7.そのハジマリ
家に着いて乱暴に靴を脱ぐ。
これだから朝出て行く時に片方探したりするんだが、今はすぐに天気予報を見たいんだ。
台風だなんて聞いていない。
明日の天気は。
玄関とリビングを繋ぐ敷居を開けた瞬間に鳴り響く電話。
タイミングがいい。
「……はい」
リモコンを片手に受話器を取る。
≪「あ! やぁ~と出た千君!」≫
電話越しに明るい声。
「宮本? どうかしたか?」
≪「今日、みんな台風台風って言ってたでしょ? 千君はどうなのかなって思って」≫
「……台風……」
そうだ天気予報。
リモコンをテレビの方へ向け、電源を付ける。
天気予報には“快晴”の二文字。
しかし、みんなが言う外は危険、気を付けろという声は決して嘘とは思えなかった。
「……みんな台風って言ってるよ。それに、連絡網だって」
≪「千君はどう思ってるの?」≫
「……俺は、明日も晴れると思うけど……」
≪「だよね! こんなに綺麗な星空してるんだもん!」≫
その声に導かれて窓を開ける。
この季節の風が心地よい。
空には星。こんなの、明日は台風ですって天気ではない。
≪「ねぇねぇ、明日五人だけで集まれないかな?」≫
「……なんで」
≪「だって、台風なんて来てないじゃん」≫
「そうだけど……」
≪「ね、お願い! 他の三人には、わたしから連絡しとくから♪」≫
「宮本……」
≪「明日、晴れていると思った人は学校に集合! いつもの場所ね! じゃあね♪」≫
プツン、と電話が一方的に切られる。
言いたいことだけ言われてしまった。
少し自分勝手だけど。少し引く部分もあるけれど。行動力のある人だ。
その上元気で、明るくて、でもそれを自慢するわけでもなく、感情豊かで……。
俺とは本当、正反対の存在だ。人気な理由がよく分かる。
***
翌日、結局学校の校門に集まったのは俺、宮本、柊、佐藤、佐久間の五人。
宮本がニヤニヤしながら見せてきた学校の裏口の鍵については「なにをしたんだっ!」と柊が問いただしていた。
ここまでの道ですれ違う人なんて一人もいなかった。
やはり、みんなは台風が来ていると思っているのだろうか。
裏口から学校内に侵入し、階段を上りいつもの部屋へ向かった。
重かった~と荷物を下ろした宮本を先頭にぞろぞろと部屋の中に入る。
「せ~ん~君っ!」
「……なに?」
「お菓子、いらないの? 折角みんなの分も持ってきたのに」
学校集合時から持っていた、宮本の大きく膨れ上がった鞄。
その中身は、山のようなお菓子。
「……いただきます」
宮本が手に持っていたポッキーを受け取り、口に含む。
チョコレートの甘みとクッキー生地のサクサクが口の中に広がった。
そういえば、生活が辛くなってからは日常使う最小限の物しか買っていない。
お菓子なんて、何年振りか。
「美味しい」
「でしょ」
佐藤は、宮本の持ってきたお菓子を食べている。
右手にポッキー、左手にマシュマロを持って幸せそうだ。
「香穂、このクッキーも美味しいよ!」
「わぁっ、ちょーだい♡」
宮本の勧めるクッキーを頬張る。
その姿は、頬にヒマワリの種を入れたハムスターのようで。
人間に対するという可愛さより、愛玩動物を愛でるような感じに似ている。
「あれ? 要人と佐久間君は?」
口の中のお菓子を飲み込んだ佐藤が、やっと言葉を話す。
「向こうのソファだよ」
宮本の指の先を、ゆっくりと辿っていく。
こちらとは天と地ほど違う雰囲気が漂っていた。
柊と佐久間は部屋の隅にあった二人掛けほどの小さいソファ(元々なかったが宮本が持って来たらしい)で作戦会議をしている。
たまに聞こえてくる会話の声は全て柊。
佐久間が口を開いている様子はない。
あれで会話が成り立っているのだろうか?
視線に気か付いたのか、柊が顔を上げた。
つられて佐久間も顔を上げる。
「お菓子の話は終わったのか?」
「終わったよ。要人も食べればいいのに」
「お生憎様。甘い物は苦手でね」
「わぉ。ビターでクールな要人様!」
「ビターでもクールでもねーよ。苦過ぎるのも無理だ」
また始まってしまった、宮本と柊の言い合いの中に割り込み柊の方を向く。
「それでさ、なに話してたんだ? 二人で」
「ん? あ、ああ」
柊の瞳が真剣そうな眼差しをする。
「なんで俺たちだけ、今日の天気が晴れだと思うんだろうって。周りの人にも、出かける時止められたしな。他の奴らに台風と錯覚させ、俺たちにだけ晴れだと思わせた。考え過ぎだといいんだけど、なにか……なにかに誘われてるような気がして……」
『へぇ、勘がいいね』
瞬間、耳をすり抜けたあの声。
目の前にいた柊の顔が強張るのが目で見て分かった。
『当たりだよ』
静かな静かな、恐ろしい声。
『確かに、僕が仕向けた。この空間と時間を』
これは……。
『だって、君たちじゃないと、つまんないからね』
今までで一番間近で聞こえるそれ。
周りを見渡すと柊だけではない、その隣にいた佐久間も、奥で椅子に座っている佐藤も恐怖で顔が歪んでいる。
口を動かしているのは、宮本。
まさか、宮本が?
「歩夢? どうかした……のか?」
冗談はよせ、と柊がソファから立ち上がり宮本の肩を摩る。
夢を見たから宮本は俺たちを集めたんじゃないのか?
あの声も、あの夢も、そしてこの場所に招いたのも、全ての原因は……宮本?
そんなこと思いたくはないが、宮本の口は止まらない。
『まず言っておく。君たちに拒否権はないよ』
「なにを、言っているんだ」
俺に人差し指を突きつける宮本。
突きつけられただけ。
それなのに、鋭い刃で胸を貫かれたような感覚がする。
痛い、痛い、怖い、痛い、苦しい。
『この僕が、君たちを選んだんだ』
顔を上げ、ニヤリとほくそ笑む。
瞳に光が写っていない。
宮本のその瞳は、死んでいた。
これが、夢で見た奇妙な物語の始まりである。