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第九十九話 W.S.M.C・休憩室にて


 W.S.M.Cの休憩ルームは夜だけ解放される。


 休憩ルームと言っても、長机が三つずつ二列に置かれており、食堂と同じような作りになっていた。

 飲み物と菓子が置いてあり、無くなればすぐにお手伝い天使が補充しにやって来る。


 本棚には小難しい本が並んでおり、週刊誌やニュースペーパーが更新日ごとに内容が書き換えられていく。

 ゴシップ物の週刊誌が人気でよく既定の場所から姿を消してしまう。


 食堂との違いが甲斐にはいまいち分からなかったが、食事をするほどでもないがここで仮眠前にゆっくりするようになってから休憩室の良さが分かった気がした。

 昼間に仮眠を取る時などは休憩室が開いていないので、損をしたような気もする。

 どうしても生活リズムが整わないので、こうした決まった時間に開くという休憩室はメリハリがあっていい。


 食堂にも置いてあるがここにも大画面テレビがあり、チャンネル争いで一度休憩ルームが破壊され、それ以来チャンネルは固定されてしまった。

 この政策に誰よりも不満を垂れ流していたのは犯人でもあるノアだったが、たまたま顔を出したダイナに睨まれて以来大人しくなった。


 上階も地下もないこの施設は必要最低限の部屋が用意されている。

 各自個人部屋が与えられており、上官達の部屋は鍵が無ければ入れないようになっている。

 始業時間と就業時間なんてものはあってないようなものだ。

 アナウンスされない間は自由時間である。

 だがひとたびあの妙に小奇麗な女性の声で名前を呼ばれてしまえば、それが夜中だろうが見たいテレビ番組が始まる時間だろうが関係なしに出撃である。



 眠いと言ってぼうっとしていれば危険なのは自分なのだから。

 


 甲斐とシェアトはまだ入隊して間もない上、現場に出るようになったのはつい最近だ。 

 仕事に慣れるということはこのリズムにいかに早く順応するかでもあった。

 今では何時だろうが自室のベッドに横になればすぐに眠れるようになった。


 アナウンスは共用部と、呼び出される本人の自室にも流れるので寝ていて気が付かない、なんてことはあり得ない。

 もしも気付かずにいれば、ダイナやシルキーが『優しく』起こしに来てくれるだろう。



 空いた時間は各々でトレーニングメニューをこなしたり、体の回復を優先させたりと比較的自由に過ごしていた。


 休日も当日に急に決まったりするので、予定が非常に立てづらいのだが長年勤めているノアやネオはお構いなしに自分の予定を立て、用意周到に軽い体調不良を訴えたりと、出動要請をパスして姿を消してしまうこともあったそうだ。

 そんな事を何度も調子に乗って繰り返したため、ヴァルゲインターが体調チェックを執拗にしては治癒室へと連れ込んで相当脅しをかけたらしく、今は封印された奥の手となったようだ。


×  ×  ×  ×  ×


 甲斐とシェアトは昨日のSODOM絡みの疲れがどっと来ており、体のだるさが取れずにいた。

 トレーニングルームへ顔を出してはみたが、ノアが久しぶりに本拠地へ戻ってきた体力派のアージェントと共に、競い合いながら力比べに精を出しているせいでその熱気に負けて早々に退室し、休憩ルームへと場所を移した。


「よくやるよね……。下着一丁で男二人肩並べて汗飛び散らしてる光景、朝から見たくなかったわ……」

「お前より俺の方がダメージデカいぜ……。鼻がいいんだよ……俺……」


 何が言いたいのか分からずに甲斐がシェアトを見る。

 確かに苦手な甘い匂いなどにはいち早く反応していたのを思い出す。


「あの匂い、耐えられねえ……。なんつうか、男くせえっつうか……クリスの香水といい勝負だ……」

「弱味を握る瞬間って、凄く良い気分になるよね……。クリスに話すお土産話が増えた!」

「その軽薄な考えのせいで誰かの命が危ぶまれるって考えたコト、あるか……?」


 青ざめたシェアトを見ながら、甲斐はローストマシュマロを熱々の内に口に放り込んだ。

 



