第百二話 通信に入り込む邪魔な先輩
ダメ元でビスタニアへ音声通信を繋ぐと、数コールで応答があった。
「……あっ、な、ナバロ!? あれっ、仕事中じゃないの!?」
甲斐の使用している映像通信用の機器は小さな箱型の機器、音声通信用はチョーカー型の物を購入してある。
骨伝導で音声を伝え、チョーカーに付いている片翼の金細工がマイクになっているらしい。
卒業後に用意する為にビスタニアと買いに行き、数百通りのデザインがあり迷った末に選んでもらった。
電源を入れて通信先のナンバーを入力すれば繋がり、魔力で動いているので六十年以上は使い続けられるそうだ。
『そうだが……携帯通信に切り替えて抜けて来たんだ。まだ昼が終わったばかりだから余裕がある。どうした?何か問題でも起きたのか?』
歩きながら話しているのか周囲の音が流れていった。
反響する声までも、まるで近くにいるように聞こえる。
「誰かを殺めたんでも、器物破損で数億の負債を抱えたんでも無いから安心して! 突然休みになっちゃって、ナバロも休みかなあって思って連絡したんだー」
『そうか……何も無いに越したことは無い。だが悪いな、次の休みは五日後だな。……もし、そこに休みが取れたらいつでも連絡してくれ。本当に残念だ』
「そっかー、分かった。 また嫌がらせまがいのメッセージ大量に残そうと思ったのに、出たからびっくりしたよ。仕事中にごめんね」
『嫌がらせ? そんな事された覚えが無いぞ。量が足りないんじゃないか?』
照れているのか、甲斐からの反応が無い。
突然の電話も、甲斐の名前が表示された瞬間に忙しさも午後の憂鬱さも吹き飛んだ。
こうして思いがけないタイミングで彼女と話せる事がとても嬉しかった。
『今日はこの後、何をするんだ?』
「そうなんだよねえ、どうしよっかなと思って。どっか一人で観光して来ようかなあ」
『一人で何処かに行くのはやめてくれ。何かあっても助けに行けないからな、行くなら誰かと一緒に……ああでも、ペット厳禁の場所でな……』
『あれ? あれあれ? ペットなんて飼ってたのか? ビスタニア、何してんの~? サボり? サボりんぐ?』
遠くの方から甲斐の耳にビスタニアではない声が聞こえて来た。
振り向いて存在を確認しているのか、会話が途切れた。
「だれ? 誰と話してんの? 友達? 男? 女?」
ビスタニアは走り出したのかドカドカという足音が響き、息遣いが聞こえて来る。
しかし、甲斐にはもう一つビスタニアに付いて来る足音が付いてきているのが分かった。
『あっちへ行け! 通信中だ!』
『んなこたこっちも分かってんの! あっ! 分かった! おまっ、それカノジョとかいう奴だろ! 貸せ!』
『ふざけるな! お前の声を聞いたらあいつの鼓膜が破れて血圧が上がる!』
「もう聞こえてるんだけど……ナバロー? まだ鼓膜平気みたいなんだけど、そんなマンドラゴラみたいな人なの!?」
『やっほー! どうもー! イケメンの先輩でーーーす! ロジャーっていいまーーす! 噂は聞いてるかなーー!?』
直後、ガサガサという激しい揉み合いの音が聞こえた。
奪い返そうとしているのが分かるがロジャーの方が強いのか、ビスタニアの声が聞こえない。
「噂ぁ? 聞いてないッス。……え、ナバロの先輩ってこんな感じ……? なんか防衛機関って凄いエリートなとこなんじゃないの……?」
『お堅い機関に勤めている人間がみんな七三分けだと思ったー? まだまだ世間を知らないねぇ! 今度三人で遊ぼうぜ! あ、俺がお邪魔にならないようにかんわいい女の子でも連れて来てくれたらサイコー!』
お堅い、柔らかいといった話ではないと甲斐は思った。
「不思議と全然誰か紹介してあげたいと思えないんだけど……! ……防衛機関って女の子少ないんですか?」
『いやあ、いるにはいるよ? すんげえ人数働いてるからなあ、神は何故性別を二つしか作らなかったのか不思議でならない! ここにいる女はそれこそ七三分けだな、それか女の皮を被った男だわ。ってえ! ウソウソ! ごめんって!』
通りすがりに仲の良い女性社員に足を踏まれたロジャーはこれ以上ヒールで踏まれぬよう、即座に謝った。
『で、君はナニちゃん?』
「あ……トウドウ・カイ……じゃなかった! カイ・トウドウです」
『カイちゃんね! 覚えたよ! ぜーったい可愛い子紹介してもらうからな! おいおいおいおい……お前、先輩の足を切り取ってどうする気だよ!? ディナーにすんのか!? やめろって!』
これはチェーンソーのエンジン音だろうか。
ようやくビスタニアが通信機を奪還したらしく、荒い息で甲斐に呼びかける。
『……悪いな……。はぁ……おかしな奴がいるんだ……。そろそろ仕事に戻らないとまずいんだが……、また今度ゆっくり話そう。今夜……はぁ、遅くなるかもしれんが、連絡する』
「……だ、大丈夫……。夜はゆっくり寝て? また時間のある時はなそー。仕事中でも出てくれて嬉しかった!ああ…。あー…お前だけを想っているからな。それじゃ……」
『ヒューーーーーウ! 俺も言いてえなあ、おい! くっそー! なんで俺には彼女ってレアアイテムが入手できねえんだろ! ……な、なんだよ……やめろって……ばっか……おいいいいい』
ツー
ツー
ツー
「……どこでも、アレな人っているんだなあ……。やっぱこの部隊が特別って訳じゃないのかあ……。まともなのってあたし位じゃん……。はあ」
切れた通信音を聞きながら、甲斐はしみじみと世界の広さを味わっていた。
アレな人、の中に甲斐は確実に分類されるのだが自覚は無いようだ。




