最終回「蝉時雨」
願ふことあるかもしらず火取虫
――土方歳三『豊玉発句集』より
浅草橋の小さなギャラリーは、平日だというのに混み合っていた。
階段を伝ってビルの外まで列が伸び、最後尾は路上にはみ出している。
そこに並んで入場を待った。油照りの昼下がりだ。
建物に収まりきらない人数には容赦ない夏の熱線が突き刺さり、ものの数十秒で汗が噴き出た。人々はそれをタオルに吸わせながら、うちわで生温い空気を掻き回す。
やはりこの街の夏は暑い。あれから四度目の夏になっても。
暫くすると入場が許可されたのか、列が大きく進んだ。これで日陰に入れる。
入口に貼られた「早乙女作品展」のポスターを尻目に、僕はギャラリーへの階段を上った。
――この四年間で、色々なことが変わった。
岐阜に戻った僕は、十ヶ月間勉強して公務員になった。今は地元の市役所で働いている。
既に新卒の肩書きを失っていた僕が安定した職に就くにはそれしかなかったし、幸い勉強は得意な方だった。試験には一年で合格し、何とか人並みに業務をこなすことも出来ていた。
作家を目指して上京して以来、一度も口を利かなかった父も、僕の就職を喜んだ。
それで事実上の勘当状態も終わり、父との仲は修復されたのだが、父は今でも時々「夢を追い過ぎる奴は馬鹿だよ」と零すことがある。
それは過去の息子への嫌味ではなく、ただ、大人の条件を口にしているだけらしかった。その大人の中には無論、父自身も含まれているのだろう。
社会は甘くない。きっと誰もが父親から言われてきた言葉だ。
就職して、実際それは事実だったと痛感する日々を送っている。公務員といえども、多忙な部署に配されれば連日残業は当たり前だ。
しかし、一方で思うこともある。子供の夢に対して、現実的に考えろ、何とかなるほど社会は甘くないぞ――そう語る父親たちもまた、夢を切り捨ててきたのではないのか。
夢を叶えた一部の人間たちにとっては、社会は違った見え方をする。成功者たちは、つまるところ「何とかなった」者たちなのだ。
彼らを羨望すればするほど、自身の夢が「何とかならなかった」ことに気付かされるから、大人たちは何度も社会は甘くないと繰り返すのだ。まるで自分に言い聞かせるように。
皮肉にもそれを知る頃には、僕もとっくに大人になってしまっていた。
「これ、ください」
ひとしきりギャラリーの作品を見終えた僕は、その中で一番気に入った絵のポストカードを買った。
『影踏み』というタイトルのそれは、三人の男女が田舎の夕暮れを歩く姿が描かれている。
あの小説のワンシーンを切り取ったものだと、すぐに理解した。早乙女さんも読んでくれたのだろう。
影踏みは甘噛みに似ている。日が暮れるほどに大きくなる互いの影を踏み合った思い出は、誰しもが持っているだろう。
いくら踏んでも、影は決して消えることはない。そのうちに夜が来て、塗り潰されてしまうだけだ。消えるのではなく、闇に溶けるのだ。
でもそんな遊びが、あのときの僕らには必要だったのかも知れない。
僕はポストカードをバッグに入れて、ギャラリーを出た。
展示されていた作品に、一人の女性を描いたものは見当たらなかった。早乙女さんは未だに響子さんを描けないでいるようだった。
けれど、多分それで良い。心の底から描きたくても、一生描けないかも知れない対象に出会うこと。それは創作者が創作者であり続けるために欠かせない命題に思えた。
早乙女さんはこの四年で、個展を開くまでに名を上げた。
彼はまだ、彼女の憧憬を追っている。
日も傾き始めた頃、僕は三軒茶屋に立ち寄った。
街並みは大して変わっていない。駅前を抜けて住宅街に入ると、変化は更に乏しくなった。
かつて住んでいたアパートの前を通るとき、よく一人で黄昏ていたベランダを見上げてみた。
誰かのTシャツが干してある。もうあそこは、僕の場所ではなかった。
東京は変わらないけれど、そこに住む人間はどんどん刷新されていく。
街も生き物なのだ。住民という細胞を時に生成し、時に自死させながら、自然淘汰の理に従っている。僕はある短期間、この街に存在した細胞の一つに過ぎなかった。
