この恨み晴らさでおくべきか
その女はとある町の有力者の娘だった。
一人娘だった為か両親に溺愛され、我が侭を全て聞き遂げた。その結果、女は傲慢で性格の悪い娘と成長していった。
小中高は気にいらない子がいれば親の権力を使ってイジメていた。問題が露見しそうになる度に娘に甘い両親が金で終わらせたり、脅したりして防いでいた。
特に高校の時が酷い物で、『自分が好きだった男と仲良く会話していた』と言う理由でとある女子生徒を人権すら奪う様な酷いイジメをし、ついに自殺まで追い込んでしまった。
しかしそれすら両親が、金と権力を使って表ざたにしないように手配した。
他の町の人間からしたらそんな事はありえない、と思うが何せ女の一族が経営している会社・工場に町の殆どの人が仕事をしているので、下手な事をすればそれこそ町にいられなくなってしまう。それとまだSNSが普及していなかった時代の為、この事は露見する事もなくどこぞの独裁者の如く小さな町を統治していた。
そんな訳でこんな劣悪とも言える環境にいた女は、命の価値を軽く見ていた。特に動物達の命を。
女は小さい頃から色んな動物を飼っていたのだが、自分を魅力的に見せる、つまりファッション感覚で飼っていた。当然飽きたり、成長したりすると、ほとんど世話をしなくなり挙句の果てに自分の暇つぶしに動物を害した。
餌や水をやらないで餓死させたのは序の口で、例えばその動物の本能だとか特性だからとか理由を付けて、子猫を三階から投げ飛ばして殺したり、子犬を山奥に放置してそのままにし、飽きたからと言ってワザとカナリア・文鳥等の室内で飼われる鳥を外に逃がしたりと、他の飼い主が知ったら激怒では済まされない様な惨たらしい事をした。
ここまですれば普通の親なら動物を飼わせない所か、精神科に入院させるのが普通なのだが、如何せん女の両親は娘以外の命などゴミ同然と考えている様な親なので、ホイホイと次から次へと動物を買い与えた。
大学を卒業すると、女は産まれた町から五つ離れた駅の町の会社に就職した。そこで一人の若く美しい男と付き合い始めた。
男は大変な動物好きとして会社ではちょっとした有名だったので、女は兎を飼い始めた。(勿論、親の金で)最初の頃はちゃんと世話をしていたが段々と世話をしなくなり、女が機嫌が良い時が思い出した時か彼氏が家にやって来た時にしか世話をしなくなった。
男は女のそんな本性を知らず可愛い恋人として大切にしていた。そして男の家族に将来を考えている人として紹介した。
女は幸せの絶頂だった。そして幸せな気分のまま高校の同窓会に向かっていた時だった。
「そこのお方」
女に声を掛けたのは一人のお坊さんだった。顔は菅笠で隠れて分からないが立派な福耳が見えた。
「貴女は罪を犯し過ぎた。その業が廻り廻って己を不幸にする。直ぐに今までの行いを反省して償いをなさい。でなければ貴女は恐ろしい苦痛に合って死ぬでしょう」
お坊さんは男の様な女の様な年寄りの様な若者の様な不思議な声で女を諭しました。
しかし女は鼻で笑い。
「そんな事ありえないわ。だって私は幸せなんですもの! それに何かあればパパやママが直ぐに助けてくれるわ。負け犬の言葉は聞かない主義よ」
そう吐き捨ててその場を離れた。その様子をお坊さんは悲しそうに見ていた気がした。
同窓会が開かれているホテルは、女の一族が経営しているホテルと比べると小さく地味な感じの落ち着いたホテルだった。従業員であろう若い男の案内で会場に着いたのだが。
女が会場入りをしたと同時になごやかで楽しそうな会話が一瞬で途切れ、にこやかに笑いあっていた男女が女の姿を見ると無表情に成り、視線を逸らした。
女がいぶかしんで近くにいた同級生に声を掛けようとしたが、その前に同級生が離れた。女が近づこうとする度に同級生が離れて行き、いつしか女の周りには誰も居らず遠巻きにされていた。
「な、何よ! 私が何をしたと言うのよ!! 私を虐めて楽しいの!!」
「……よくそんな事言えたわね」
やっと口に開いたのは同時のクラスの委員長だった。
