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2.定められた出会い

 学校もバイトもない日曜日。

 特にすることもないので、いつもの時間よりは少し早いが、日課となっている散歩をしようと思う。

 玄関のドアを開けると太陽がその存在を強く主張していて目が眩んだ。


 一昨日、バイト先のノートパソコンで調べた前世占い。

 奇妙な夢だけでもなく、その占いの意味を考えていた所為で、今日は徹夜だ。

 前世占い……。


 ――――あなたの前世は人に生きる勇気を与えた勇者だったそうです。大切な仲間を守り、襲い来る敵を倒し、城が滅びゆく中でも王の傍に寄り添っていましが、最期は城と運命を共にして朽ちてしまいました。数百年の時を経て現代に転生したあなたですが、前世の生き様のためか――。


「わん」


 考え事が、いきなりの鳴き声で吹き飛ぶ。

 足元から小さな犬の鳴き声。

 下に目を移すと、白と茶色の毛並みをした仔犬がいた。

 嬉しそうに鳴く割には、尻尾が全然振られていない。むしろ、垂れ下がっている。

 飼い主と間違えたのだろうか。周りを見渡すが、犬を探す素振りをしている人なんていない。

 だとすれば、勝手に抜け出してきたのだろうか。

「……とんだ自分勝手な犬だな」

 でも、動物とはいいものだ。人とは違い、安心して話せる。

「交番に連れて行ってやるから、大人しく――」

「見つけた」

 犬を抱き上げると同時に聞こえた女性の声に後ろを振り返る。


 うっすらと見える白い肌と先ほどの聞き覚えのある声。

「……宮本さん?」

「ぇ。せ、海上……君」

 帽子を深くかぶり、顔がほとんど見えないために、一瞬誰だか分からなかった。

 宮本さんの方も、まさか俺が抱き上げるとは思いもしなかったのだろう。

 目を見開いたかと思えば視線を泳がしている。

「これ、宮本さんの犬?」

「そう、いうのかな? ちょっとした縁で……」

「そうか。じゃあ返すよ。また学校で」

「う、うん。ばいばい」

 犬を放すと、ゆっくり宮本さんについて行く。

 動物を飼えるのは羨ましいが俺は飼える状況ではない。

 俺の生活代だけでもキツキツなんだ。飼ったところで幸せにはしてあげられないだろう。

 それよりまず、あのアパートはペット禁止だ。

 先ほどまであったフワフワの手触りに思わず口元が緩む感覚がする。

 でもそれは束の間で、自分の掌を見つめていて気が付いた。

 あの犬、冷たかった。犬は本来人間よりも体温が高いはずだ。

 ……生きている、よな? 死んでいないよな?

 後ろを向く。うん、ちゃんと動いている。

 きっと俺の手が冷たいから、錯覚しただけだ。

 飼い主が他の誰でもない、宮本さんなんだ。優しく飼われているはず。

 安心という言葉を胸に抱いて、自分の家路を歩き出す。



『――――まだ、君にはないか』



 耳元をすり抜けた風と共に、そんな声が聞こえた気がした。

 恐怖のあまり意識が飛びそうになるのを抑え家に着く。玄関のドアを閉めた途端、力なくその場にずり落ちた。

 なんだったんだ……あの声は。

 ひどく怖く、ひどく背筋が凍った。

 あんなの今まで体験した中で一番の恐怖だ。

 思い出しただけでゾクゾクする。


 あの声の主は誰だったのだろうか?


 人間に、あんな声を出せる者がいるだろうか?


 止めた。考えるのは、もう止めよう。

 自分の恐怖談を思い出してなにが面白いんだ。


 昼寝でもして落ち着こう。

 横になると、すぐに眠気が襲ってくる。

 徹夜明けだ。無理もないだろう。

 でも、寝たら……またあの夢を見てしまうのか……?

 それは、嫌だ……嫌だ……。

   ***

「千! 起きて、千」

 誰の声だ?

 鈴の音のような、可愛らしい声。この声の主を、俺は知っている。


「……宮本?」

「起きたっ? みんな、千が起きるのずっと待ってたんだよ。どんな夢見てたのか、後で聞かせてね♪」

 にこり、と天使が舞い降りたように可愛く微笑む宮本さん。

 その笑顔は、間違いなく“俺”に向けられているもので。

 そして“俺”も、みんなと笑っていて。


 そうか、これは夢か。昼寝でもこの夢を見てしまうのか。

 面倒な話だ。仮眠の意味がなくなるじゃないか。

「おい、千。迷惑かけてんじゃねーよ。せっかくねみぃのを我慢して呼び出しに応じてやったのに、呼び出したお前自身が寝ているとは何事だよ」

「すまない。太陽の光が気持ちよくてさ」

 呆れたように笑う佐久間。佐久間も、あんな風に笑えるのか。

 ここを、心地よいと思ってしまう俺は、きっと――。

   ***

 目が覚めてしまった。あの後俺は、なんと言おうとしたのだろう?

 夢で見れる人の仕草。現実では見られない人の仕草。

 この矛盾を、どうすればいいのか。

 今の俺には、まだ分からない。

「暇だなぁ……」

 ぽそり、と呟く。


 一人暮らしの、しかも小さなアパートの一つの部屋だ。

 そんな呟きの声は誰にも届かず、消えていった。

   ***

「おっはよ♪」

 週が明けた月曜日の学校。

 低血圧の所為で気だるい俺に、元気で明るい声が注がれる。

 横を向いてみると、首を小さく傾けてキラキラした瞳で俺を見つめる宮本さんがいた。


「昨日は犬を見つけてくれてありがと♪ 探してたから、見つかって本当によかったよ。海上君には感謝感謝だね!」

「いや、偶然見つけただけだし」

「いやいや、感謝っすよ~!」

 スチャッ、と効果音が出そうなほど凛々しく敬礼をする宮本さん。


「それで、話は変わるんだけどさ」

 敬礼を外し下を向いたと思ったら、一瞬にして場の雰囲気が変わる。

 宮本さんには似合わない、物静かな発言。

 あの時と同じく、背筋が凍った。

「今日、放課後空いてる?」

「え……あぁ、空いてます」

 重苦しい、居心地の悪い空気が周りを支配する。

 あまりの空気の悪さに、思わず二言返事で了承してしまった。


「良かったぁ。特別教棟四階の空き部屋……そこで待ってるから。また放課後に、ね」


 OKの返事を聞くと、いつもの宮本さんに戻り、スキップをして去っていく。

 放課後、特別教棟四階、空き部屋?

 そんなところに、なにがあるというんだ……?


 あの占いが、あの夢が、未来予知をしてくれていたのかもしれない。

 そう思ってしまうことを、今はまだ知らなかったんだ。

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