首なし男
起き上がった拍子に
頭だけがゴロンと
床に転げ落ちた
まいった
これじゃあ
顔を洗うこともできない
そう思う俺=頭を残して
身体の方は
洗面所へ立って
そこにあるはずの顔を洗っている
とはいっても
頭だけである俺には
床に転がったまま
自分で向きを変えることもできず
うしろから聞こえてくる
身体のヤツの足音と
かすかな水音とで
想像をしてみただけだ
身体のヤツは
襟元がびっしょりと濡れたパジャマを着替えて
ワイシャツを羽織ったり
ネクタイを締めたりしながら
足元おぼつかなく部屋の中を歩き回るもんだから
頭だけの俺は何度も蹴飛ばされて
痛い、痛い
と
何度も叫ぶのだけれど
耳がない身体のヤツには
伝わらない
カバンを取りに部屋へ戻った身体のヤツは
襟首に溜まったパンのカケラを畳の上にこぼして
ワイシャツの襟から胸にかけてコーヒーのしみをつけていた
(ああ、お気に入りのシャツだったのに)
そしてまた洗面所に行って
(おそらく)いつものように
髪があるはずのあたりにクシを入れると
もう一度、頭だけの俺を蹴飛ばし
あわただしい足音と乱暴にドアを閉める音を残した
頭だけの俺は
床に転がったまま
おとなしく身体の帰りを待つことにする
考えたいことはたくさんあるんだ
ただ、ひとつ問題がある
身体のヤツが帰ってきて
頭の俺を
うまく見つけてくれるといいけれど