「アンタのせいで人が死んだのに」
「ちょっ……アレは勝手に自殺したのよ!? 私は関係ない!」
「関係あるよ」
次に言葉を発したのはサッカー部のエースだった男だった。
「彼女はお前の指導で学校全体のイジメのせいで自殺した」
「私達にも責任があったけど、貴女を逆らったら自分だけではなくて家族にも被害が及ぶからどうにも出来なかった」
「小学生の時、お前に逆らった俺の友達の家族、酷い嫌がらせをされて引っ越す羽目になったのを目にしたからな。一種の恐怖政治だよアレは」
「そもそも、アンタが気になっていた男の子が、偶々同じ作者が好きでその話題をしていただけで、虐められるなんて彼女も思わなかったでしょうね」
「お陰でアンタが在学中の学校全体は暗かったわよね」
「そうそう。体育祭も文化祭も他の学校が楽しめる行事も、アンタに気を使って全然楽しめる暇はなかったし」
「アンタが卒業した後の学校、憑き物が落ちた様に楽しい学校になったと聞いて心底羨ましいと思ったわ」
出るわ出るわ。同級生達の恨み辛み。女も周りの様子に圧倒されている。
「な、何よ! パ、パパに頼んでアンタ達や親を解雇しても良いのよ!?」
「しろよ」
エースが即座に返す。
「幾ら手柄を立てても、お前の身内に全て取り上げられる様な会社は、コッチから辞めてやるよ」
「幸いは私達は資格を取ってあるから、他の会社に採用されるし。てか、此処にいる貴女の会社に働いている子は、他の会社に転職しているか採用の通知を貰っているわ」
「てゆーか、父さん達世代は定年退職している人が多いから、アンタが何しようと無駄だし」
「今でも働いている親も、『好きなようにやれ。退職覚悟だ』て、全員言っているし」
「それに貴女の会社、昔と比べて影響力はないわよ。このご時世、色んな会社があるし、何かあればSNSを使えば何とかなるし。今までの貴女達一族の悪行はネットの世界では有名よ? 『ブラック企業』『血の涙もない屑の一族』って。取引先も何件か取引を切っている筈よ」
「要約すると、アンタの、アンタの一族の天下もとうの昔に終わっているのよ」
同級生達に散々な事を言われてわなわなと震える女。
そんな女に近づく女性がいた。彼女は同級生の中でも気の弱く優しい、眼鏡がトレードマークの子だった。そのせいか女に虐められてはいたが、自殺した女子生徒と比べれば幾分かマシな扱いだった。
「ねえ……謝りに行こうよ」
眼鏡の子は女の手を取って先程会ったお坊さんの様に女を諭した。
「今更謝っても遅すぎるし、受け取って貰えないかもしれない。でも、何もしないままは貴女にも私達も悪い事だと思うの。行動を起こせばきっと良い方向に動けるわ」
眼鏡の子は真剣だっただろう。その声も態度も眼も心底女を心配していた。
しかし、女はそれを憐れみと受け取った。
女は激怒し、眼鏡の子の手を怒りのままに振り払う。
「何で私があんなゴミに謝らなければならないのよ!! 元はと言えばあのゴミが私の言うとおりにしなかったから悪いのよ!! 謝る!? そんなの無駄よ! だってあのゴミの家族はパパの小間使いを使ってお仕置きして心中したわ!! アンタ達は私の奴隷よ!! その家族も皆私専用の奴隷よ! 奴隷が死のうと主人である私の勝手よ!!!!」
そう怒鳴って女は会場から出て行った。途中で案内してくれた従業員とすれ違ったが意に関しなかった。
女はラインで恋人に迎えに来るように連絡した。恋人に愚痴を聞いて貰って、とことん甘えて貰うつもりだった。
背中が熱いと思った瞬間、女の意識が飛んだ。
気がづくと女はどこかの森の中に手足をガムテープで拘束されて、寝転がっている。
「ちょっと誰よ! こんな事許されていると思っているの!?」
「ギャーギャーと騒ぐなブス」
そう声がしたと思ったら女の腹が強い痛みをしたと思ったら、吹き飛んだ。
女の腹をサッカーボールの様に蹴りあげたのは、何と女を同窓会の会場に案内した従業員の男だった、
「な、何で……」
「俺はアンタがゴミと呼んだ奴の兄で、あの一家心中の生き残りだ」
