3.ともだち
放課後、特別教棟四階、空き部屋……。
「ここか」
空き部屋、といえば空き部屋だろう。
しかし、ここは学校の七不思議の一つ・開かずの間として有名な教室だ。
宮本さんはここになんの用なんだ……?
ガタン、と中からなにかが倒れたような大きな音が聞こえる。
恐怖だ。宮本さんは、きっと肝試し的なものをしようとここに呼んだんだ。
勘弁してくれよ。
小さい頃から幽霊だけは、本気で無理なんだ。
「海上君?」
「――っ!?」
後ろからいきなりの声。驚いて身体がビクついてしまった。
「海上君、大丈夫?」
「……だ、大丈夫」
不覚だった。他人に、しかも女に見られてしまった。
「まぁいいや。入って? わたし、ここの鍵持ってるの。みんな集まったのに海上君だけなかなか来なかったから、迎えに来たんだ」
警戒していたから……なんて言えない。
……みんな……?
みんなとは、誰のことだ?
ガチャリと、古びている所為か耳にあまり優しくない音をしながら開くドア。
向かい合う二つの長机と五人分の椅子、黒板しか置かれていない空き部屋。
古びている外見とは裏腹に、教室内は案外綺麗だ。宮本さんが掃除でもしたのだろうか。
「揃ったよ」
宮本さんの声と同時に、部屋にいた三人が一気にこちらを向く。
椅子に座って読書をしていた柊要人。周りをウロウロ歩いていた佐藤香穂。今まで寝ていたであろう、寝癖のついている佐久間透。
――――――俺の夢に出てきた人が、全員揃った。
「やっと揃ったか。宮本が全員集まってからじゃねーと話さないって言うから待ってたんだ。え……っと? 初めまして、だよな? 誰だ?」
本を閉じ、少しイラつき気味の柊さんが声を上げる。
今まで観察してきたおかげでよく分かる。きっと早く部活に行きたいんだろう。
「落ち着いてよ。柊、さん?」
その柊さんを佐藤さんが宥める。
「……すまん。で、改めてお前、名前は?」
一息おいて、さっきより落ち着いた声で話しかけてくる柊さん。
佐藤さんの宥めが効いたようだ。助かった。
「海上だ。海上、千」
「私と同じクラスなんだよね♪ 佐久間君も♪」
宮本さんの言葉に、佐久間は目を合わせず首だけ縦に振る。
「じゃあみんなも! 自己紹介しちゃお!」
ノリがついていけていない宮本さん以外の全員。
……というか、まずは自分から言ったらどうなんだ。
「んー。みんな消極的? じゃあわたしから言っちゃうね!」
ガタン、と大きな音を立てて椅子の上に立ち上がる。
「名前は宮本歩夢。十六歳。高一で三組在籍。部活はテニス部で、誕生日は――」
「ストップ。そこまででいい」
個人情報を話し出そうとした宮本さんに柊さんがストップをかける。
「お前、よく知らない人間の前で個人情報ペラペラ話せるな。悪用されるかもとか考えないわけ?」
「よく知らなくなんかないよ。それに、悪用されるなんて考えないよ。絶対そんなことはしないでしょう?」
「そんなこと、分からねぇだろ……」
「だって、本当にわたしの個人情報を悪用する気だったなら、黙ってわたしの自己紹介聞いていたでしょう?」
純粋無垢の瞳で、みんなを見る宮本さん。
驚く柊さんの瞳は悲しそうな色を浮かべた。
「次いこー次!」
ぐいぐいと柊さんの腕を引っ張る宮本さん。
一瞬、柊さんの顔が強張ったように感じられたのだが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。
「……俺は柊要人。一組に在籍する陸上部兼演劇部だ」
「部活、掛け持ちしてるんだ。凄いね」
「べっ、別に凄かねーよっ」
褒め慣れていないのか、頬がうっすら赤くなる柊さん。
喜んでくれたのが分かったのか、笑顔になる佐藤さん。
その様子を見ていると、微笑ましく思える。
「じゃあ、次はわたしがいくね。佐藤香穂、一年五組のチア部です」
佐藤さんも宮本さん同様、気合を入れて椅子から立ち上がる。
ニコニコと穢れを知らない優しい微笑みが俺にとっては眩しい。
本当に、気にしている本人には悪いが小学生に見えてしまう。
ランドセルが……よく似合いそう。
「次は佐久間君ね! はい、どうぞ♪」
この中で一番元気な宮本さんが、佐久間に自己紹介を求める。
佐久間は黙って俺の顔をチラリと見る。……何故だ。
「……佐久間透。一年三組」
宮本さんとの温度差は激しいが、ちゃんと質問に応じる佐久間。
夢の中以外での、佐久間の声は希少価値が高い。
全然と言っていいほど、言葉を発しないのだから。
「それで、宮本さん。呼び出した理由って、なに?」
ああ、それだ。今回、集められた理由は。
すっかり忘れられていた召集の理由を、佐藤さんが聞く。
「そう、それだ! 本日の話題!!」
忘れてた、と後付けしながら慌てる。
呆れる柊さん。苦笑を浮かべる佐藤さん。興味なさそうな佐久間。
ボケがいて、明るい人がいて、まとめる人がいて。
どことなく、いい組み合わせのメンバーだと思う。
こういう雰囲気の中、いつまでも一緒にいるのが、“友達”というものなのだろう。
……俺には関係ないけれど。
「えー、こほん。宮本歩夢は、みんなに伝えたいことがあるのです!」
ワザとらしい咳払いをした後、話し始めた宮本さんは、にまり、と口元を緩ませる。
「わたしと、お友達になってください!」
明るい声で聞こえた、突然の爆弾投下。
「と、友達って……どういうことだよっ!?」
「言葉のまんまだよ? あ、親友でも可♪ むしろ親友どんと来い!」
「ちっげーよ! 俺が言ってんのはだなぁ……」
驚きで声を上げる柊さんに対して両手を広げて笑顔を割かせる宮本さん。
言葉の噛み合わない二人だ。
「宮本さんって、もう友達いっぱいいるでしょ? なんでわざわざ、クラスも違う私たちを集めて友達になろうとしたの?」
「わたしは、このメンバーだから友達になりたいって思ったんだ。友達になるのに、クラスが違うことなんて関係あるかな?」
「ぁ……ぇと。ない、かな?」
ニコリと微笑む宮本さんに佐藤さんが丸め込まれる。
「ちっ。バカバカしい。友達なんて、俺には必要ねぇよ。もうとっくに部活始まってんだから、俺は行くぜ」
「俺も……帰る」
終わりの見えないマイペースな宮本さんに再びイラつき始めた柊さんが部屋から出て行く。それに続いて、佐久間も出て行った。
「あの……。わたしも、ごめんね。ちょっと考える時間がほしいかな」
周りの雰囲気に焦ったのか、迷っていた佐藤さんも帰ってしまった。
この雰囲気の中さすがに二人っきりは、居心地が悪い。
「じゃあ、俺も。ごめん、宮本さん。今はそんな気分じゃないんだ」
「海上君までっ!?」
気分が悪い。それはあながち間違ってはいない。
みんなが、俺が夢で見た人たちが全員集まった時、頭がひどく痛くなった。
コレを考えてはいけない。考えることもしたくない。
そんな言葉しか、今の俺の頭は考えていない。
ドアを閉める時、勇気のない臆病者の俺は宮本さんの顔を見れなかったが、きっと悲しい顔をしていたであろうことは分かった。
なんて答えるのが正しいのか分からない。
今はただ、考える時間がほしい。