第百三話 SODOMの分社化・進捗1
頭が良くて家柄も良い。
それだけでは価値が無い。
最初に何も持っていなかった者がどれだけこの世界に名を残してきたかを知るべきだ。
そう、彼は言った。
価値を出すには己を磨け。
求められる前に差し出さねば。
人の顔は経験で作られる。
高校を卒業したばかりだという年下の最高責任者に仕えてリチャードが感じたのは、異様な貫禄だった。
どうしたら人に威圧感を与えられるか、どこを動かせばどの表情になるか。
彼は全てを理解している。
前代表の一人息子というのできっと右も左も分からぬ、世間知らずの子供だろうと思っていたのに。
× × × × ×
「失礼致します、状況を報告しに参りました」
代表室を開く度に、リチャードは自分が今どんな顔をしているだろうと考えるようになった。
今日は切り口の大きい白のカットソーにグレーのパンツを履いているエルガに挨拶をするが、いつも返事は無い。
白い服を好んで着ているようだ。
まるで内側に潜む闇を見せぬよう、蓋をするように。
「……メンバーの意思確認が終わりました。分社化の立ち上げに関わる異動に対し、全員が異論なく承諾しました。守秘義務を誓う『罪と罰』にも同意書にサインが完了しております」
「ようやく開幕のブザーが鳴ったか」
静かに話すエルガの声は、中性的だ。
「全ては計算されている、集めたメンバーが計画を聞いて尻込みする確率はゼロに等しい。その為の人選を私が行ったんだ。……報告は以上か?」
「は、はい……あ、いや……」
その返事を聞いた途端、もうここにリチャードがいないかのように机に目を落としてしまった。
普段なら、回れ右をして代表室を出ている頃だ。
「……新しい会社の指揮を任せて頂き、光栄に思っております…。しかし、あの計画を進めるには…技術者が不足しているようですが……」
穴を見過ごすような人物ではない事は分かっていたが、ここで聞いておかねば気が付かなかったと思われる気がして確認の意味を込めて尋ねる。
何度見ても、異動のリストには技術者の人数が足りておらず、更に言えば専門分野が違う者でリストされていた。
これでは魔力開発は行えないのではないかと思ったが、エルガに意見する事が恐ろしく、数日は黙っていたのだ。
だが待てど暮らせど、技術者については何も触れてこずに今日になってしまった。
エルガの背もたれはゆっくりと薄い体に押されて倒れた。
「最初の仕事が見つかったな、アッパー」
「……技術者を……、探して参ります……」
どうやらエルガは最初からこうするつもりだったらしい。
SODOMにいる技術者では不足があるという事なのか、それとも技術的には問題が無いがエルガ独自の判断基準に満たなかったのだろうか。
そこまで聞く勇気はリチャードにあるはずがない。
× × × × ×
今は武器・兵器・防具など全てをSODOMで開発し、取引をしている。
とうとうSODOMは兵器分野を分社化し、今後はそこで集中的に研究開発を行うという。
取引自体、数は多くないが取引額は桁違いである。
開発費だって、恐らく馬鹿にならないだろう。
世界のSODOMだからこそ成せる業である。
その為の準備に追われているが、異動したのは驚くほど少人数だった。
彼らに『罪と罰』と呼ばれる魔法契約を結ぶよう、リチャードが告げると二つ返事で応じた。
これは秘密を漏らした場合、その『罪』を贖うように命を捧げる『罰』を受けるという、文字通り命を懸ける誓いの契約である。
機密漏えいを防止するために魔法契約を結ぶことは確かにあるが、命を捧げるような契約を条件にするなど本来有り得ない話だった。
渋る者が絶対に出ると思っていたリチャードはここでも驚いていた。
そして、承諾した者だけを異動させるように言われていたがリストに入っていた全員が承諾した。
法的にグレーゾーンな話ではあるが、本人達の承諾を書面で保管する事で危うい橋を形成して進み始めた。
「求める人物像を、具体的に……私にも分かるように教えて頂けないでしょうか……」
「男女どちらでも構わない。仕事に貪欲で、野心の多い者が良い。飼い慣らし甲斐のある暴れ馬でも連れて来い」
「……かしこまりました。外へ出る際は通信を繋いでおきます、私がもしも不穏な動きをしたならば遠慮なく……」
「その必要は無い」
珍しく、エルガの語気が強い。
「信用しているかいないかなどそんな精神論の話ではなく、命のリスクを背負ってまで我々を裏切る価値は無いだろう?……今は、な」
一瞬でも、側近として仕える自分はこの社内で一番彼の信頼があるのではないかと思ったが酷い勘違いだった。
最高責任者がここまで合理的で一切の感情を持ち込まないのであれば、この先も安泰だろう。
そう、自らに言い聞かせて部屋を出た。
やる事は山積みだ。
兵器開発に協力的な技術者は少ない。
それはモラルに反すると拒絶される事も多いのだ。
ただでさえ少ない賛同者の中で、エルガの最終チェックを終え、更に命の誓いを立ててくれるような人物が本当に存在するのだろうか。
いっそのこと代表自身で探し出し、連れて来てくれたらいいのにと良からぬことを考えてしまう。
「はぁ……私は元々ただの事務だったんだ……。何でこんな事に……」
代表の側近へと辞令が出た時は自分の目を疑った。
大抜擢であり、大昇進である。
あの日、デスクに座って処理すべき書類を呼び出し、最初に手に取ったのがこの辞令である。
通達文書を手にしながら、ぼんやりと朝の喧噪の中でリチャードはこの数年間を思い返していた。
世界的大企業に最初からいたわけではないが、何故かSODOMに中途採用してもらえた。
喜んでいたのもつかの間で、毎日は目まぐるしく過ぎていた。
必要最低限の会話と、朝と夜に交わされる決まった挨拶。
それだけの関係しか人と築けなかったのが悪いのだろう。
誰一人として賛辞を述べてくれずとも、気にならなかった。
感情の起伏の無い毎日だったが、やる気と共に評価されていたのかという喜びがじわじわと湧き上がったのも覚えている。
最高責任者と関わる機会など無かったが、それで良かった、いやその方が良かったのかもしれないと今更になって思う。
中枢となる場所にいるはずなのに、以前の機械的な仕事をこなすだけの日々の方がSODOMの役に立てていると感じられたのはどうしてだろう。
常に目を向けられているという重圧は重い。
仕事を任されるという事は少しは期待されているのだろうか。
「……やるか……」
コンサートホールのような広さの資料室へと入ったリチャードはそれから丸一日、姿を消した。