彼の話によると、どうして娘が死ななければならなかったのか警察や学校に調査をして欲しいと願った。しかし、女の親が手を回したせいで門前払いをされた挙句、酷い嫌がらせを受けた。
破られていない窓は一枚もなく、家の壁は落書きだらけ。つい昨日まで仲良くしていた近所の人からは遠巻きにされ、挙句の果てに買い物を拒否する店もいた。
病弱だった母親は唯でさえ一人娘の自殺で落ち込んでいたのに、嫌がらせも相まって鬱病を発症した。父親は全てに絶望した。兄である彼も大切な妹を救えず、親しい友人達に裏切られて全てを諦めた。
そして三人は睡眠薬を飲み、家に火を放った。
「俺は奇跡的に救助されたけど、親父とお袋は死んだ。死に損なった俺はチンピラ紛いの事をやって生きてきた。偶々小遣い稼ぎでバイトした先でお前と再会するなんてな……」
すると彼の後ろが何やら騒がしくなった。見ると背の高いスーツを着た男を先頭に老若男女さまざまな人間が十人以上引き連れてきた。何人かは鉄パイプを持っている。
「兄貴スイマセン。俺の我が侭の為に苦労を掛けまして」
「いいや。お前は俺の下っ端の中で一番頑張っている男だ。それに俺の嫁の妹もお前の死んだ妹と同い年だ。もし自分だったら……と思うと俺もキレてな。『この女に恨みを持つ最底辺にいる人間』を速急に集めたぜ」
「ありがとうございます」
「……本当に良いのか?」
「俺はあの時、両親と一緒に死にました。今の俺は死に損ない、生きた屍です。どうせ迷惑かける人間もいないからちょうど良いんです」
「…………そうか。後の処理は任せろ。お前の目的の邪魔にならない様にしてやる」
スーツの男は後ろにいる人達の方へ振り向いた。
「さあ皆さん。先程言った通り、この女の頭を殴ってはいけない、殺す一歩手前になったら止める、トドメは此方でする。ソレ以外はご自由に殴ったり蹴ったりその鉄パイプで打ったりしても構いませんよ!」
女はやっと気付きました。後ろにいる人間達は自分を私刑する為に集まっている事を。
「やめ、殺さないで」
そう言って命乞いする女を冷たい目で見る人間達。その口には恨み事を吐きながら拳を、足を、鉄パイプを振り上げた。
どれ位経ったのだろうか?
凄まじいリンチを受け、最後には従業員の男にお腹にナイフで刺され、そのまま捨て置かれた。
まだ夏場なので凍え死にはしないが、スマホ等の連絡が取れる物が男に持っていかれたからこのままでは失血死になるのも時間の問題だ。
あっちこっち身体が痛く、しかも幾つか骨が折れていてその部分が焼ける様に痛い。指一つ動かす事が億劫だ。
明かり一つもない森の中は闇の中に一人で取り残された様に怖い恐いこわいコワいコワイ
『やっと僕の気持ち、分かった?』
声がした。
女は急いで声をした方へ顔を向けると、一匹のダックスフンドがいた。
『一人森の中に置き去りにされた時僕は悲しかった。怖かった。食べ物が無くってお腹を空きながら森の中を彷徨い、やっと外に出られたと思ったら僕は車に轢かれた』
「……え……は?」
人っ子一人もおらず、どう考えてもそのダックスフンドが喋っているとしか考えなれないのだ。
女は混乱するが、彼等は話を進める。
『私は三階から落とされたわ。いきなりの事で思考が止まった瞬間、身体全体に激痛を感じたわ。最後に覚えているのは貴女の憎たらしい笑顔だった』
『僕お腹が空いて空いて苦しかった』
『私は外に出られた途端、鷹に食べられてしまった。どうして何の理由もナシに外に逃がしたの?』
『喉が渇いて苦しいよ』
女の周りを囲む様に数多の動物達がその場にいた。女はやっと思い出したのだ。
此処にいる動物達は自分が飼っていたペット達だと言う事を。
『ねえ、もう良いでしょ?』
『好き勝手して楽しかったでしょう?』
『だからね』
『僕達も好き勝手するよ』
犬や猫や鳥等の動物達がじりじりと近寄ってくる。その口元には涎が溢れて止まらない。
『此処にいる皆はお腹を空かせ、喉が渇いて仕方がないんだ。だから』
動物達のリーダー格らしいダックスフンドが首を傾げ、可愛らしく嗤った。
君の血肉で飢えを満たすよ。
