11.佐久間 透
「おっはよぉ~!」
いつも通りの特別教棟四階。
ドアを勢いよく開け、太陽の笑顔が飛び込んできた。
「……言っとくが、もう授業の終わった放課後だぞ」
「もち! 知ってる!」
「じゃあなんで“おはよう”なんだよ?」
「みんなと話す時間からわたしが始まるからさ! ……って、その鋭いツッコミは……要人と千君、入れ替わってるでしょ!!」
ビシ、と決める宮本の顔は晴れやか。
ドヤ顔、ともとれる表情で海上千、俺の身体を指さす。
その中には確かに柊の魂が入っている。
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ……」
「じゃあ千君は要人の身体に……」
首を回し、柊の身体を見つける。
でも、その身体に入っているのは俺じゃない。
「入ってるのはわたしだよ。香穂」
普段の柊なら絶対に見られないであろう、大変貴重な満面の笑み。
人格が違うと周りのオーラも違って見える。
「あー。三人の入れ替えかぁ。考えたなぁ」
状況は佐藤の身体に俺、俺の身体に柊、柊の身体に佐藤が入っているということになる。
変わったのは六時間目の後半から今で丁度五十分は経過しているだろう。
「考えたな、ってなぁ……。お前、向こうに感心してんじゃねーよ。お前ってなに考えてんのか分かんねーな」
「それがわたしなのだよ!」
強気の口調で、本日二度目のドヤ顔を披露する宮本。
「……はぁ?」
「わたしの性格は誰にも解読できないのさ。男には、ちょっと不思議ちゃんがウケるんだよ。そうっ!」
立ち上がり、ガッツポーズをしてみせる宮本。
「男は追いかけるな、追いかけさせろがわたしのモットーなのさ!」
「……なんでお前みたいな奴が、モテるんだろうな」
柊が、もっともな疑問を宮本に投げつける。
というか俺の身体で呆れたような表情をしないでくれ。見てるこちらが恥ずかしい。
柊の質問に佐藤が答える。
「可愛いからじゃないかな。わたしも歩夢みたいに可愛くなりたいもん」
「え? 要人も香穂も、結構モテるでしょ?」
「わ、わたしなんてモテないよっ! 告白されたことなんて……ない、し……」
赤面になり、どんどん小声になっていく佐藤。
柊の身体に入っているということを忘れているのだろう。
その会話を柊が繋ぐ。
「俺も、そこまでモテるわけじゃないぞ」
「えー、うっそだぁ! 女の子から告白されてるとこ見たことあるよっ!」
告白現場を見られていたことに一瞬で柊の顔が青ざめる。
「あー……うん。女の子、女の子な。断ったよ、泣かれたけど」
頭を抱えるようにして前屈みになる柊。
だから俺の身体で表情をあまり変えないでくれ。
「あ、戻った」
佐藤の一言に、強く閉じていた瞳を開ける。
前には宮本、柊、佐藤がいた。
戻ったということに間違いはないだろう。
「六限目の終わりらへんから変わってたからな。約一時間、といったところか」
「結構長い時間変わっているもんだね」
「ねぇ聞いて聞いて!!」
しみじみと変わっていた間の感想を話していると両手をブンブン広げて宮本が注目を促している。
キラキラとした瞳で「相談があります!」と話した。
「みんなでメールアドレス交換しよー? みんなといつでも話しできるし……ねっ!」
「あ、俺と佐久間はもう交換してっから」
「わたしも! 海上君としてるよ!」
……が。それは、柊と佐藤によってことごとく覆された。
「なぬっ!? わたしだけ仲間外れ!?」
「ち、違うよっ!」
ショックを隠しきれていない宮本の誤解を佐藤が解こうと焦り出す。
あたふたしている佐藤と柊の目が合う。
「……たまたま、身体が入れ替わったから交換しただけだ」
潤んだ瞳の佐藤を柊が無視できるはずもなく、助け船を出す。
「そっかー。じゃあわたしも仲間に入れてっ♪ 交換しようっ」
「うん!」
ふと、この場にいない佐久間のことを話題に出す。
「佐久間のは……来た時でいいか」
「勝手に教えるのは、やっぱまずいしな」
「それにしても、今日……佐久間来なかったねぇ」
「学校自体休みだよ。風邪でも引いたのかな……」
「佐久間のなら俺知ってるし、メールしとくよ」
「でかしたぞ! 要人♪」
「なんでお前は、そう上からなんだよ……」
「だって、わたしがここのリーダーでしょ!」
宮本のウインクをスルーし、窓の外を見る。
佐久間は今、なにをしているのだろう……。
***
部屋の明かりを消して布団に身体を沈める。
風邪を引いたのは、嘘。
具合が悪いという嘘なんて、苦しそうにしていれば騙されてもらえる。
嘘をつく度、だんだん、いい人間から悪い人間に堕ちていく。
自分は、どこまで堕ちてしまうのだろう。
園の人たちは騙されてくれたけど、学校の奴らまで騙せたかどうか。
今日の学校の授業分のノートはどうしようか。
見せてくれる友達なんて、いない。
誰も……俺の辛さを分かってくれる人なんて……。
……いた、一人。
柊、要人。
向こうも、孤児院に住んでいる人間。同じ、境遇の人間。
俺の耳のことを知っても、平然としていた人間。
むしろ、理解してくれようとした人間。
……初めて、出会ったかもしれない。
「――ら、ぎ」
腕を上に伸ばす。
そのまま横に下ろすと、鞄に入っていた紙がグシャ、と音を立てて潰れる。
昨日……柊要人に貰った、メールアドレス。
アドレスなんて貰ったのは初めてだ。
同じ境遇の柊になら、分かるかもしれない。
話してもいいかもしれない。俺の過去。
「ひ……いら、ぎ……」
その瞬間、携帯のバイブが鳴る。
柊からだ。
≪風邪引いたのか? 大丈夫か? 無理はするなよ、とだけ言っておく≫
か、ぜ……?
≪ちなみに、今日さ。みんなでアドレス交換したんだ。お前の分は、来た時に自分から交換しよう、って言うんだぞ。お前が来るのを、あいつらと待っててやるからな≫
ツンツンした態度の中にもしっかりと心配からくる言葉と気遣いが入っている。
「偉そうな態度。ツンツン女。男女。ああ、男と思われても構わないんだっけ」
思い付くだけの罵倒を小声で並べていく。
そしてため息を一つ吐き、再びメールを見返す。
買い物して柊の家に着くまで歩いて、話して、今メールが来て。この人といると心のどこかが安心する。
「まるで……お姉さんみたいな、人だな……」
あれ、なんでお姉さんみたいだと思ったんだろう。




