遣らずの雨
だれもいない公園のイチョウを見上げると、薄い黄色に染まる枝葉のかげから青い空に白くまっすぐに雲をひいてすすむ飛行機がとびだした。
あわてて両手の親指と人差し指でてっぽうの形をつくり、指先をあわせて長方形にして、その中に飛行機雲をとらえる。
四角いフレームの中へ右下から入ってきた飛行機は、やがて左へフレームアウトするものと思っていたが、奥へ奥へと進んでいるらしく、小さくなって見えなくなるまでずっと画面の中にとどまっていた。
長いあいだ前につきだしていた両腕を軽く振るようにして下ろし、肩を回してほぐしていると、シャツの胸ポケットでスマートフォンが一つ震えた。
コートのなかに右手をいれスマートフォンを取り出して確認する。画面には、手紙が折りたたまれて紙飛行機になり飛んでいく小さなアニメーションがくりかえされていた。
メールは章太郎からのものだった。
めずらしいなと思い、かすかな不安とともにメールを開くと、
「何の映画撮影だ。」
返事を書く前に今度は写真が送られてきた。黒いコートのやせぎすな男を横から撮影したもので、そいつは背を丸めて両腕をやや上のほうにつきだし、口の端をゆがめて笑っている。
どうやらおれの写真のようだ。それも、ついいましがたの。
右を見やるとイチョウ並木の連なるかげに一人の男の顔が赤い風船と並んで見えた。風船の下には厚着をして福々とまるい幼い子供がいる。
「よう。」と章太郎が手を上げる。
子供が章太郎を見上げる。そしてこっちを見る。一目見て分かった。奈緒子の子だ。
おれも手を上げて答えたが、あの写真のように、歪んだ微笑みが唇に走らないかと心配だった。