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第九話 クレイジー・マザー

 巨大ミミズは口から液体をシェアトに向かって放出したが、簡易的な防御魔法で防ぐ。

 触れた部分からは激しく何かが焼ける音と、まるで沸騰しているかのようにぶくぶくと泡立ち始めた。



「躾がなってねぇな。……人様に唾を吐きかけるとはお里が知れるぜ」

「声を持たないこの子にとっては挨拶みたいな物よお。貴方、もっと肉を付けた方が良いんじゃない? ワームちゃん、食べごたえが無いんじゃないかしら?」



 ぐっと頭を持ち上げ、口を開いてシェアトの頭上から落ちて来る。

 これに飲み込まれてはひとたまりも無い。

 防御魔法を使っていても、口の中の力が予想出来ないのでリスクを負ってまで大人しく口の中へ入ろうとは思えなかった。



「肉の付けすぎは健康に良くないんだ。……ダイエットに付き合ってやるよ」


 無詠唱で武器召喚を行い、近距離戦に有効な散弾銃を選んだ。

 攻撃魔法の構成を自分で考え無くても良い魔法用武器は便利だ。

 もちろん弾は自身の魔力であり、術者は反動も重さも感じずに戦う事が出来る。


 引き金に指を乗せ、下の部分を左手で支える。

 ポンプアクションの為、一度放つごとに力を込める。


 開いた口に向かって引き金を引くと、口の中に向かって入り込み、中から外へとあちこちから弾が抜けた。

 怯んだ隙に首元に何度も撃ち込むと、巨大ミミズは尾から頭に向けて痙攣を起こす。


「風通しが良くなっただろ? 何食ってこんなにされたんだかな、ペットってのは可哀想だぜ。飼い主を選べねぇんだからよ」

「あら? もうダメみたいね……。そう、さようなら」


 家電が壊れた時の母親の反応に似ていた。

 言葉だけは残念そうに表現し、空いている左手を巨大ミミズの中心辺りから振り上げる。






 それは、一瞬だった。





 瀕死の状態だった巨大なペットは飼い主の手によって、左右に割れた。

 断面からは顔を歪める程の濃厚な匂いと熱気、そして床には消化液と体液が入り混じり、広がって行く。



「ワームちゃん、凄く便利だったのよお。全く、使い物にならないと困るのよね…」

「うえ……ゲッホ……! 命をなんだと思ってやがる…」

「あらあ? 聞かせて欲しいわね、ボクこそ命をなんだと思っているの? ワームちゃんを可哀想だと思う?」



 チェルシーは、サディスティックに笑った。



「それは本当に愛かしらねぇ……。また作るからいいのよ。だって貴方、仮にここにワームちゃんと、その同じ種類がここに沢山いても見分けがついて? つかないならどれだって一緒じゃない。それに命あるものいつかは尽きるわ。それが今だろうが後だろうが何が違うのかしら」

「どれだけおつむが発達しても、まともな幼少期を過ごしてねぇのは良く分かるよ……! 本当にぶっ殺してやりてぇけど、こちとら人命優先がモットーの正義のヒーロー民間警察だ。チェルシー、てめえを逮捕するぞ。ローレスは後だ」

「私を? 逮捕? してみたらいいじゃない……! 罪状はなあに? ヒーロー気取りの坊や」




 女性の凄む声は、何故こうも不愉快なのだろう。




「今俺を殺そうとしただろうがっ……! あとあれだ、誘拐補助とかそういうのだ。行方不明者はどこ行った? ……答えても逮捕は逮捕だ。力ずくでも連れて行くぞ。ここで喋んなくても、後から絶対に吐かせてやるから安心しろ」

「ちょっと待ってぇ……!? 確かに私は貴方を殺そうとしたけど、貴方は不法侵入よ。私は恐怖を抱いたわ。女性が突然押し入って来た見ず知らずの男性に対してお茶を出すとでも? 制服が民警だからって、そんなのどうとでも工作出来るわ。正当防衛よ。……それに行方不明者なんて私は知らないけどお?」



 いけしゃあしゃあとチェルシーは意見を主張する。

 シェアトが押し黙って下を向いていると、好機と感じたのか更に饒舌に言葉を紡いだ。



「民警の坊や、私は強いわ。でも、貴方も相当強いわね。魔法警官が単独で乗り込んで来るって事は余程の実力者でしょう? お互い怪我や嫌な思いをしない方がいいんじゃなくて? お互い仕事でこうして対立したけれど、私達もしかしたらとってもいい友人になれるかもしれないじゃない。それに……私を倒したとして。体の傷は癒えても、心はどうかしら?私が勝ったら記憶を消してしまうけど、貴方の場合はそうもいかないでしょう? 引いてくれない?」




 人を殺したことが無い。

 そして、お前に殺せるのか?




 見抜かれているのだ。





「今この時が俺にとって最悪な思い出だぜ。でもな、嫌な記憶ばっかりで俺は構成されてねぇんだよ。怪我が怖いならマシュマロで出来た部屋にでも引きこもってろ。……引くかどうか、正直に答えたら考えてやる」


 



 だが、引けない理由はもう十分にあるんだ。





「なあ、そのミミズの腹から出てる安っちいビニールのベルトとかキラキラ目立ってるリングはなんだ?」



 

 チェルシーの目が細くなった。




「……お前、こいつに何食わせてた……?」

「……おバカさん、気付かなくていいとこばっかりそうやって気が付くのねぇ……。言ったでしょう!? 『廃棄処理』が私の仕事だって!」


 片手を振ると真空波が振った数だけ襲って来る。

 避けようにも道が狭く、暗い。



 間に合わない。



 防御魔法を前方に展開させて凌ぐがチェルシーは手の平を上にして、手招きするように指を動かした。

 床から足首を何かに捕まれ、そのまま勢いよく前へ引きずられる。

 巨大ミミズの体液の水溜まりとなった床をバランスを崩したシェアトの上半身が滑って行く。

 ジャケットの対攻撃魔法のおかげで焼ける事は無いが、手と頭は無防備なので触れないように抵抗する。

 チェルシーはスライスしようとしているのか、手を横に構えてシェアトの到着を今か今かと待っている。


 ナイフを召還して床に突き立て、食い止めようと思ったがこの硬い床に果たして刃が上手く刺さるのかも分からない。

 上手くいったとしても足首を引く力を考えると、良い具合に上半身と下半身を分離させる事に成功してしまうだろう。


 かといって人間であるチェルシーに銃をぶっ放す訳にもいかない。

 気絶させようにも、抵抗されては結局ピンチに陥ってしまう。






 落ち着いた表情でシェアトはきつく目を瞑った。





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