 こちらへ早足で近付いて来る足音に、甲斐は顔をしかめて耳を澄ます。




「あー……心が更に疲弊しそう……。早いとこステルス魔法修得しないとだめだな……」

「ステルスも使えないのにこの部隊にいるとは、歩く恥さらしみたいだ! よく生きていられるなあ!」


 逃げそびれた、と甲斐は思った。

 現れたのはシルキーだった。


「こうべを垂れて床の埃を舐めて生きたらどう? 甘い物を食べて談笑して金が発生するって、それってどんな職業? 教えてくれな~い?」


 机に広げられた菓子をじろりと睨んで可愛い声で毒づくと、並んで座っている二人の前の椅子に座った。

 思わずシェアトは姿勢を正したが、甲斐は新しいキャンディチョコレートの包装を開いた。




 いつも忙しそうに戦闘服に身を包んでいるシルキーの私服を見るのは久しぶりだった。



 小さな顔と同じぐらいの大きさをしたレースのリボンが首元に飾られたシャツの上には、光沢のある生地で出来た銀色のジャケット。

 ジャケットには年季の入った金のボタンが八つ付いており、襟と袖の折り返しが黒色。

 白い幾重にも折り重なったシャツの袖が主張している。

 細身の黒いパンツには蜘蛛の巣の刺繍が暗い銀の糸で縫い付けられていた。


 目を細めたくなるほどに豪華な出で立ちのシルキーは、気品ある顔立ちを際立たせている。

 シェアトが着ている赤い半袖シャツには黒い十字架が右半分に無数に描かれており、グレーのダメージジーンズを履いてサンダルをつっかけているだけなので、この落差に愕然とするしかない。

 甲斐もシェアトと同じようにラフな格好で、黒いタンクトップに白のショートパンツを履いて数百円で買ったビーチサンダルを履いていた。


「お疲れ様です……。……こんな格好ですみません……」


 空いた時間にどんな格好をしていようが、謝るような事ではないのだがシェアトは先手を打つように頭を下げた。


「貴族の息子って感じ。パーティ行くんスか?」



 自分とシルキーを見比べ、おかしいのはやはりシルキーだと確信を持ったのか甲斐は興味など無さそうな口調で言った。



「いつも脳内で一人パーティしてる割に優雅さはゼロだね! ああ、原始人だもんな?」



 次から次にマシュマロを頬張る甲斐は反論しようとして口からマシュマロを飛び出させた。


 

「人の趣味に口を出す暇があるなら猫の手も借りたい僕に『手伝う事はありませんか』とでも言ってみたらぁ? ああ、猫の手の方がマシか!」



 鼻につく言い方をするシルキーは仕事中以外は一人称が変わる。

 高い声にあった口調にしようとしているのか、可愛らしさを残した口調で甲斐に嫌味を言うのが顔を合わせた時の習慣になっている。

 命令口調で荒っぽい話し方をするシルキーと、人に嫌味を言って反応を楽しむ性格の悪さが見える無邪気そうな話し方のシルキーはどちらが素なのだろうか。


「へえへえ、サーセン。さりげなく相席したのはこのお茶会をぶち壊すゾ! って事ですかぁー?」

「仲間内でも敵を増やすと良い事無いと思うけど。 フレンドリーファイアで殉職したいっていうならそれでいいけどさ。こっちとしても、心置きなくやれるし」

「……もう黙りますのでお構いなく!」


 シェアトに睨まれ、甲斐が先に勝ちを譲った。


「シルキーさん、何か俺たちに用があったのでは……?」

「ああそうだ。……昨日のあの狐、やっぱり手を回してたんだ。あの後の事が気になってるかと思ってわざわざ来てやったんだけど?」



 腕組みをして斜め上に顔を持ち上げたシルキーが鼻を鳴らした。

 あの狐、というのはエルガの事だろう。



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