりと遠くまでシェアトの声は響いていた。

 寝袋状の拘束魔法をかけて無力化し、運び出すのも面倒なのでそっと壁に貼り付け、逃げられないようにした。

 やっと事態を理解したチェルシーは何かを喚いていたが聞こえない。




「とにかく進むか……。あいつは無事なんだろうな……!」




 そろそろシェアトが直線を走るのにも飽きてきた頃、ようやく右折の矢印が現れた。

 息を切らして曲がると念願の甲斐の姿が見えた。



 こちらに向かって走って来ている。



 その足音も全く聞こえないのでまだ聴力は回復していないようだ。

 手を振って自分の耳を指し、手でバツを作ってみたが向こうはしきりに何かを叫んでいる。


「おいおいおいおい……! ふざけんなよ……!」

「シェアトー! 逃げて逃げてー! こいつらキリないからー! もうお手上げ=!」




 叫ぶ甲斐の後ろには沢山の人がいた。




 それも皆手を前に突き出して甲斐を捕まえようと全力で走っている。

 昔に見た、ゾンビ映画さながらである。



「モテモテじゃねぇか……。どけ!」



 防御壁を甲斐の後ろから壁上に展開させると次々に追って来た人間たちはぶつかり、後続の者に押しつぶされる形で身動きが取れなくなっていた。

 膝に手をついて息を整える甲斐は喉から血の味を感じていた。



「ぶ、ぶっ……はあ……無事で……良かった……。全然……はあ……連絡取れないから……てっきり死んだかと思ってたよ……」


 本調子とまではいかないが、ようやく少しだけ聴力が戻ったようだ。


「俺様が負けるわきゃねーだろ。それにしてもこいつら、疲れねぇのか?おい、矢印は一緒の方向か?俺のはこの壁の先を指してんだけど」

「あたしも同じ! でもこの通路に入ってからずっとこの壁の向こうってなってるけど、この壁ってどの位の厚みあるんだろうね? 二人でやれば壊せるのかな?」

「壊せなくても壊さなきゃ進めねぇならやるしかねぇな。よし、行くぞ」



 二人は両手で間髪入れずに攻撃を撃ちこむ。



 思ったよりも薄い壁だったようで、一人ずつなら通れる大きさの穴が空いた。

 中は何処かの地下フロアに通じていたようで、眩いばかりの照明が使われている。


「あたしから行くね! ……おお、なんだここ。待合室……?」



 制止が間に合わなかったが、安全そうだ。



 甲斐の後に続いてシェアトも中へ入るとそこは確かに病院の待合室の様な空間だった。

 清潔感のある白貴重のタイルと、緑色のレザーソファが並べられ、受付と書かれたカウンターもある。


 一つだけしかドアが無いのでそこから行くしかなさそうだ。

 一応周囲を警戒するが、人の気配どころかセキュリティもかけられていないらしい。

 


 二人の足音だけが響いていた。

 視界のガイドも目的地へ到着と書かれ、矢印は消えてしまっている。



 ドアを開けると音質の悪いクラシックが聞こえて来たが、所々飛んでいて耳に触る。

 足音を立てないよう忍び足で二人は左右の壁に背を預けて進んで行く。

 柔らかな光が足元と頭上を照らしている中、中途半端な長さの通路の中で暖色系の明かりが漏れている部屋を見つけた。


 目配せをして勢いよくドアを蹴り、突入する。





「民間警察だ! ローレス! 逮捕……おい……?」





 そこには若い女性が揺り椅子に座り、優しげな微笑みを浮かべながらゆっくりと揺れていた。

 白い病衣を着せられており、腕からは管が出ている。


「……い、生きてるっぽくない? あのひと。どうしよう、なんかめっちゃ幸せそうだけど、邪魔しちゃ悪いかな? て、撤退する?」

「シッ。おい、民間警察だ!」



「その通りだ、民警の犬よ」



 スクリーンタイプのパーテーションから現れたのは、正にローレスだった。

 視界のガイドが顔写真と照合し、一致させた。

 赤文字で『目標』とローレスの上に表示している。



「……邪魔をするな。彼女ももうすぐ規定値に達する。私のしている事が何かも理解出来ないで裁こうというのか……。愚かな事だ。見ていろ、そして直接聞いてみるがいい。私は逃げも隠れもしない!」


 そう言ってローレスはパイプ椅子に腰を掛けた。

 堂々たる振る舞いに判断を迷っているのは甲斐だけではない。



 ローレスの言う通り、揺り椅子の上の女性はゆっくりと目覚めた。

 そして深く息を吐くとこの場にローレス以外の人物がいる事に、驚いた様子で目を大きくする。



「……先生……? この方達は……? ……あら、彼女達の制服……見た事がある気がするんですが……」

「彼らの事は気にしなくていい。気分はどうかね?君の幸福な記憶を再生したよ、もう八日も経ったんだ。何か食べなさい」

「……大丈夫です……。とても、幸せだったの……。ねぇ先生、今、本当に私は……現実にいるのかしら?」


 はあ、と熱い吐息を口から出す彼女は幸福感に包まれている。


「ああ、現実だ。ああ、管を抜こう。気を付けて帰りなさい」

「……先生、先生……ちょっと待って……? 思い出したわ……その制服……民警ね!? どうしてここにいるの!? 先生! 逃げて! この人達、きっと先生に酷い事するわ!」



 管を抜く前に女性が立ち上がってしまった。

 その拍子に彼女に刺さっていた管が無理に抜け、床に落ちる。

 腕が傷ついた場所から血が流れ出ていた。


 ローレスはゆっくりと彼女の肩に手を置いて、落ち着かせようと微笑む。

 助けに来たはずが、どうやら望んでこの場に来ているらしい女性の敵意の視線に捕らわれ、二人は顔を見合わせてしまった。

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