第百七話 リチャードからの通信
甲斐がシェアトと共に仕事から戻ると、待ち構えていたダイナに手招きをされた。
ダイナは仁王立ちのまま、唇を動かさないようにして小声で連絡を伝える。
「えっ!? ソドムからあたしに連絡!?」
驚きのあまり大声で復唱してしまった甲斐を殺す妄想をするように、ダイナは一度きつく目を閉じた。
その声にシェアトは怒りに似た表情を見せ、シルキーの瞳が光る。
付いて来るように言われ、甲斐は足早にダイナの後ろを追いかけた。
「誰ですかどなたですか!? もしかして金髪ですか!?」
「知るか! 音声通信だったと言っただろう、十言っても一しか理解出来んのか貴様……!」
上官室に通され、ダイナの横で音声通信に出る。
W.S.M.C宛に来た通信はここで受けるらしい。
「はろーう! もしもし!? ……切れてる! ちゅーい! これ切れてる!」
「……切れてないです、すみません。面食らってしまって……。私です、SODOMのリチャード…といっても覚えていらっしゃらないかもしれませ「リチャード! この前のメガネさん! こんにちわーい。なんだあ、エルガかと思ったのに。何用?」
食い気味に話す甲斐のペースに巻き込まれぬよう、一度息を吐く。
「……あの、突拍子もないことなのですが一つお伺いしたくて」
「ん? なに? なんでも言ってみ! 言うだけタダだから!」
若干、何かを考えているような間が空いた。
「あの、答える義務も無ければそんな義理もありません。それに先日の非礼もあります。……それを承知の上でお伺いします。貴女の出身校がどちらか、気になりまして……」
突然職場に通信を繋げ、呼び出したと思えば出身校を教えろという。
リチャードは自分で考えてみても最悪な計画だと思った。
実行に移せたのは、甲斐のこの気持ちのいい性格に甘えているからだろう。
「あたし? フェダインだよ。ほら、魔法学校の。太陽組のカイ・トウドウ。そこから普通に試験を受けてここに入ったの。オッケー?」
「そう……でしたか。代表と同じ学校出身だったんですね。トウドウさん、お時間をありがとうございます」
「……えっ!? 終わり!? 別にいいけど……。フェダインの制服、あげれないよ……ごめんね……」
「……は?」
何故か甲斐は小声で少し怒ったような口調になる。
「あたしで妄想するのは勝手だけど、こんな形で情報を渡すのはちょっと微妙な気分になるよ……。まあ確かに、あたしチビだから若く見えるんだろうけどさ……。写真とかあれば送ったほうがいい……?ていうかリチャード何考えてんの……?やっぱりムッツリスケ「私に、そんな、性癖はありません。そして、貴女は、少し、酷く、自惚れているようだ……!」
甲斐を突風で部屋から放り出し、ダイナが相手には見えないというのに鳥の巣のような頭をぺこぺこと下げた。
「部下がとんだ失礼を……! なんとお詫びしたらいいか……!」
ドアは自動で開き、通路に転がった甲斐はダイナの顔を見る間もなく、閉まった。
「……なんだったの……? いったあ……」
「……相変わらず普通に物事を終えられねえのな、ははっ。ほら、手」
シェアトが手を差し出し、甲斐が掴んだのを確認すると引き起こしてやる。
どうやら甲斐が出て来るのを待っていたようだ。
まだ二人は着替えも終えていない。
「…で、なんだったんだよ。SODOMからお前宛に連絡なんて……」
「……いやあそれが、あたしもなんだったのかさっぱり……。あのメガネのリチャードから出身校聞かれただけ」
「はあ? なんだそりゃ……」
てっきりエルガから直接連絡が来たのかと、そんな期待じみた想いを抱いてしまい、シェアトは自分が嫌になった。
いつまでこんなありもしない期待をして、勝手に裏切られた気持ちになるのだろう。
リチャードが何故甲斐の出身校を聞いて来たのかは分からない。
本人から直接聞くというフェアな姿勢は評価できるが、エルガの側近のはずの彼が一人で何をしようとしているのかまでは分からなかった。
甲斐は根本的に人を疑わない。
何故かと理由を聞いてから答えるなんて、駆け引きはしなかったのだろう。
シルキーに付いてSODOMへ行った際に見せた甲斐のエルガに対する態度が引っ掛かったのだろうか。
問えばすぐに答えただろうが、わざわざこうして職場に連絡をして来るのはただの好奇心ではないように思う。
「お前が馬鹿面してたから、本当に学校出たのか気になってたんじゃないの? 僕も信じられないよ、お前があのフェダイン出身なんて! 同姓同名の女子生徒でも殺して成り代わった?」
「おっ、今日も毒散布は絶好調ッスねえ……。おつかれさまーッス」
× × × × ×
その頃、リチャードはダイナからの謝罪もそこそこに通信を切った。
やはり他人の空似だったようだ。
もしも『魔法技術開発専門学校』の卒業生であるならば、彼女を利用する形になるがまだ在校生の中で無名の生徒達を一人一人調べるよりも紹介してもらえたらと思った。
やはり直接出向くしかないようだ。
もう学校へはアポイントを取ってあるが、目星の付けようがない。
エキスパートのランクを持つ生徒のリストを見せてもらうしかないようだ。
「……それにしても、似ている人間はいるんだな……」
綺麗に折り畳んだパンフレットで笑い続ける甲斐に似た女性を見ながら、リチャードは苦笑いを浮かべた。
甲斐は自分に瓜二つな女性がいる事を知らないのだろう。
いつか、また会う日があれば教えてやりたい。
きっと、あの大きな目を更に大きくして騒ぎ出すはずだ。