しかし、確かな変化もあった。「ラグタイム」が消えていたのだ。
古臭い自営業の喫茶店は、全国チェーンのアイスクリーム屋に姿を変えていた。
街は生きていると言った。ならば古いものが消え、新しいものが現れるのは自然の摂理だ。
そう分かっていながらも、僕は心にぽっかりと穴が空いたような思いだった。この空白を埋める細胞は一体どこにあるのだろう。
「あれえ、きみ」
しゃがれた声に振り向くと、どこか見覚えのある年配の男性が居た。
財布のチェーンがベンチに引っかかって、あと一歩のところで立ち上がれない。彼のことを思い出せないのは、そんなもどかしさがあった。
言葉に詰まる僕を見て、男性は杖で地面を二、三度突いた。
「ほら、来てただろ、何年か前。この喫茶店にさ。小説を書いてた」
「御存じなんですか」
「私も常連だったからね。一回、話した覚えがあるよ」
それでようやく思い出した。
彼は当時、僕に新人賞の話をした初老の常連客だ。
僕は「ああ」と思い出した風に言ったが、内心拭い去れぬ違和感に心細さを覚えた。
四年前、彼はこんなに腰を曲げても居なかったし、杖も突いてなかったはずだ。一気に老け込んだらしい。
「きみ、あれから来なくなったね。引っ越しでもしたの?」
「ええ、まあ。実家に帰ったんです。今日は久々に上京を」
「そうだったのか。なら驚いたろう、これ」
「いつからアイスクリーム屋になったんです?」
「一年半ぐらい前かな。喫茶店のオーナーが倒れてね。もう商売は無理だってことで、店を畳んだのさ。その後はこうなった。結構繁盛してるらしい」
男性はパステルカラーに彩られた店内を覗いて、珍しそうに言った。
「あの、響子さんは」
「ん? ああ、きょうちゃんね。元気だと聞いてるよ。一人目は慣れないから大変だろうけど」
「一人目って?」
「それも知らなかったか、参ったな。赤ん坊だよ、彼女の」
――響子さんは結婚していた。昨年、長男が生まれたばかりらしい。
保育士として就職後に知り合った男性と二年前に入籍し、今は産休を取っているそうだ。
相手は公立の高校教師。篤実な人柄で、病床のオーナーも喜んだと男性は語った。
あの日、新幹線に乗った後、僕はSNSアプリをアンインストールして響子さんたちとの連絡を絶った。未練がましく付き合っていては意味がないと思ったし、それぐらい極端なことをしなければ自分の選択に自信が持てなかったのもある。
断絶された四年間のうちに、三人はそれぞれの道を歩み出した。響子さんだって例外じゃない。喫茶店のお姉さんだった彼女は、妻となり母となった。
そして、それ以上に大人になった。僕たちの青春は終わったのだ。
男性と別れてから、僕は店でアイスキャンディーを買った。
自動ドアは手で押し開ける必要もなく、アイスとバッグで両手が塞がった僕をさも当然のように送り出す。時に流されていくのは、こんな風に自然なことなのだろう。
――沢野くんはお話を作るのが上手だね。
あの言葉は、まるで火花だった。僕の心を燃やす光だった。
ずっと誰かにそう言ってほしくて、認めてほしくて、僕はそこを目指した。
けれど今は、もう効力を失った魔法だった。蝉の抜け殻に等しい。
夢は覚めると、消えてなくなる。叶わなかった夢に価値はないし、本当の意味で呪いが解けることもない。
でも人は、夢見たことを覚えていることは出来る。記憶することは出来る。
――要は記憶なんだ。記憶が価値を担保する。
きっとその通りだ。僕はあの夏を忘れられない。消えない日焼けみたいに。
二度と戻ることはない時間だと分かっているからこそ……。
僕はアイスキャンディーを舐めながら、夕焼けの下を歩いた。
その冷たさに刹那が蘇る。隣で二つの影が揺れた気がした。
街に注ぐ蝉時雨は、遠い夏から聞こえる残響のようだった。
了
最後まで読んでくださった読者様、ありがとうございました。
このようなエンタメ性の弱い小説を書いたのは久々ですが、短期間で書き下ろすことが出来て良かったです。
感想などを送って応援してくださった方々へ、本当にありがとうございました。




