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第百六話 『魔法技術開発専門学校』


 握り締めていたパンフレットは皺が付いていた。


 SODOM指定のセキュリティレベルの高い転送装置から帰還したリチャードは、エルガに今日の報告を上げに行った。

 代表室をノックしても返事は無く、出かけているのかもう眠ってしまったのかさえ分からなかった。


 SODOMは社員寮を完備しているが自宅から通勤している社員も多い。

 その場合、セキュリティを複雑化する為に転送を幾つか乗り換えなければならず、更に出退勤の際にはデータの持ち出しや情報漏えいを防ぐためのチェックを受けて、軽い言語制限魔法をかけられることとなる。


 リチャードは独り身であり、社員寮を利用していたがエルガの傍に仕えてからはこの本社自体に用意されてあるスイートルームを自室として使用するように提供された。

 特に寮を出る事は考えていなかったリチャードからすれば、好待遇だった。


 部屋へ戻ると、とてつもなく広いリビングに配置された高級家具が目に付く。

 正直なところ、このリビングはもはや通路となっており、寝室で眠るだけの日々だった。

 むしろまだ数える程しか座っていないソファが邪魔に思えた。


 どれもこれも、最新の魔力機器が使用されており不便だと思った事はない。

 生まれてからあるのが当然だった魔力機器や商業用魔法。




 それがもし無くなったら、なんて考えた事も無かった。




 魔力を持たないリチャードには魔法が使える気持ちは分からないが、それでも不自由なく暮らしていたし、魔法使用者に対しておかしなイメージを持った事は無い。

 この世界には魔法を使えない人間の方が多いのだから、それで当然なのだ。

 魔法が使えたからといって、今の自分と全く違う人生を歩んでいたなんて想像には結びつかなかった。


 それでも、魔力を欲して無理に取り込む手術を行う者もいるという。

 一体何が彼らを駆り立てるのかは理解できないが、元々無い物は無いのだ。



「……おっと……」



 スーツのジャケットを脱いで自然に現れたお手伝い天使に手渡すと、くしゃりとゴミのようにひしゃげたパンフレットを取り落としてしまった。

 何をアルビダは渡したのか、読む余裕が無かった。

 拾い上げてネクタイを緩めつつ、表紙に目を通すとその手が止まる。

 


「……『魔法技術開発専門学校』……?」



 数ページだけで構成されている学校の案内のようだ。

 SODOMも提携しており、何代か前の責任者がこの専門学校を作る話が持ち上がった時に資金援助を行った学校である。

 中に目を通しながら、アルビダが何故このパンフレットを渡したのか思考を巡らせる。



「……この教員達の中に有名な著名人がいるのか……?」



 確かに論文を発表し、一躍脚光を浴びた者もいるようだったが中にはリチャードのピックアップしたリストから外した人物もいる。

 アルビダは気休めでこのパンフレットを渡したのだろうか。



 読み進めていくと、この学校の特色が分かって来た。



 魔力を使用した研究を各専門分野ごとに行っているらしい。

 その成果は商業用魔法に使用されたり、優秀な生徒であれば在学しながら企業の開発に携わる者もいるようだ。



 生徒は校内でランクが付けられるらしく、『入門』・『初級』・『準中級』・『中級』・『準上級』・『上級』と試験をパスするごとに昇格し、『中級』までパスすれば卒業できるシステムらしい。



 そして『上級』をパスした者だけが受けられる試験があると書かれている。

 その試験をパスし、実績とそれに伴う評価によって最高ランクとなる『エキスパート』が与えられると書いてある。


 エキスパートの特典としては、自由に学校の提携している企業とやり取りが出来るらしい。

 企業からの依頼を引き受け、報酬を貰う事も可能とある。

 最大で八年間在学可能と激しい色合いで点滅する文字は目が痛いが、リチャードは白衣の生徒達の集合写真を見ていた。



「……これは……この前の……?」



 目が離せない。

 友人とじゃれ合っては、屈託なく笑う白衣の少女。


 黒い髪の毛は長く、適当に結んでいるのが横顔になる度に映りこんだ。

 小柄な彼女は前の方へと引っ張り出され、ピースサインをして後ろにいる友人にも前に来るように促す。

 猫のような瞳が、まるでこちらを認識しているようにじっと見つめた。


 何度見直しても、パンフレットに載っている彼女はつい最近ここを訪ねて来たW.S.M.Cの人間によく似ていた。




「……彼女は、ここの出身だったのか……」




 解せないのは、最高責任者であるエルガ・ミカイルを何の躊躇いも無くファーストネームで呼んだ事だ。

 直接どういう関係なのか聞いてみる勇気は無かったが、てっきり年齢的にもエルガとそう変わらない彼女は学友だったのかと思っていた。

 謎が多いエルガに対し、名前を呼んで笑いかけてくれるような人物がいた事にほんの少しだけ安心していたが、その予想はどうやら外れていたようだ。

 ただ、彼女の容赦ない人への踏み込み方がああして現れただけなのかもしれない。



 彼女に固執して考えるのを止めた。



 探している人物像に生徒の一人位は当てはまるのではないか。

 報酬ならきっと納得してもらえる額を提示できる。

 あとは仕事へ余計な感情を持たず、没頭出来る人材が必要だ。


 まだ学校に連絡がつくだろうか。

 リチャードは上着も羽織らず、部屋を早足で出て行った。


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