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第百一話 甲斐の彼氏は実在するか


 夏は今しかないというように、太陽は近付いてくる。

 地を照らし、気温を日々上昇させ、夜を短くしようと全力を出しているように思う。


 シェアトは現場でこちらの任務を妨害する人間を人間と認識せず、ただの的と判断して攻撃する事にも慣れてきていた。

 感傷に耽る時は一切与えられず、相手の息の根を止めねば床に転がるのは自分なのだ。


 甲斐とシェアトは現場へ駆り出される事が増えていたし、場数を踏む毎にどういった罠があるのかを知った。

 経験は知識そのものとなり、彼らを生かす。

 

 先陣を切って駆ける先輩達の背を見ていれば、相手の動きをどのタイミングで判断しているのかを学べた。

 ただどうしても新人として怒られる事は多い。

 甲斐は視野が狭いので周りを見ながら戦う事が現在の課題だったし、シェアトは魔法武器を召喚して銃火器を使用するのはいいのだが射撃の腕は良いとは言えず、一度縦横無尽に駆け回っているネオを撃ってしまい、始末書を書かされていた。



「ぬあー……眠たい……。疲れが取れない……。連休が欲しい……。良い匂いが嗅ぎたい……いっつも血と汗と土と煙の匂いばっかだし……。 クリスとかフルラのフレッシュでスウィートな匂いが恋しい……」



 もう昼を回っているが、シェアトは朝から出動しているので甲斐は一人で施設内をぶらついていた。

 トレーニングをしようにも、いつもネオやシェアトと組んで攻撃のアドバイスを受けたり、相手の癖を見極めて互いに直しあったりと非常に充実させているせいで今更一人で行うというのは気が乗らなかった。



 ちょうど暇を持て余していたところへ少数での出動を終えて帰還したノアが、爽やかに笑いながら甲斐の背中を叩いた。



「カイー、お前今日休みだってよ。さっき通りすがりに中尉から言われたけど、 言うの忘れてたわ」



 言うだけ言って面倒なことになる前に退散しようとするノアの背後に、甲斐が追いついてしまった。



「よっしゃ、ヤるか! ノア、お疲れ様! ずーっと休みにしてあげるネ……!」

「コラ、登んな! あー、重たい! やめろってのー!」


 そのままノアに飛びついて首にぶら下がる。

 ノアが甲斐の腕を掴んで前へ体を倒すと、背中にいる甲斐が嬉しそうにきゃっきゃと笑った。


 

「よーし、じゃあ次は僕がやってあげる。おいでよ!」



 楽しそうな二人に混ざろうと、帰還したばかりのネオが両手を広げておいでおいでをしている。


「……ネオは……いい。ネオは……ダメ……」

「そんな急にテンション落とさないでよ……。僕は仲間には何もしないよ、シェアト君と違ってね……はは」


 シェアトにネオが撃たれたことは最近のトレンドな話題だった。


「あの時は、本気で敵に寝返ったのかと思ったけどシェアト君が急に涙目になってたからやり返さずに済んだんだよね……。でも一瞬でも遅かったら危なかったよー」

「こいつ、結構根に持つからなあ。カイも気を付けろよ。最悪フレンドリーファイアしちまったら、ネオはもう一思いに殺した方が良いぜ」

「……い、嫌な助言しないでよ。それもう敵だと判断されちゃうヤツでしょ……嫌だよ! もういい! まともな人と話してくるわ!」


 ノアから下りた甲斐は舌を出して行ってしまう。


「あれ、どこ行くの?今からお出かけ?」

「彼氏にしつこく通信かけてみる……。どっかのボケナスがあたしの休みを半分駄目にしたからね! 約束とかね! 誰ともしてないんですよ! ふーんだっ!」



 がっしりと甲斐の手をノアとネオが片方ずつ掴んで引き止める。

 大柄な男二人に掴まれた甲斐は抵抗虚しく、そのまま持ち上げられて宙に浮いた。



「なになになに!? ちょっ、邪魔しないでよおお! 仕事中でしょーがあああ! あたしは休みなのおおおお!」

「今までなんかシェアトからちょいちょい聞いてたけどよ……。マジなのか? あいつをあしらう為の嘘じゃねえのか?」

「……は? 何が?」

「だからよ……その、彼氏とか言ってるヤツだよ……」


 ノアの顔は真剣だった。

 それはもう、スコープを覗いている時と同じくらいに。


「カイちゃん、それって壁に向かって一人で話したりしてるんじゃない? 本当に現実に存在するのかな? ……ヴァルちゃんはセラピーも出来るし、良かったら……」

「病気なんかじゃ……ないわあああああ!」


 遠慮は不要だと判断し、両手に渦巻く炎を出すと二人は手を離した。

 鼻息荒く甲斐が首や足首を回して骨を鳴らすと、ネオとノアは数歩下がった。


「じょ、冗談だっつーの! でも、どんなヤツなんだよ! その恋人ってのは……」

「ぼ、僕も気になるなあ~。カイちゃんはみんなのアイドルっていうか紅一点だし、驚いちゃっただけなんだよ!」

「白々しいな! ……どんなって……赤い」



 赤い、と言われても困るだろう。

 そのせいでノアは肌が赤い生き物を想像しているし、ネオは肉塊を想像していた。



「あ! そ うだ、ナバロって分かる? あの息子だよ! じゃ!」


 二人の頭の上に大量のクエスチョンマークが浮かんでいるのが分かる。

 今がチャンスとばかりに甲斐は自分の部屋へ駆け込んで鍵をかけた。


「……ナバロって……ナヴァロか……? えっ……ほら、あのなんかすげえとこの……」

「……サクリダイス・ナヴァロ……世界魔法防衛機関の現防衛長だね。その息子さんと……カイちゃんが…?」

「人生って分かんねえなあ……。でも、そんなんますますあの犬っころに勝ち目無ぇじゃねえか……」


 ノアは鳴きまねをしてネオの腕を小突いた。

 

「そう? カイちゃんは家柄とか気にするタイプじゃないだろうし、好きなのはもっと人間的な部分なんじゃないかなあ」

「人間的部分、あのワン公…俺からすりゃまだまだガキなんだけどよ……」

「まあ……成長できる伸びしろがあっていいじゃないか」




「そこっていつから通路じゃなくて休憩所になったワケ? 邪魔なんだけど、どいてくれない?」




 舌打ちも交えてシルキーが二人の後ろで深く溜息を吐いたが、興奮しているノアには通じなかったようだ。



「聞けよ! お前知ってたか!? カイの恋人がエリート中のエリートなんだぜ!」

「生々しいなあ、やめてくんない……? あの女が誰とナニしてるとか想像したくもないから」


 手を顔の前で振って、ノアとネオの間を通っていく時だった。



「世界魔法防衛機関の防衛長の息子さんなんだって。どう、びっくりでしょ」



 ネオが肩書を教えただけで、シルキーの顔色が変わった。

 冗談にしては面白くもなんともないのだ。



「確かな情報なんだろうな……?」

「本人がナバロっつってんだ、その家系以外ねえだろ! あいつあんな感じで、やるときゃやるんだなあ!」

「……なるほどねぇ」



 可愛らしい顔を歪めて笑うシルキーは二人の間を歩き去った。



「なんだよ……あいつ! せっかく話題を振ってやったのに!」

「ノアは言い触らしたいだけでしょ? プライベートな事なんだからダメだよ」



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