「い、いや。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して下さいもう二度としません助けて助けて食べないでお願い来ないで、来ないでえぇぇぇぇーーーーー!!!!!!!」
警察署の休憩室。そこに置いてあるテレビを眺める二人の刑事がいた。
「……マスコミも飽きないもんですね。今日で事件発覚から一カ月だというのに」
若い刑事が頬杖をしながらテレビを眺めていた。隣にいた老年の刑事はお茶を飲んでいた。
「何せ前代未聞のニュースだ。マスコミも視聴者もそう簡単に飽きはしないよ」
二人はとある殺人事件を担当し、その姿を見たのだが。
「オレ、初めてゲロ吐きましたよ」
「鑑識にも吐いた奴がいたから仕方ないさ……それにしても仏さんも可哀想に。生きたまま動物に食われるなんて」
彼等が担当した事件はそう珍しい事件ではなかった。
とある男がとある女に恨みがあった。だから女をリンチして腹にナイフを刺した。そして女は失血多量で死んだ。
一行で終わる話なのだが、コレには少し続きがあった。
女は死に絶えるその時まで、動物達に食われていたのだ。
「死体に鞭を打つ言い方をするんですけど、害者、相当の悪人だったスよね」
「証言が全て害者の悪口だけなんて、滅多にないぞ。……恋人以外はな」
「可哀想にあんなに顔を真っ青にさせるなんて。しかも、愛する人の本性がかなりの悪女だって知ったら、あの人どうなるんだろう」
「いや、あの人の姉が警視だから早い段階に知っていたかもしれん。……しかしまあ、生きながら食われるなんて三毛別羆事件を思い起こすな」
「俺は捨身飼虎を思い出します」
「……お前さん随分とまあ、難しい話を知っているな……まあ、害者は仏様の様に自己犠牲で動物の餌になった訳ではないのだがな」
「所で害者を食べた動物達、どうなってます?」
「それがな。通報者がほんの一瞬目を離したすきに、まるで煙の様に消え去った。猟友会が一応調べているのだが……多分一匹も見つからだろう」
彼は長年の刑事生活の中で、科学では証明できない不可解な事件を幾つか経験している。若い方はそんな経験はまだないが、その事件の資料や先輩達の話を聞いているので、すんなりと老年の刑事の言葉を受け入れた。
「……害者、小さい頃からペットを玩具の様に殺していますかね。知ってました? 害者、全国のペットショップからブラックリストに載っていてかなり知られていたそうですよ?」
「………終わった話をしていても何にもならん。そろそろ現場に行くぞ」
「はい」
そうして二人は休憩室から新たな事件の調査に向かった。
此処は地獄。生前、悪行を重ねた人間が落ちる場所。
十六小地獄の一つである不喜処地獄の片隅に一人の赤鬼がいた。
「おお~い。交代の時間だぞ」
「おお。もうそんな時間か」
交代を言いに青鬼がやって来た。そして赤鬼が見ていモノを今度は青鬼が見た。
「アレがお釈迦様が連れて来たって言う罪人か? 」
「そうだ。アレが偶々お釈迦様が下界に降りて真っ先に見つけた奴だ。お釈迦様も大変驚いたらしいぞ? あの女の姿が見えない程の怨霊達に囲まれていたのだからな」
「折角のお釈迦様のお言葉を聞く所か、かなり酷い言葉を吐いたらしくてな。流石にコレはイカン、何かしらの罰を与えなければ、と思った矢先にアレだ」
「いやはや、自分が自殺に追い込んだ者の家族がその場にいたなんてな。運が悪すぎる」
「それでお釈迦様が来た時は、自分が殺したペット達に食われていた真っ最中。そんな所を見たお釈迦様も気の毒としか言いようがないな」
「で? あの女を今喰っているのが殺されたペット達か?」
「ああ。あんまりにも怨みが酷いもんだから、その怨みが晴れるまで此処であの女を嬲るそうだ」
「まったく……あんな風に成りたくないな」
「そうだな」
地獄は例え骨になったとしても直ぐに元通りになり、また責め苦を与えられる。美しい顔を醜く歪めて女は声に成らない叫びを叫び続ける。女の罪が許されるまで永遠に己が殺したペットに食われ続けるのだ。