4.考える時間
宮本さんからの爆弾発言の翌日。学校からの帰り道。
コンビニでアイスと夕食の弁当を買って来たところ、なにか柔らかいモノにぶつかった。
白と茶色の毛並みをした仔犬。
これは宮本さんの、犬?
「また抜け出してきたのか……」
宮本さんの犬の頭を撫でる。
フワフワで柔らかい。でもやっぱり、少し冷たい。
そういえば、名前はなんというのだろう?
きっと宮本さんはセンスがよさそうだから、可愛い名前なんだろうな。
「よかったな。いい飼い主と家族で」
「そのいい飼い主から毎日逃げ出すんだけどねぇ……」
「それは大変だな」
……ん?
「わたしだよ。海上君」
肩をつんつんと突かれる。
振り返ると、間近に宮本さんの顔があった。
目を見開いて急いで立ち上がる。
もちろん、数歩後ずさることも忘れず。
「宮本さん。どうしてここに?」
「犬探し。またまた海上君が見つけてくれたんだね」
「いや、偶然……」
本当に、偶然。
会うのは二回目だけど、ずっと前から近くにいる気がする。
「海上君に懐いてるんだねぇ」
「いや、アイスじゃないかな。さっきまで食べてたし」
「アイス~? 海上君、買い食いはいけないぞっ!」
ここぞとばかりに弄ってきそうな宮本さん。
言われてばかりじゃない。
宮本さんだってコンビニ袋を手にぶら下げているじゃないか。
「宮本さん……その手と袋に持っているのはなんだ?」
「苺アイスです♡ 袋の中はお菓子だよ! でも、わたしは大丈夫! 一旦帰って家の玄関触ってきたから!」
人差し指と中指を立てたVサイン。
ドヤ顔で話す内容でもないと思うのだが。
袋を開いて中身を見せてくる。
苺チョコ、苺飴、苺マシュマロ……。
袋の中に広がる、苺系お菓子の山。
「……苺、好きなのか?」
「うんっ! 大好き!」
真っ直ぐに見つめてくる瞳。
眩しい。俺にはない、温かさ。
見ているのがどうも辛くて、反射的に目を逸らしてしまう。
「そうか……じゃ、これで帰るよ」
犬を下に降ろして帰ろうとする。
すると、後ろから軽快な足音が聞こえた。
宮本さんがついて来ているのだと振り返らずも感覚で分かった。
「どうしたんだ?」
「せっかくだから、途中まで一緒に帰ろ♬」
なにがせっかくなんだと思いつつも、追い返すのも悪い気がして結局は一緒に歩く。
曲がればすぐそこに俺の家。
もうすぐ着くというところで宮本さんが足を止める。
今まで隣にいた人が突然止まったことにより、こちらも歩みを止めざるを得なくなる。
振り返ると、宮本さんは俯いていて目を閉じていた。
止まった会話。居心地の悪い距離感。
お互いが言葉を発しないまま続く沈黙。
ものの数秒だったはずなのに、居心地の悪さからか長い時間に感じた。
沈黙を破ったのは、宮本さんの方だった。
「昨日は……さ、ちょっとショック大きかったぞ」
顔を上げた宮本さんから聞こえたのは思ったより明るい声。
「ぇ……?」
「こ~んな、可愛い美少女が友達になろう、って言ってるのに断るんだもん」
自分で自分を美少女、というのもどうかと思うが……。
しょうがないか。
“学年一の美少女”だと新聞部がアンケートを取った結果として出ているのだから。
ぷく、と頬を膨らませる自分より数歩後ろにいる人物。
怒っていると見せかけているのだろうが、全然怖くない。
「断ってはいないよ。考えさせてくれ、といったんだ」
「それでも悲しいものは悲しいよ! 今日は昨日のことが頭にあってずーっと話しにくかったしさ!」
「ごめん……」
「……じゃあ、許す」
「へ?」
ごめんの一言に対し簡単に許すという言葉を出す宮本さん。
「謝ってくれたでしょ? だからもう許しちゃう。これが友達の証拠でしょ」
「と、もだち……?」
「わたし、ずっと待ってるから。みんなが揃うの、ずっと……ず~っと待ってるから」
「宮本さん……」
「待っているのには、もう慣れたから」
そんな小声と共に、明るい瞳に一瞬影が入る。
言葉の意味とその瞳が気になって目が離せなくなる。
どうしてそんな悲しげな瞳になる?
『みんな、闇を持っているからね』
声? 誰の?
思わず耳を塞ぐ。
それを不思議に思ってか、宮本さんが声をかけてくる。
「海上君? どうしたの?」
なんでもない。
なんでもないんだ。
あの声の恐怖と、宮本さんの瞳が気になって。
胸に矢が刺さったように苦しくて。
ずっと待っている、と言われたのが不覚にも嬉しくて。
けれど、この好意を受け入れていいのか分からない。
「大丈夫、だよ」
「そっか。じゃあもう一度……」
正面に向き直る。
真っ直ぐ開かれた瞳が、俺のそれと合う。
「あの場所で、待ってるね」
「……自分の考えが決まったら、行くよ」
「うんっ♪ 待ってる! じゃあわたしはもう帰るね!」
ファン大人気の笑顔を見せて、去っていく。
相変わらず、校内一の美少女は可愛い。
俺は今、笑えていたのだろうか……。
それとも、無表情のままだろうか……。
今のところ、行きたいと思う感情の方が強い。
この気持ちを伝えたいと思うのに、嬉しいと思うのに、身体が動かない。
こんな時まで、感情が苦手な俺は無表情なままなのだろうか。
……しょうがない。笑顔は、まだ思い出せない。
***
翌日、登校時間。
今日は寝坊していつもより遅くなってしまった。
朝は気が重い。
低血圧にとって大敵だから。
「海上、君」
後ろから声がする。優しい波の声。
振り向くが、誰もいない。
まさか、と思い視線を下に移すといた。
ツインテールに結ばれた髪のゴムの上から付けられたウサ耳のシュシュは、動く度にウサ耳がぴょこぴょこ揺れる。
こんな人、俺の知っている中では一人しかいない。
「……佐藤さん」